第25話『ドナドナ』
流石のイタズラ好きハーシェルも、友里恵に飽和攻撃を総て返されては呆れ返って呆然としてしまう。
そして4度目の「どうして?」を呟く。
「また聞く?意外と根気強いのね。あ、そうか!だからハッキングに向いているのか。そうだった。疑問をそのままにしておけないのね。そう言う性格か?そうよね。」どこまでもハーシェルの質問に答える気はなさそうな友里恵。
前列の生徒たちは、友里恵が防御で差した傘から跳ね返った水とペンキをモロに被りパニック状態であった。
水溶性ペンキを頭から被った生徒たちは、ボヤキながら直ちに友里恵先生の指示も聞かずに水洗い場に走る。
頭と服を洗い上半身裸で教室に戻ったのは、それから30分も過ぎた頃であった。
友里恵が用意したタオルで髪と身体を拭きながら、ようやく落ち着きを取り戻す。
そしてハダカ組は一様にハーシェルを睨み「お前のせいだぞ!」と恨めしげに罵る。
しかし憎らしい事に、後ろの席だったハーシェルは首謀者のくせに全く被害を被っておらず、平気で反論する。
「お前たちだって面白がっていたじゃないか!僕がやる事を黙って見ていたって事は、容認したって事だろ?だったらお前たち全員共犯だぞ!違うか?」
グウの根も出ない。確かに僕らは面白がっていた。クスクス笑いながら見ていた。しかし首謀者のハーシェルが無傷で、傍観者に過ぎない自分たちが直接の被害者になってしまった結果にはどうも納得がいかない。
しかもターゲットにされていた筈の友里恵先生は、鮮やかな防御が結果的に反撃になり、関係ない自分たちが返り討ちにされてしまったのは、なんかムカつく!
しかも平然と笑顔で「さっ!もう落ち着きましたか?」なんてタオルで拭きながら席に着く僕らに、素敵な笑顔で他人事みたいに澄まして言う。
全員が中学生程度の多感な少年たちは、先生とはいえ友里恵が眩しい大人の女性に見えたろう。(普段の素の友里恵を知っている蓮たちなら、決してそうは思わいはずだが。)でもその憧れに似た気持ちにも、ハードボイルドの鬼教官の雰囲気が透けて見え、畏怖の念が同居した複雑な感情を抱くようになった。
どうやら友里恵如きがハッカー少年たちの矯正ができるか懸念していたが、杞憂であったようだ。
そういえば、友里恵はAI. HALO君さえも手玉にとる『希代の悪女』であった。
「誰が悪女だって?!」友里恵に心を読まれたAI. HALO君は肩を窄め「口は禍の元!クワバラ、クワバラ!」と心で念じた。
冒頭のこの一件以降、友里恵のおかげで蓮たち他の凸凹先生たちも舐められる事なく悪童たちから無事「先生」と呼んでもらえるようになった。
でも・・・日が経ち授業を重ねるにつれ、生徒たちの疑問は増してゆく。
友里恵先生以外も全員「先生」と呼ばれる人たちは、次に起きる事態を先回りして突発のアクシデントを軽妙に回避するのだ。
別に生徒たちが性懲りも無くイタズラを仕掛けた訳ではないけど、日常生活には予期せぬエピソードが次々に湧いて出てくるもの。
それを事前に知っていたかのように巧みに躱すその自然な仕草は、とても不自然に映る。
例えば一時限目が終わり二時限目の授業のため教室移動が必要な時、生徒たちが次々と教壇を通り過ぎるその刹那、教壇上にあった花瓶に触れ落としそうになった。
落下するその花瓶を、まるで待ち受けていたかのようにビシャイ先生がキャッチ。
「ナイスキャッチ!!(ビシャイ)アブラヒム先生!」それを目撃していた生徒たちから称賛を受けたり、廊下を歩いている時、生徒のひとりが躓いて転びそうになった時も、まるで事前に知っていたかのように蓮先生がスッと支えてくれた。
また、生徒がウッカリ筆記用具を忘れても、まだ申告もしていないのに「はい、鉛筆。あなたたち生徒の商売道具なんだから、次から忘れちゃダメよ。」とカミラ先生が小声で諭す。他にも電池切れの教材も直ぐに換えの電池が出てくるし、今朝、天気予報では晴れの予報だったのに、放課後土砂降りの雨が降ってきても慌てず初めから傘が用意されているし。どの先生も可愛げないくらい、皆んな隙がない。
「何で分かった?」「何でだろう?」「なんか薄気味悪い!」こうして学校の七不思議として噂されるようになった。
この学校の生徒たちは皆、家庭には恵まれていない。
家庭環境が複雑だったり、経済的に苦しかったり。
だから国家のスカウトがどんなに怪しくても、積まれた札束に諍う事などできるはずもなかった。
可哀想だがまだ幼いうちに親元から引き裂かれ、何処かに連れて行かれる。それが国家情報局が用意した秘密のアジトであったとしても。
「ドナドナ〜ドォ〜ナ〜ドォ〜ナ〜」
多分もう、二度と家族に会えないなんて想像もしていなかったろう。彼らが行くところは、そんな場所なのに。
このまま『ニューフリーメーソンZ会』の起こした世界同時クーデターが無かったら、彼らの運命はそうなる筈だった。
しかしこの時からの地殻変動で奇跡が起きる。
ものの善悪を学ぶ機会を得、やり直すための場所を用意された。
僕たちは救われたのか?
そんな自覚もないまま、またもや見知らぬ土地に連れて行かれ、見知らぬ施設に押し込められた。
「ママは今頃どうしているだろう?」「もう、パパの顔を忘れてしまいそうだよ。」
「弟や妹は大きくなったかな?」
そんな郷愁に襲われる日々が無いわけがない。
ハッキングの仕事はゲームみたいで面白かったけど、監督の大人が偉そうに叱るんだ。
「何をしてる!早くこのタスクを終わらせろ!お前の仕事が遅れたら皆んなにとんでもない迷惑をかけるんだからな!責任重大だぞ!」
何が責任だ!知るか!そんな事!!
心の底でそんな事思っていても、あの偉そうな監督に逆らうなんてできるわけない。
朝から晩まで監視付き。僕だってたまには息抜きがしたいよ。遊びたいし。
それが許されない環境に閉じ込められていた。
でも、ここも大して変わらないか・・・。怒られるか諭されるか。強要されるか誘われるかの違いで、結局僕がやりたい事は何にもできないじゃないか!
もう無理!・・・・・・って言いたい。
でもそれも無理か・・・・。
僕たちって、もしかして不幸?
親兄弟にも会えず、やりたい事もできないし、夢も持てない。
ハッキングをやってる時PCをイジるのは面白ろかったけど、ホントは僕、医者になりたかったんだ。医者がダメだったら、八百屋でも良かったな。
自由という概念すら忘れかけていた少年たち。
未だ彼らに完全な自由は与えられないままだったが、せめて未来の自由くらいは見せてあげたい。そんな希望を持たせたい。
それが蓮や友里恵たちとAI. HALO君の決意だった。
もう、誰かの思惑などに左右されない人生を送らせるために。
そんなある日、それまでその存在を秘密にしていたはずのAI. HALO君が、彼らのために特別講和をするとの連絡があった。
何処まで秘密のベールを脱ぐのかは知らないが、エージェント以外はニューフリーメーソンZ会と世界連邦や、ごく一部の部署の人間しか知らされていなかったAI. HALO君の存在。
そんな彼が少年たちにどんなメッセージを伝えるつもりか?
事前に講和内容を一切知らされず、生徒たちは講堂に集められスクリーンを前にした。
つづく




