太っちょ貴族は追い返される
グラン工房、と看板が掲げられている。
入ってみると、こじんまりとしているが、よく片付いている店である。
店内はほとんど土間で、壁に見本かのように剣や小型の刃物が飾られている。奥からはカン、カン、と金属が打ち鳴り、今まさに鉄が鍛えられているようだった。
「あ、いらっしゃいませ!」
と、薪を抱えた少年が二人に気づいた。薪をそばに下ろすと駆け寄ってくる。
「どんなご用でしょう?」
「剣の手入れと、軽い防具を探しているんだ」
「手入れというのは観賞用でしょうか」
さっとミトロフに向けた視線は聡く、貴族であることを見たのだろう。
「いや、迷宮に入ってるんだ。実用的なものがいい」
「なるほど……では、親方を呼んでまいりますね。少々お待ちください」
少年は店の奥に入っていく。
少し待って、少年は自分と背丈の変わらない男を連れて戻ってきた。
体型はミトロフに負けず劣らず丸っこく、しかし分厚く、幅がある。それは贅肉ではなく、日々の鍛治仕事で鍛えられた筋肉の塊であるらしい。
目の前に立つと壁を前にしたような圧迫感を覚えた。
男はドワーフである。髭も眉毛ももじゃもじゃと伸び、分厚い瞼の下からミトロフを見据える眼光は鋭い。
「……見せてみろ」
くい、と顎をしゃくって剣を示す。
ミトロフは腰からレイピアを鞘ごと抜くと、親方に差し出した。
親方は丸っこく分厚い手で鞘を握ると、無駄のない手つきで抜刀した。
「刺突剣か。対人用にしちゃ重いな。決闘じゃなく、迷宮に潜ってるんだって?」
ミトロフは頷いた。
親方は鞘を少年に預けると、レイピアの刃を確かめる。
「良い鉄を使ってる。元々、魔物を斬るためのモンだな」
「そうだったのか」
「なんだオメエ、自分の得物も知らずに使ってるのか」
「貰い物なんだ。僕に剣を教えてくれた人も、冒険者だったのかもしれない」
ミトロフが幼いころに剣の基礎を教えてくれた男である。素性を詳しく訊いたことはないが、彼が屋敷を離れるときに、餞別にと残してくれたレイピアは、どうも貴族用の剣ではなかったらしい。
「区分けるなら、重刺突剣だな。対人用のレイピアを頑丈にしたモンだ。人型の魔物と戦うのに適した剣ってとこだな」
親方は剣を鞘に収めると、ミトロフにつっかえした。
「刃こぼれも歪みも緩みもねェ。良い剣だ。そこらへんの雑魚を何匹斬っても突いても問題ねェよ。おれの仕事ができたらまた持ってきな」
それきりミトロフには目もくれず、親方は奥の鍛冶場に戻っていった。
「すごい。なんて愛想がないんだ」
「すみません。親方はぶっきらぼうが人の形になったようなもので……腕は本当に一流なんですよ!」
と少年が苦笑しながらも自慢げに言う。
「ドワーフというのは元々ああいう者じゃよ。鉄と雄弁に語り合うが、他人に興味がない」
グラシエの言い方は素っ気ない。
「エルフとドワーフって、仲が悪いって話も聞くけど。本当にそうなの?」
「どうにも相性が悪いのじゃよ。われらは森と水の民。あやつらは鉄と火の民。ちぐはぐなのじゃ」
なるほど、とミトロフは頷きながら剣を腰に戻した。
ぐるりと店内を眺め、少年に訊ねる。
「小盾か、手甲みたいなのを探してるんだけど」
「それでしたら斜向かいのメルン工房がおすすめですよ! すごく良い防具を拵えてるんです! あ、でも……」
「でも?」
「ちょっと、気難しい店主さんで」
少年は困ったような笑みを見せた。
「職人というのはみな気難しくなるものなのかのう」
グラシエはため息をつく。
ミトロフはでは行ってみるよ、と少年に別れを告げ、店を出た。




