第17話 『制圧作戦』
蓮がロシア・サンクトペテルブルクに飛んでまもなくリトアニア・ビリニュスメンバーと合流。クレムリン突入部隊(AUKUS『アメリカ・イギリス・オーストラリアの3カ国安全保障枠組が編成した特殊部隊』及びCIA・MI6等の特務諜報機関員の中から選抜されたエージェントたち)やロシアの各基地制圧部隊の支援と周辺機関、及び住民に対する保安工作が主な任務として改めて指令を受ける。
2028年9月5日 AM0:00を以って北京・モスクワ同時作戦が決行された。
極めて大規模な軍事行動であるが、ロシア・中国に張り巡らされた監視カメラの全監視網をハッキングし、検問は中露の公安協力者を動員し突破、万全な下準備の下、偽装工作を完璧に構築、隠密理に最後まで作戦遂行の成功を可能にした。
もうこの頃になると、世界中に展開している全エージェント間の随時情報共有が可能になっていた。
もちろんこれはエージェント全員がIQ 180以上を超える脳力を持ち得た事に加え、せんぶり茶味の映像可視化処置用ワクチンの効果によるものだった。
そうした訳で参加人員全員の可視化能力と事前予知による緻密な組織作戦行動は完璧に機能した。
AI HALO君がその中心となり司令塔の役割を果たしているのは関係者以外誰も知らない。
アメリカ・トランポリン大統領すらも。
この時既にトランポリン大統領弾劾工作がCIAと共和党・民主党の国民分断修復勢力主導の下、水面下で構築、最終段階にあった。
つまり合衆国最高裁判所主席判事によるトランポリン大統領解任命令が発布され、大統領擁護派の排除準備が完成、待機していた。
その頃、蓮は同じビリニュスメンバーの台湾出身・劉太源、カザフスタン出身アレクセイ・カバロフ、ドイツ人ペーター・シュミット、エジプト人ビシャイ・アブラヒムら気心知れた4人と共にベラルーシ司令部への突入・制圧部隊の補給任務に就きながら、状況監視と非常時の対応が主な任務として配置されていた。
蓮のスペイン研修からのルームメンバーでもあるエジプト人ビシャイは、口ひげを蓄えた人懐っこい男。そして彼は正義感が強く、エジプトでは少数派のキリスト教徒【コプト】でもあった。
彼は数年前から継続されているイスラエルのパレスチナ・ガザ地区への徹底的弾圧や、イラン・ヨルダンへの攻撃に心を痛め、複雑な想いを抱いていた。
彼はイスラム教徒ではないが、イスラエルのシオニストの強硬な姿勢には共感はできない。
アメリカを後ろ盾に暴れまわるイスラエル。
アメリカ共々この中東でのパワーバランスの構図を何とかしたい。
一方、ヒズボラ、ハマス、フーシ派を後ろから支援しているイランや、そのイランを後方支援している中国やロシアに対しても「大概にせぇよ!」と怒りを覚えている。
イスラム教とユダヤ教の対立、自分はどちらにも与しない。
だからこの『ニューフリーメーソンZ会』が唱える【人類を滅亡の危機から救う】呼びかけに賛同し、自らエージェントに志願した。
劉太源は台湾人ではあるが自分が中国作戦に参加するのは、どうしても私情が入る。だから一見無関係に見えるロシア作戦に組み入れられたことにホッとした。
台湾人である自分が中国作戦に参加するとしたら、その意義はレコンキスタ(再征服)に他ならない。中国を武力で征服し、逆統一を図るというのは、何か違う、違和感がある。
台湾人が中国作戦に参加するということは、そういう意味合いが強く出てくるから。
1949年までの内戦以降も台湾はずーっと自立を保ってきた。
その前は日本統治下で50年間日本人として生きてきたのだ。後に国民党の敗残兵が落ち延び加わった事で今日の台湾がある。
そう、確かに中国国民党の兵たちが加わったが、一貫して台湾は台湾であり中国の一部ではなかった。
そういった歴史の流れもあり、自分を含め多くの台湾人が願っているのは、中国からの完全自立であり独立なのだ。大陸とは平和的にうまくやっていきたい。でも自分のアイデンティティは浸食されたくない。
中国は公然と台湾進攻を仕掛けてくるが、それは祖国統一などではない!!明らかな侵略行為である。
中国共産党は何でもかんでも自分のものであると主張し、チベットも南モンゴルも満州もウイグルも侵略してきた。
更に今は台湾、尖閣・沖縄まで欲しがり、あまつさえ南沙諸島・西沙諸島含む海域「九段線」をわが領土と主張し、(2016年の仲裁裁判で否定されている)ベトナム、フィリピンを圧迫、領土・領海侵略の野望は留まるところを知らない。
自分は台湾人だ!彼らのようにはなりたくない!!浅ましく、悍ましく、そんなケダモノのような餓鬼界の住人たちとは関わりあいたくない!だからロシア作戦に配属されてホッとしているのだ。
ところで同じメンバーである日本人の蓮は好きだが、彼には確固たる意志が感じられない。ハッキリ言って頼りない。
もう少ししっかりしてくれると良いのだが、と思う。
カザフスタン出身のアレクセイ・カバロフは、名前はロシアっぽいが、顔はどう見ても日本人。シベリア抑留の日本兵の伝説は今でも語り継がれているくらいだから、ソ連統治下でも親日の人々は多いと聞く。
