エピローグ
壁|w・)本日二話目です。
「何故か消えないんですけど!」
魔王城の執務室でミランダが吠える。魔王はそれを煩わしそうにしつつ、聞き流していた。
ガネート侯爵に嫌がらせをしてから、すでに三ヶ月。ミランダは未だに現世にしがみついている。いや、しがみついている、というよりは、消え方が分からないだけなのだが。
ガネート侯爵は死罪だけは免れたようだ。もっともこれは、被害者と言える魔族側が要請したためでもある。死んで終わりなど許さない、と。代わりにこちらの大陸に送れ、と。
経緯はともかく、人族側に全面的に非があると判断したのだろう。特に問題が起きることもなく、ガネート侯爵は後ろ手に縛られて魔王城に送られてきた。
その時点で侯爵は憔悴していたが、そのままとある山の奥深くへと送られていった。今はそこにある廃屋で、ひっそりと暮らしていることだろう。
正真正銘の人食いの魔獣たちに囲まれながら。
山から出ることはできないようになっている。侯爵が動ける範囲は結界で遮られた小さな区画だけ。その周囲を腹を空かせた魔獣がいつもうろうろとしているそうだ。陰湿である。
ミランダはすでに溜飲を下げて満足しているのだが、何故かそれでも消えることができないでいた。
「魔王様。私はどうすればいいですか。泣きましょうか」
「ふむ……。まあ、そろそろいいだろう」
そう言うと、魔王は立ち上がってさっさと部屋を出て行ってしまった。置いて行かれたミランダは呆然としてしまっていたが、慌てて魔王を追い始める。
そうして魔王が向かった先は、ホムンクルスの研究をしている地下室だった。
「なんだ。すでに来ていたのか。待たせたか?」
魔王がそう言いながら、カプセルの一つへと歩いて行く。そのカプセルの側には、見覚えのない一人の少女がいた。
ふわふわした金の髪の女の子。年はおそらくミランダと同じか、少し下ぐらいだろうか。尖った耳はエルフの証だ。
エルフの少女はふんわり笑って、魔王へと言った。
「んーん。今来たところだよ。その人がミランダさん?」
「そうだ」
少女が真っ直ぐにミランダを見る。魔王や勇者と同じで、この子もミランダのことが見えるらしい。ミランダは戸惑いながらも頭を下げた。
「初めまして。ミランダです」
「うん! メルです! よろしくね!」
告げられた名前に、ミランダはぎょっと目を剥いた。記憶違いでなければ、勇者の義娘ということになるのだが。
恐る恐ると魔王を見れば、魔王はにやりと笑って頷いた。
「お前の予想で間違い無い。勇者の娘だ」
「ええ……」
何故ここに、とか、どうして、とか聞きたいことはあるけども。それよりも何よりも。
「勇者様と違ってすごく優しそうな子なんですけど」
「……っ!」
魔王が噴き出した。くつくつと、小さな笑い声が漏れてくる。
メルはにこにこと楽しそうにミランダと魔王を眺めていたが、すぐに頬を膨らませた。
「早くしようよ。この後、おとうさんと一緒にお魚釣りに行くんだから」
「ああ……。そうだな。変わらず仲が良いことで、喜ばしいことだ」
魔王は近くで作業をしている魔族を呼ぶと、何かを指示し始めた。魔族たちが慌ただしく動き始める。メルはいつの間にか、ミランダの隣に移動していた。
メルを見る。にっこりと微笑まれた。かわいい。
「魔王様、すごくかわいいです」
「ああ。そうだな」
魔王が冷たい。魔王はじっと、水が抜かれていくカプセルを凝視していた。
やがて水が抜けた後、そこに入っていたのは、女性の体だった。それを見て、ミランダは絶句してしまった。
「え……? いや、えっと……。え?」
それは、小さな角という特徴はあれど、どこからどう見てもミランダとうり二つだった。
「あの、魔王様、これは……?」
「お前の体だ。これからお前の魂をあの体に入れる。つまりは生き返ることができるというわけだな。お前の容姿を伝えるのはなかなか難しくて苦労したぞ」
「えっと……。つまり?」
「何度も言わせるな。お前はこれから生き返る」
呆然と、ミランダは目の前の体を見つめる。確かに魔王は自分の魂をホムンクルスの体へと移し替えて、さらにはその後元の体に戻っているが、しかしそれは生きていて、かつ自分の魂だからこそできることだと思っていた。
