第百四十六話
―――午後七時十分ごろ。
千明はサークル棟内部に入り、階段を上がっていく。
天文部の部室をノックし―――。
「誰?」
ドアの奥から時雨の声が聞こえた。
「あたし、千明よ。ごめんねだいぶ遅くなっちゃって―――」
「ああ、千明ちゃんか。別に気にしてないよ。部室で勉強してたし―――入っていいよ」
時雨の言葉に千明がドアを開ける。
電気の着いた部室で時雨が机に教材を広げて、勉強や課題などをまとめている様子だった。
机にはコンパクトなノートパソコンが置かれており、ピンクの可愛らしいカラーで時雨の私物だと解る。
「ああ、レポート書いてたの?」
千明がそう言って、ドアを閉める。
「うん。卒業論文も進めてたんだ。ちょっと図書館にも寄っててね」
時雨がノートパソコンでタイピング音を鳴らしながら論文を進めて行く。
「卒業論文って確か一万文字まで書いて、参考文献書いたら終わりでしょ? まだ二年もあるんだから研究テーマがあるとはいえ早くない?」
千明がそう言って、時雨の隣に座り込む。
「三年生になると就活もあるから今の内にやっておきたいかなって―――他に生協でバイトする以外は勉強と夏の免許の取得くらいだしね」
時雨がそう言って、論文を保存してノートパソコンをスリープ状態にする。
「生協で残ったお弁当あるんだけど、食べていく? タダで良いよ」
時雨が袋から弁当を二つ机に置く。
「おお、ありがとうね時雨。いやー、佳代子の言うようにスーパーで買い物でもして適当に夕食済ませようと思ってたもんだから助かるわ」
千明がお礼を言って、温かめの弁当を食べ始める。
「瞑想はその後にしよっか?」
「そうね。すぐに食べ終わるから―――」
千明が時雨の頭上をチラッと見る。
時雨の頭上に13の球体の王冠の紋章の魔法陣が浮かびあがる。
「ま、そうなるわな」
「何がどうしたの?」
「なんでもないわ。瞑想終わったら時雨とちょっと話そうかなってね」
「別にいいよ。八時になる前に守衛さんに鍵を返して、バスで帰る予定だしね」
時雨がそう話し、弁当を一緒に食べていく。
「時雨って、料理旨いのね。箸が進むわ」
千明が時雨の手作り弁当を早く食べていく。
「そ、そうかな? 真城君はもっと辛くした方がいいっとかちょっと前に言ってたかな」
時雨が照れくさそうに自分の分の弁当を食べていく。
「真城は脂の乗った肉やラーメンばかり食べてるからこういう繊細な味わいが分からないだけよ」
千明がそう話し、弁当を半分ほど食べ終える。
「あはは……金辺ちゃんも同じこと言ってたかな」
時雨がニコリとして、弁当を食べ終える。
早食いのようだった。
「ごちそうさまでした」
時雨が両手を合わせて、目を瞑り―――弁当に礼をする。
(へぇ、意外とというか思った以上に良い性格してんのね。魂喰らい狩りの事件がなきゃいい付き合いしてたかもしんないけど、タラレバのことしてもしょうがないか―――)
チラリと見た千明が弁当を食べ終える。
「美味しかったわ。それと今更だけど―――お礼言わなきゃね」
「お礼? 私が何かしたの?」
キョトンとする時雨に千明が椅子に座ったまま頭を下げる。
「魂喰らいから二度もあたしを救ってくれてありがとう―――おかげで無気力病にならずにこうして無事に過ごせたわ」
千明の突然の言葉に時雨がドギマギする。
「いや、そんな、大したことじゃ……あ、大したことだね。どういたしまして―――ふふっ♪」
時雨がクスリと微笑する。
「どうしたの?」
千明が頭を上げて、時雨を見る。
「なんていうかいつもは助けた人に暗示を使って、記憶を消してるわけだし―――こうしてお礼を言われるのは初めてだからちょっと不思議でなんかそれが少しだけおかしくてね」
時雨がそう言って、弁当をしまい込む。




