TRICK 4-1
TRICK 4 「Awakening」
死。それは人間にとって、やがて来るべき終焉。
その終焉は、自然と訪れるもので、故意的には来ないものだと思っていた。無縁だと思っていた。ましてや高校生の自分にとって、身内に降りかかる事態になるとは、全く想像もつかなかった。
ミヤビは、ただその場に立ち尽くしていた。
警報の音と、藍沢の声が聞こえ始める。
目の前に倒れた親父を見て、やっと我に返る。
「水無君……水無君!!」
「はっ!?」
「……こんなこと今の貴方に言うべきではないけれど、外、マズイわ」
白いガーディアンが消えた瞬間、止まっていたガーディアンが再び動きを始めた。
二ノ宮は拳銃で動きを止めるが、銃弾が切れる。
《お嬢の言うとおりだぜミヤビ。状況を受け入れるのは後だ。今はこの状況をなんとかしねえと、悲しむ前に俺達が死んでしまうぜ》
「わかった……けど」
状況は芳しくない。こんな大量なガーディアンを火炎の力だけで乗り越えるのは難しい。
それに、敵の力が増している気がする。だが火炎の力で倒せるわけだから、敵はVersion1であることは間違いない。
そう、ためらった瞬間。
突如、爆発音とともに天井が崩れ始めた。
咄嗟に雅は藍沢をかばい、崩れた場所から逃げる。
「あ、ありがとう」
「ケガはない?」
「ええ。なんとか」
どうやら、部屋を分断され、二ノ宮は崩れた瓦礫の向こうにいるようだった。
崩れる音が落ち着いた後、二ノ宮の叫ぶ声が聞こえた。
「水無!!無事か!?」
「ええ!!なんとか!!」
「別の退路を探せ。努さんは俺が担ぐ。それよりも……これを受け取れ!!」
二ノ宮は、向こう側にいるミヤビに何かを投げた。
ミヤビは向こう側からくる鍵を受け取り、確かめる。
鍵だ。
それもこれは、おそらくバイクの。
「……これは?」
「バイクのキーだ。努さんがお前にあげる……予定のな!!」
「は?」
「……本当は、お前のサプライズも兼ねていたんだ。努さんと。まさかこんな形になるとは予想していなかったが」
ミヤビは。その鍵を二ノ宮から受け取り、握りしめる。
父が、こんなことをしていたなんて。
「研究所地下に、駐車スペースがある。お前専用にカスタマイズした特殊バイクだ。カバーがかけてあるから、そこに向かって脱出しろ」
「わかりました。二ノ宮さんも気を付けて!!火炎!!」
ミヤビは、理由は後で聞くことにし、火炎とともに先を急ぐ。
《言われなくても、火炎斬ッ!!!》
迫りくるガーディアンをカエンは切り裂き、退路を開く。
「いこう藍沢。まずはここを脱出しよう」
「……ええ!」
ミヤビと藍沢は、ガーディアンを倒す火炎を先頭に、部屋から離れた。
もう、何が何だかわからない。
父さんは、自分の父は。
一体何を考えていたのだろうか。
もはやそれを知ることもできないなんて。
「……大丈夫?」
「あ、ああ。うん」
考え込んでいたようで、走りながら藍沢はミヤビに声をかけた。
途中途中ガーディアンから隠れたり、倒したりしながら。
「今は、状況を理解できてるけど、納得できてない」
「ええ」
「けど、脱出しないと元も子もないんだよな」
「そうね……先を急ぎましょう」
「ああ!」
しばらく階段を駆け下りると、二ノ宮の言う通り地下区画の駐車場にたどり着いた。
そこにひときわ目立つ、一枚の布に隠された、大きな物体があった。
これが、二ノ宮が言っていた、バイクなのだろうか。
ガーディアンの追手はカエンがなんとか払っている。あとは逃げるだけだ。
ミヤビは、藍沢とともに、その一枚の布を開いた。
