15.これで、いいのだ?
ザカライアに侯爵邸へ強制連行されて、そのまま軟禁された。
「いいか、クリス。俺が何とかするから、当分の間は学園に来るな」
と言い渡された上、お義母様からの手作り料理攻めにあう。おーいしーい♪
…違う。そうじゃない。
学園に行くななんて横暴だ!…と思うんだけど、ネイト君の、こ、告白への返事が出来なくて…ザカライアの言い付けにかこつけてサボってるだけだわ。これは。
告白なんて、生まれて初めてされたわ!なんか、キュンとくる前にガッと頭が沸騰するわ。興奮してアドレナリンが大分泌されますよ!闘争か逃走か!…むむむ…。
あーもー!なんで『日はまた昇る、あなたの傍で』を覚えてないかな?!私っ!ラノベみたいにサクサク断罪イベント回避したり問題解決したりしたいわっ!現実はうだうだしてるだけだよ、ホント。クリアした乙女ゲームなんて、細部まで覚えてないわい!こんちくしょうっ!
どうしよう。
どうしたいんだろう。
どうしたらいいんだろう。
ネイト君の、こ、告白は…断りたくない。受け入れても、悪いこと起きないかな?ざまぁとかないかなぁ?!
そ、そうだ!学園を卒業するまで待ってもらうとか、どうだろう?卒業しちゃえば、乙女ゲームの強制力(※あるのか不明)を気にしなくて済むじゃない!その方向で、相談してみる…?
…と悩みに悩んでいたその時、来訪者の到着を告げられる。私にも関係することだから、と応接室にくるよう言われた。──なぜかヘレンさんに装いを整えられて、階下に下りる。応接室の扉をノックすると、「入れ」と入室を許可する声が聞こえた。
入って私は目が点になった。
「やあ、クリスティアナ嬢」
「ネ、ネ、ネイト様…」
ネイト君は良い笑顔で挨拶してくれた。──ちなみに隣に居るダンディは、もしかして…お父様、ですか?!
「いつも息子が世話になってるね、クリスティアナ嬢」
「こ、こちらこそ…」
「……クリスティアナ、こちらはグラスプール公爵閣下だ。我が国の宰相殿だぞ」
「お、お初にお目にかかります、公爵閣下。ウィンターソン侯爵が娘、クリスティアナでございます…」
父のフォローにより、なんとかまともな挨拶を返す。…色々トンデモ情報が入ってきましたケド。公爵閣下?宰相様?──ネイト君、雲の上のご子息様なのっ?!ひぃええええええっ!
な…なんか…みんなニコニコしてるぅ…。こ、怖いんですけどぉ…?
そして父が超良い笑顔でものすごいことを言った。
「グラスプール公爵より、婚約の申し入れをいま受けたところだ。なんと光栄なことか!」
「いやいや、こちらこそ。クリスティアナ嬢のようなお美しい女性を息子のお相手に出来ることこそ、幸運です」
…えっ…あの、えっ…?
これって、いわゆる…
外 堀 埋 め ら れ た ってヤツ…?!
さりげなーくネイト君を見ると、少し顔を赤らめて笑ってる。はう…その笑顔、キュンです…。
「クリスティアナ嬢」
「はひっ?」
ネイト君はいつの間にか私の目の前に来て、私の手を取り真顔で迫る。
「どうか、私と結婚してください」
「はひいっ?!」
先日告白されましたが、返事をする前にプロポーズ?!すげぇな、乙女ゲームの世界っ!
混乱から脱する前に新たな混乱が。もう大パニック状態だけど、目の前のネイト君は不安そうに私を見つめる。
──なんで…私なんか…。
ネイト君は格好良くて(※主観)頭が良くて強くて優しくて、その上宰相様の息子よ?どんな女性だってイチコロじゃないですか。…もちろん、私も含めて。
それなのに、不安なの?
──私に、断られるのが…?
わたし…好き、だよ?ネイト君が…。
「クリスティアナ、返事を…」
呆ける私に、父が返事を促す。
ゴクリとツバを飲み込んで、私はネイト君の瞳をハッキリ見つめて告げた。
「はい。どうぞよろしくお願いいたします」
「…クリスティアナ嬢っ!」
ネイト君の声が弾んで、私をギュッと抱きしめる。…その手が少し震えていて、私の緊張と混乱が少し解れた。
「よかったよかった!改めてよろしく頼みます、侯爵、クリスティアナ嬢」
「こちらこそ、公爵閣下。色々至らない娘ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
父親同士が固い握手を交わして、酒盛りが始まる。こうなると私たちは邪魔になるので、そっとサロンを出て行った。
さて、どうしよう。
庭でも案内しようかな?と考えていると、ネイト君が私の部屋に行きたいというので、2階に案内する。入室するなり、ネイト君から安堵のため息が聞こえた。
「すっきりしていて、穏やかな風合いの部屋だね。──いまの貴女らしい」
「ありがとうございます」
わーい、褒められた。以前のクリスティアナの部屋は、目に優しくない色彩のゴデゴテした飾りつけだった。あまりにも落ち着かないので、懇願して模様替えをさせてもらったのだ。
二人並んでソファに座ると、ヘレンさんがお茶を用意してくれる。お礼を言って微笑むと、ネイト君が隣で驚いた。
「…侍女にわざわざお礼を言うの?」
…え?言わないの?