魂と一言で言っても、具体的にどういったものかは分からない。そんな曖昧なものを、ましてや人の魂をホムンクルスの体に入れるなど、できるものなのだろうか。
胡乱げな瞳で魔王を見ると、肩をすくめられてしまった。
「お察しの通り、さすがに俺でもそんなことはできない」
「それなら……」
「だからこそ、できる者を呼んだのだ。その子は神に愛された子だ。その子が望めば、どのような願いも叶えられる」
そんな馬鹿な、と思うのと同時に、以前授業で学んだとある存在を思い出した。
愛し子。神に愛された唯一の子。その能力故に、様々な勢力に求められながら、いつの間にか姿を消していたと言われている。確か、勇者が姿を見せなくなった頃と同時期だったはずだ。
まさか、とメルを見ると、またにっこりと微笑まれた。
「早く終わらせて釣りに行きたい」
「勇者様と親子というのがよく分かりました」
義理の娘らしいが、似すぎではなかろうか。自分の欲求にとても素直だ。
けれど、勇者がどうして義理の親をしているのか、何となく理解できた。きっとこの子を守るためなのだろう。やはり勇者はとても優しい人のようだ。
メルに促されて、カプセルから出されて横たえられた体へと向かう。そのままその上に浮かび、メルを見る。メルは頷くと、ぱんと手を叩いた。
それだけ。たったそれだけで、ミランダは幽霊になってから初めて気を失った。
与えられた肉体は、魔族の女性のもの。肉体年齢もほぼミランダと同程度で、角や魔力が多いことを除けばほとんど生前と変わらないものだった。
魔王曰く、楽しめたからその報酬、とのことだ。照れ隠しだとは思うのだが。
そうして体を与えられたミランダは、あとは勝手に生きろと城を追い出された、ということもなく。何故か執務室で魔王の手伝いをさせられていた。
「あの、宰相様。私はここにいていいんですか?」
「むしろいてください。監視役に丁度いいので」
「お前ら……」
魔王が睨み付けても、宰相はどこ吹く風といった様子だ。
魔王の不在の間、ほぼ全ての執務は宰相が代理で行っていたようだが、それでもやはり魔王でなければならない仕事もあるようで、魔王はその仕事に忙殺されていた。しかも、どれもが確認に時間がかかるものばかりだ。ないとは思うが逃げ出さないようにするための監視役がミランダらしい。
「あなたがどこから来たかは存じませんが、魔王様はあなたを信頼しているようですしね。それだけで十分です」
「はあ……」
ミランダが元々幽霊で魔王に取り憑いていた、ということは城に働く魔族には伝えられているが、エルジュ王国の人族とまでは説明されていない。宰相あたりは留学先から察しているようだが、知らない魔族の方が多いだろう。
そんな正体不明の魔族が魔王の側にいるということに反対意見が噴出した、ということもなかった。なるほど分かりました、と簡単に受け入れられていた。
魔族特有の柔軟性なのか、それとも魔王が今まで無茶ぶりをしていた結果なのか、それは自分には分からないことだ。
ともかく、ミランダはこうして魔王の補佐をする形で収まってしまった。
「ところで魔王様。そろそろお時間ですが、本当にここに通してしまっていいのですか?」
「ああ。そうしてくれ」
「畏まりました」
宰相が頭を下げて退室していく。はて、とミランダは首を傾げた。何かあっただろうか。
「魔王様、今日の予定に特別なことはなかったと思いますが」
「うむ。お前には隠したからな」
「何故」
「面白そうだからだが?」
何を当然のことを聞いてくるのかという表情だ。これは怒っていいのではないだろうか。
ミランダが怒鳴るべきか諭すべきか、もしくはいっそ殴るべきかと考えていると、魔王がペンを置いた。ことりと、軽い音がミランダの耳に届く。見ると、こちらをじっと見つめる魔王と目が合った。
「聞いておきたいんだが」
「はい?」
「俺を恨んではいないか?」
「魔王様? 急にどうしました? ついに頭がわいちゃいました?」
「お前は日増しに口が悪くなるな」
それはこの生活環境のためだ。魔王に遠慮のない人があまりにも多いこと。いつの間にかミランダも、魔王に遠慮なんてしないようになっていた。
魔王が咳払いをして、続ける。