カザフ語とロシア語を話しているのが不思議に思える。(話しているときの顔を見たら、やっぱり日本人?と錯覚するんだもの。)
彼の国も中国と国境を接し、ウイグル族への壮絶な弾圧とホロコーストの現状は耳に入ってきている。
当然中国に対し良く思っている訳がない。その点、劉太源と心情は似ているが、カザフ人には旧ソビエト連邦の一員としての抑圧の歴史が未だ記憶に新しく、同じ過ちを犯しているプータンに対する憤りがロシア作戦への情熱を駆り立てていると言っていいだろう。
ドイツ人ペーター・シュミットはハンブルクから作戦リーダーとして中途加入してきたメンバー。彼はポーランド語、リトアニア語が堪能で、チームの要として重宝する人材だった。
チーム内唯一のヨーロッパ人として、作戦遂行を円滑にこなすには欠かせない人物である。
ただ、ビールを飲ませたら、底なしなのが玉に瑕であるが。
蓮の千里眼映像可視化能力は作戦遂行上、メンバー一番の情報収集能力を発揮する。
それがそのまま作戦担当を押し付けられ、他のメンバーから『レーダー』とあだ名をつけられた。(そういえばアメリカの朝鮮戦争を舞台にした医療喜劇ドラマ『MASH』の登場人物に『レーダー』っていたっけ。キャラは全然似てないけど。だから僕【蓮】はこのあだ名が不満なんだ。)
特に一番の仲良しとして懐いてきた劉太原は「ねぇレーダー、腹減った!この辺に美味しいピザ屋無いかな?」
「そこのレーダーのお兄さん、ちょっと次の歩哨当番、代わってくれる?スマホ忘れたんで取ってきたいんだ。何処に忘れてきたんだろ?アンタに見える?見えたら教えて?」
などと作戦遂行とは関係ない事聞いてくる。
「誰がレーダーやねん!用途外の能力利用は却下!」と応えているが。
「緊張感が足らんとちゃう?」と更に追い討ちをかけると、
「オシッコちびる程緊張してるよ。だってこっちの動きと司令部の抵抗がリアルに映像として迫ってきてるんだゼ!それについさっき中国では核ミサイルが発射されたの見えただろ?日本から供与された新レーザー兵器が迎撃したところを目の当たりにして冷静でいられるかい?俺は無理!」
と言うとリーダーのペーターが「無理でもやるんだよ!」と発破をかける。
「オイ!遠くからロシア語で治安部隊の連中がこっちに向かってくるって言ってるぞ!」とカザフ人のアレクセイが小声で叫ぶ。
「分かってる!慌てなくても大丈夫!僕には全部見えてるよ。彼らが探しているのはCIAとエージェントの混合武装工作隊たちだよ。
治安部隊に僕らの偽装は見破れないし、そもそも僕の誘導でかち合わないようにするし。だから安心して落ち着こう。」と【レーダー蓮】が言う。「ここは俺の縄張りだ。この辺りには5箇所の非常隠れ家を確保してあるから、その時は俺に任せろ!」とペーターが胸を叩いた。
「それって何処?」とエジプト人アブラヒムが不安そうに聞いてくる。「一番近いのはそこの角にあるマンホールの下さ。ホラ、横の塀に蓋を開けるための鍵棒が置いてあるだろ?次に近いのはあの赤い屋根の物置小屋。中に秘密の地下通路が通っているから最悪、脱出経路も確保してあるし。まだ聞くか?」
「分かった。あとは神に運命を委ねる事にするよ。」
「今は神じゃなく、俺を信じるこった。」
「僕もね」とレーダー蓮。
「二人とも、ちょっと頼りないかな?」
「悪かったな!作戦が成功して無事生還できたら、俺たちに奢れよ!このヘナチョコ劉とヘッポコアブラヒム!」
何故かアレクセイも腕を組んで頷いている。
刻一刻と状況の変化が千里眼映像可視化能力によって視界に入ってくる。クレムリン陥落、プータン拘束。
ロシア各ミサイル基地確保。
だが此処のすぐ近く、ベラルーシの第4師団 S-300PSミサイルコンプレックスが数十発発射される映像が流れる。
直ちにポーランドとドイツに通報。こちらも日本から供与された新兵器レールガン、電磁パルス砲、高出力レーザー砲をもって全て迎撃した。
ベラルーシのアレキサンドリア・ルカチョンコ大統領拘束。
ロシア圏内の防御システムは沈黙した。
蓮たちはさしたる危険にも遭遇せず、無事生還する。
拠点ビリニュスに戻り、ささやかな生還祝いをした。
相変わらずペーターは底なしだったが。
その後米日欧共同の統治組織 UNFORがロシア・モスクワのクレムリンとベラルーシの首都ミンスクの大統領府を占領・統治する事とした。
制圧後一夜明け、UNFORスポークスマンから中露の全国民に向け、抑圧してきた政府の消滅と全国民の解放が報じられた。
千里眼映像可視化能力を持った総てのエージェントには、その後の様子が俯瞰して総てが見える。
混乱する中露国民。
抵抗と歓迎と恨みと僻み、そして不安・・・
ある日突然、社会がひっくり返ったのだ。
何がどうした、そしてどうなる?
UNFORの制圧部隊を見つめる民の目には、新たな征服者への恐れと怒りとプライドを踏みにじった者への卑屈な暗黒の心理が滲む。
自分たちが正しいと思った行動が、思わぬ方向に向かっているようだ。
私たちは正義の使者のはずなのに、この空気は何だ?
解放者ではなく、侵略した征服者の凱旋なのか?
私たちは心の奥底で狼狽えた。
つづく