「嘘……だろ」
「かなり、綺麗なバイクね」
そこには、ミヤビがずっと欲しかった、黒色双眼ライトで、フルカウルのスポーツバイクが置いてあった。手入れも行き届いており、汚れも目立たない。
「これを、父さんが?」
「……そのようね」
火炎をハンターフォン形態に戻し、ミヤビはバイクのキーシリンダーに鍵を挿した。
“特殊”と言っていたように、メーターパネルが市販のものと異なっており、液晶パネルにはHUNTER BIKE SYSTEMと表示された。ミヤビは近くにあった2個のヘルメットを取り、1つを藍沢に渡し、1つを自分がかぶり、バイクに跨る。
そして、エンジンを点火するセルスイッチを押した。
その瞬間、水冷4気筒の心地よいサウンドが、ミヤビの体全体に伝わってきた。
「はは、はははは……なんだよ、なんだよもう……」
「水無君?」
「なんでもない。藍沢、後ろに乗って」
「ええ。私バイクは初めてなのだけど」
「体重移動を意識して、一緒に傾いてもらえば問題ない。あとはここのグリップをしっかり握って。足は開かずに」
「え、ええ」
「行くよ」
左手のクラッチレバーを握り、左足のギアをニュートラルから1速に入れる。
スロットルを回しつつ、クラッチを離し、バイクを発進させる。
その瞬間、ガーディアンが壁を突き破り、ミヤビたちのもとへ。
ミヤビは加速を始め、ガーディアンから離れていく。
しかし、追いかけるガーディアンの速度は速く、ミヤビのバイクに追いつきつつある。
もらったばかりのバイクに、傷なんてつけてたまるか。ミヤビはギアを次々と上げ、スピードを上げていく。
高速道路に差し掛かり、人も車も止まっている入口へ。
「どうするの!?」
藍沢が訪ねる。確かにこのまま逃げているばかりでは、埒が明かない。
いずれガーディアンの足が追いつき、バイクに襲い掛かるかもしれない。
「このまま巻きたいところだけど……無理かな」
《俺を召喚しろ、なんとかする》
「こんなスピードで可能なのか?」
《……》
火炎は黙り込む。やはりこんな状況で召喚することに、抵抗があるようだ。
おそらくその場に現れるだけで、この速度に火炎じゃ追いつけないだろう。
「何か変よ」
後ろをむいた藍沢が、ガーディアンの様子がおかしくなっていることに気付く。
ガーディアンの形態が、急に変化し始めたのだ。
足が極端に長くなり、大ジャンプをし始めバイクの目の前に現れた。
ミヤビは回避すべく離れようとするが、これは無理だと思いドリフトしながらブレーキをかけて停車した。
タイヤが焼け付いた匂いがする。
ボディに傷はなく、藍沢も無事のようだ
ミヤビはバイクから降り、路上に立つ。
《ミズナシ……ミヤビ……Version1ノオマエハ、コロサレル運命シカ、ナイ》
ガーディアンが喋り始めた。
「カエン、やるしかないみたいだな」
《ミヤビ、あいつ、Version2になりかけてるぞ》
「なんだって?」
《俺じゃ無理だ。ここは逃げるべきだ》
「っ……」
雄たけびを上げながら、ガーディアンはゆっくりと近づいてくる。
もう、終わりか。
ミヤビは一瞬、そう思った。
だけど、終わりにしていいのか?
親父がどんな思いで自分にバイクを託して。
どんな思いで、東京に連れてきたのか。
そしてそんな親父を殺した、あの白いガーディアンを追わなくていいのか?
何もしていない。
何もしていないのだ。
ただ襲い掛かる火の粉を払っているだけに過ぎないのだ。
なにも、解決していない。
じゃあ、どうする?
どうすればこの場を切り抜けられる?