「よかれと考えお前の体を用意したが、必要なかったのではないかと思う時がある。今のお前は俺のために働いてくれているが、それはつまり他にやることがないということだ。この世に縛り付けてしまった俺を、恨んではいないか?」
少しだけ得心した。魔王は魔王なりに気に掛けてくれていたようだ。初めてそんなことを聞いたが、もしかするとずっと考えていたことなのかもしれない。
不器用な人だ、と内心で笑いながら、ミランダは首を振った。
「いいえ。魔王様には色々と協力してもらいましたし、恩返しはしないといけませんから」
「…………」
「それに、私も魔王様のことは気に入っていますし」
物語にあるような、傍若無人な魔王ではなかった。なんだかんだと自分のことを気に掛けてくれているし、この平和を維持しようと尽力している、優しい魔王だ。
そんな魔王の先を隣で見てみたい、と思うのは悪いことだろうか。
「そうか」
魔王はどこか満足そうに頷いた。納得してもらえたのなら十分だ。
小さく安堵の吐息を漏らしたところで、扉をノックする音が聞こえてきた。どうやら客人がきたらしい。魔王の表情を確認すると、何故かとても意地の悪い笑顔を浮かべていた。
嫌な予感がする。
「入れ」
魔王が言うと、扉が開かれて、人族の少女が入ってきた。緊張した面持ちの、ミランダの同年代の少女。
「あ、あの。初めまして。エルジュ王国から参りました、ミリアです」
ミリアが一礼して。そして、おそらく目を見開いているだろう自分を見て、あちらも同じような表情を浮かべた。
「ミリア……? なんでここに……?」
「や、やっぱりミランダ様……? え、なんで? え? あれ?」
しまった。他人のそら似で押し通すべきだった。そう後悔してももう遅い。ミリアはすでにミランダと確信してしまった。言い逃れはできない。
説明を求めて魔王を睨むと、心底愉快だと言いたげな笑顔だった。
「ははは。いやなに、ルークの殺害未遂があっただろう? 国の貴族の犯行ではあったが、わざわざ責任を追及するのも面倒だったからな。代わりに最も優秀な学生を留学生としてよこせと要求すると彼女が選ばれたわけだ」
なにをいけしゃあしゃあと言っているのか。自分から侯爵を煽って襲わせているし、被害を受けたのは魔王本人だしと自作自演にもほどがある。いや、魔王が襲われたという事実を考えると確かに余計に問題だが、そもそも立場を隠していたのは魔王のわけで。なんだこれ。
「ふははは! 混乱しているな! それが見たかった!」
「ふざけないでくださいよ魔王様! 死ね! いっそ死ね!」
「ミランダ様? ミランダ様ですよね? え? なんで? どうして?」
「ああもうミリアはちょっと待ってなさい! 魔王様と先に話すことがあるから!」
「ははっふっはははっは……! 苦しい……!」
「このクソ魔王!」
色々と考えるのが馬鹿らしくなってしまった。にわかに騒がしくなった執務室で、この先もこの魔王に振り回されるのかとミランダは頭を抱えて。
けれど、それはそれで楽しいか、と嘆息しつつも微笑んだ。
なお、ミリアに事情を説明したところ、エルジュ王国で話さなかったことにそれはもうとても拗ねてしまって、関係改善に丸三日かかってしまったのは内緒の話。
壁|w・)幽霊じゃなくなったのでこれにて完結です。
以下、反省点。興味ない人は回れ右なのだ。
恋愛どこいった?
いや、もう少し続けて、魔王様と~というのが本来のプロットだったのです。
その、まあ、なんだ。別のを書きたい欲求がむらむらと。
万が一に気が向いたらこっそり後日談で書いちゃうかも。
キャラに自由にさせていたらプロット大崩壊しました。もう少し手綱を握るべきだった。
よくあることではありますが、このあたり私のだめなところだと思うです。
何よりも弟君、ごめん。忘れてごめん。忘れていたことに終わり近くまで気づかなくてごめん。
次は気をつけるね、弟君。……まあ弟君に次の出番なんてないけども。
他にも細かい反省点はあれど、まあそれはいつものことなので割愛!
反省点はいろいろあれど、それでも書いていてこれはこれで楽しかったです。
ただ、やはり私に復讐系は向いてないと思いました。
自作は今度こそ現代ものの恋愛っぽい何かにしたい。
ではでは、ここまでお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。




