太っちょ貴族はガントレットを買ってみる
「おやまあ。アンタみたいなオークのなり損ないが着れる鎧があるもんかね!」
と、メルン工房の店主が言った。
ミトロフが店に入ると、木製のマネキンに着せた革鎧を調整していた老婆がすぐさま気づき、睨みつけるようにミトロフを上から下まで品定めをしたのだった。
「これ、客をオークに例えるなぞ失礼ではないかの!」
目を丸くしていたミトロフを押しのけ、グラシエが前に出た。
「客! 客だって! 客っていうのは金を払ってくれるものさ! アンタらはまだ一フラン銅貨すら払っちゃいない! どこが客さ! その坊主が丸々と肥えてるのも事実だろうに!」
「ミトロフはこれでもよく動くのじゃ! ファングともやり合える冒険者をオークと並べないでもらいたいのう! それにわれらは金を払う意思をもってこの店に来ておる! 客候補として対応してもらっても良かろう!」
「はん! よく口の回る小娘だこと! 良いじゃないのさ! 何が欲しいのか言ってごらんよ!」
「ミトロフ、言ってやるのじゃ!」
急にふたりの視線が向けられ、ミトロフはぽかんと口を開けた。
「なんだいあのマヌケヅラは! 膨れ上がった頬なんかまるでオークの赤子じゃないか!」
「ミトロフ、しっかりせぬか!」
あ、ああ、うん。とミトロフは頷いた。
老婆も老婆だが、グラン工房では静かだったグラシエがやけに賑やかなために、呆気に取られていた。
「魔物の攻撃を防ぐように、小盾か手甲が欲しいんだ」
「盾だって?」
老婆はミトロフの身体を改めて眺めたかと思うと、ずんずんと歩み寄り、べしべしとミトロフの身体を叩くように確かめ始めた。
「いて、いてて!」
「ええいうるさいねえ! 男なら黙って耐えな!」
老婆はふん、と鼻を鳴らすと、ミトロフの左腕を叩いた。
「ろくに鍛えてもない手に盾なんぞ持ったって、取り回せるわけがないだろうね。盾の使い方を学んだこともないだろう、アンタ」
「そりゃないけど……使い方って言ったって、攻撃を防ぐだけ、だろう?」
ぱん、と頭を叩かれた。
「いたい!」
「アンタ、死にたいのかい! 小盾ってのは大盾より軽いけどね、それだけ扱いは難しくなるんだよ! 防ぐんじゃなくて受け流すモンなんだ!」
「じゃ、じゃあ、大きめの盾でも」
「バカかい。そんな重たいもんを持っちゃ、かわして戦う自分の強みを殺すだけさ! その贅肉だって邪魔なのに!」
本当に何もわかってない子だね!
と悪態をつく老婆を、ミトロフはすこし感心した気持ちで見ていた。
やたらあちこちをバシバシ叩いていると思ったら、それでミトロフの筋肉のつき方を見定め、戦い方の見当をつけてしまったらしい。
口は悪いが、言うことはミトロフにとってためになることである。
たしかに少々……いや、かなり癖が強いが、腕はたしからしい。
「じゃあ、あの、おすすめは?」
ミトロフの美点は、分からないことは分かる人に任せる判断ができることである。
それは間違いなく貴族としての生活で身についた考え方でもある。
煩雑なことはできる者に放り投げる。良いワインが飲みたければワインに詳しいものに命じ、王都で流行の服が着たければ服屋に命じて調べさせ、仕立てる。
わざわざ自分でワインについて勉強をしたり、王都の流行を調査したりはしない。
そんなことは無駄でしかない。
そのときに欲しいものは、知識ではなくワインであり、服なのだ。
今、ミトロフが求めているのは、いざというときに魔物の攻撃を防ぐための防具であり、小盾だろうが手甲だろうが厚い布だろうが、目的が果たせるならなんでもよい。
目の前にいる老婆は、口も悪いしミトロフをオーク呼ばわりするし気難しそうだ。それでもミトロフに適した防具を選ぶ知識がある。だったらミトロフには何も不満がない。
ミトロフは貴族として敬ってほしいとか、愛想の良い対応で気持ちよく買い物がしたいわけではない。命を守るための良い防具がほしいだけなのだ。
「ふん」
と老婆は鼻の横を掻き、マネキンの腕にはめてあったものを指さした。
「ま、この辺りだろうね。厚皮を鱗状に重ねたガントレットさ。革同士は鋲で留めてあるから、腕の動きを邪魔しない。鉄製に比べりゃ柔だが、低階層の魔物の牙くらいならなんてことはないさ。ただ、棍棒やら鉈やら、振りかぶられた武器を受け止めちゃいけない。衝撃は殺せないからね。アンタの骨が折れる」
「じゃあ、それをもらうよ」
「即決かの!?」
グラシエが驚愕した。
「え? だって、良いものじゃない? ほしかった目的にぴったりだ」
「そ、それはそうじゃが……ほれ、試着とか、価格交渉とか、悩む時間とか、いろいろあるじゃろ、手順が」
「だって、ほら、お金を出すのが客だろ? まず買う。いろいろ言うのは後からにするよ」
「……ふん。小僧のわりには道理のわかってるようだね」
革のガントレットの値段は、決して安くはない。
貴族であるミトロフならば気にもしない値段だが、駆け出し冒険者のミトロフにとっては、何日迷宮に行けばいいのかと気が重くなる。
職人がひとつひとつ手作りする以上、武器や防具が安くなる理由はない。これも適正な価格で間違いないのだと自分を納得させる。
ミトロフは遠慮したのだが、グラシエは「約束しただろう」と半額を出した。そのことに申し訳なさと、必ずグラシエにも同じだけのものを返礼しようという覚悟になった。
ガントレットを購入したことで晴れて客になれたわけだが、老婆の対応は変わらなかった。
それでも仕事の腕には微塵の手抜かりはない。
ミトロフの太い腕に合わせてガントレットのベルトを取り付け、つけ心地や違和感などを聞き取り、細かく調整してくれる。
乱暴な口調ながらも手入れの仕方を教えてくれた。壊れたり大きな傷ができたときには必ず持ってこいと口酸っぱく言われる。意外と世話焼きで心配性な老婆らしい。
ミトロフは腕に革のガントレットを嵌めたまま店を出た。
「革が腕に馴染むまでしばらくかかるからね」と老婆が言うので、とりあえずつけっぱなしにして馴染ませようという魂胆である。
と、同時に、それを言い訳にしつつ、自分専用の防具が腕にあることに、少年心がくすぐられたのが本音だった。つけてみると、オイルの染み込んだ暗色のガントレットはとてもかっこいい。
「ミトロフ、気に入ったみたいだな」
「……バレたか。すごく気に入った。ありがとう、グラシエ」
「良きかな」
頷くグラシエもどこか満足げである。
ふたりは店と店の脇道にそれ、そこから通りを眺めた。