「へ、ヘン…ですか?」
「あまり言わないね。でも、貴女らしいと思ってしまう」
膝に置いた私の手を取って、ネイト君は私を熱く見つめる。──はぅん!ア、アドレナリンが…!
「…卑怯な真似をしてごめん。貴女が断れないのを分かっていて、僕は…」
「ネイト様?」
「貴女が好きなんだ。どうしても…僕の傍にいてほしくて」
「ネイト様…っ!」
すごい、直球の言葉。現実では決して言われたことの無い…深い愛の告白。
嬉しいなぁ…。
この心に、素直に従って良いのかな…?
「あの、私…私もネイト様が、す、好きです…」
「…クリスティアナ!」
「でもでも、私、以前は…その、とても傍若無人だったのでしょう…?」
「そうだね」
即答かよ。
「もし、もし…その頃の記憶がよみがえってしまったら…?」
そんなことは起きないけれど。
そしてネイト君の反応は…
「その時は、調教するから大丈夫だよ♪」
…ちょうきょう?
「それでダメなら叩き出すからね」
…たたきだす?
え、本気デスカ?
ネ、ネイト君、結構人でなしだねっ!
真っ青になる私の頬に手を当てて、ネイト君はうっとりとして言う。
「…でも、もう貴女は変わらないでしょう?いまの貴女がとても好きだよ」
「はぅ…」
「あれ?どうしたの?クリスティアナ」
「し…死のフラグが見えました」
「見えない見えない。──好きだからね」
ちゅっと音を立てて右頬にキスされた。それから額に、瞼に、左頬に…そしてゆっくり唇に触れる。
「ん…」
ネイト君はじっくり丁寧にキスをする。上唇を食み、下唇を食み、角度を変えて私の唇を堪能する。
──はぅぅぅぅん…!
生まれて初めてのキスに陶然とし、私はネイト君にしがみつく。
なお終わらないキスに、ネイト君がちろっと舌を出し始めたとき、バァン!と扉が開いた。
「きゃあっ!」
「…なんだ?」
思わずネイト君に抱きつくと、ネイト君は私を守るように抱きとめてくれる。…はぅん…キュンですぅ…!
「…何をしている…!」
ゴゴゴゴ…と擬音語が聞こえます。私、あの漫画大好きでした…って違う。低い声で唸ってるぅぅぅ!めっっっっちゃ怖いぃぃぃっ!
「お、おおおおお兄様?!」
「…ザカライア殿、授業でしょう…?」
「それは貴様もであろう…?」
睨み合う男二人。ハブ対マングース。…もう恐ろしくて顔を上げられません…。
「離れろ!」
「嫌です。クリスティアナは僕の婚約者ですから」
「何だと…!」
ザカライアの激怒の声。こ…怖い怖い怖い怖い怖い怖いぃいぃぃぃぃっ!
「認めんっ!」
「貴方はクリスティアナの父ですか?侯爵は婚約を殊の外お喜びですよ」
「汚い手を…!」
「…まぁ、からめ手なのは認めましょう。ですが、クリスティアナ自身が僕を好きになってくれたのですよ」
「なっ…!そ、そうなのか?クリス…?」
ザカライアの声がトーンダウンする。問われてザカライアを見ると、眉が下がって切なげだった。そんなザカライアを見てしまうと、私の胸もしくしく痛む。
──何だか傷つけてばかりだな、私…。
ごめんね、ザカライア。
「はい。私は…ネイト様が好きです」
「なっ…!お、俺のことは…」
「…?もちろん、お兄様も好きですわ?」
家族だもん。あれ?私、前に言ったよね?
「そ、そうかっ!」
「…ザカライア殿?クリスティアナは家族として、貴方を好きなだけですよ?」
「……貴様、飛ばすぞ……!」
ひぃぃぃっ!またザカライアが闘争モードにっ!今にもネイト君に突っかかろうとしている。一瞬即発の時、父が入ってきてザカライアを引き取りに来た。
「ザカライア、お前、学園は?」
「父上、勝手にクリスティアナを婚約させては困ります!」
「いやいや、宰相殿のご子息だぞ?こんな良縁はないさ!」
ほら、祝い酒を飲もう!と父がザカライアを引っ張っていく。「父上!勝手なことを…!」とザカライアの叫び声が遠ざかって行った。
バタン。扉が締まって静寂に包まれる。
「…素敵な家族だね」
「ふふ。はい、私、家族が大好きですの」
「…僕は?」
「も、もももももちろん、ネイト様も…とても好き…」
…耳が熱くなった。いや全身が熱い。告白とか恥ずかしいけれど、推しがめちゃくちゃ嬉しそうな顔で破顔してるから、勇気を出して良かった!と思う。
私たちは手を繋いで、これからのことを楽しく話し合う。次の休みはピクニックに行こうね、とか、改めて組紐作ってね、とか。
他愛もない話でゆったりと甘やかな時間を過ごす。
それが当たり前になるといいな。
と願いながら、私はネイト君の肩に寄りかかって多幸感に包まれる。
──どうか破滅しませんように!
END
お読み頂きまして、誠にありがとうございました。