ミヤビはあきらめるどころか、そのことを考えていた。
今わかっていることは、一つ。Version2にはVersion1は通じない。
じゃあ答えは一つだ。
バージョンアップすればいい。
——ほう、この状況下で、その答えを導き出したか。
その声が聞こえた瞬間、ミヤビ以外の時間が止まった
藍沢も、ガーディアンの動きさえも。
「……誰だ」
——契約の準備は果たされたと言っただろう。お前は答えを導き出し、決意をした。
声は、どこからともなく聞こえてくる。
——一つ聞こう、お前は力の定義を何とみる?
「力?……努力して、考え抜いて、そうして手に入れるもんじゃないのか」
——それが、お前の答えか。契約だ。この状況を乗り切るためのな。これからお前はハンターだ。人の世に絶えず現れる増悪を切り裂くハンターだ。その対価は……
ミヤビは、その声を聴いた瞬間、はっとした。
契約。この声は、自分に取引を申し出ようとしている。
取引とは、同じ価値のあるものの交換。
すなわち、等価交換だ。
声が提示した条件。それを受け入れることしか、できないのなら。このままでは目の前のガーディアンにやられる。恐らく助けは来ない。
自分だけならまだしも、後ろにいる藍沢を守らなければならない。
ミヤビは、取り返しのつかないことになると思った。
だが、進むしかない。
「それが、今の俺にしかできないのなら」
——いいだろう。契約は果たされた。お前は次なる強みへと誘うだろう。
……そして、時間は戻される。
ガーディアンはゆっくりと、こちらへ歩み寄ってくる。
ミヤビは、Version2になり、嘲笑うガーディアンと目を合わせ、睨んだ。
《何ヲミテイル!!!!》
「見ることの何が悪い?」
《Version up!! Flame Blade!!》
その瞬間、ミヤビのハンターフォンが光り始め、聞いたことが無い音声が流れた。
メニュー画面に表示される五芒星の右上の火アイコンが、燃えるように光る。
「な、何……?」
「契約だとか対価だとか、意味わかんないけど」
ハンターフォンを握りしめ、呟く。
「今、俺がすべきことは、こいつを倒す。それだけだ。ブレイク、アウト」
《Break out !! Flame Blade!!》
ハンターフォンを地面に叩きつけ、破片が火炎になった瞬間に、すかさずミヤビは呟いた。
「トリックタップ、オン」
《OK Trick Trap!!》
ミヤビの声とともに、機械音声が流れる。火炎の体が粉々になり、ミヤビの手元に。
《Tri Tri Tri Tri Trick Trap!! Tri Tri Tri Tri Trick Trap!! Trick Trap Flame Blade Version2!!》
ミヤビは、霜村静文が召喚した、武器をイメージする。
だが、“一つの武器”だけじゃダメだと、ミヤビは思った。
ならば、それならば。
力は、与えられるものではなく、手に入れるものだ。
そして、作るものだ。
そう思った瞬間、砕けた破片は、黒いレザーグローブへと変化した。
「ぐ、グローブ!?」
藍沢は驚く。ミヤビは平然としたまま、立ち尽くしている。
《フハハハハハハ!! 何ガVersion2ダ!! ソンナ手袋デ、何がデキル!?》
ガーディアンが、体から破片のようなものを生み出し、ミヤビめがけて飛んできた。
次の瞬間。
ミヤビはにやりと微笑み、自分のジャケットを脱ぐ。そしてそれを盾にするかのように、自分の目の前に出した。
そして……
飛んできた破片は、そのジャケットに跳ね返された。
まるで、ジャケット“そのもの”が盾になったかのように。
《ナ、ナンダト!?》
「何が起こっているの!?」
「起こっているんじゃない、起こしたんだ」
そう、ミヤビが言うとおり。
ミヤビはイメージした。鉄のように硬い物質を。
それが現実となり、自分のジャケットを鋼鉄化させたのだ。
鋼鉄化させた盾は、ガーディアンの攻撃を軽々と弾く、屈強な盾となる。
しかしそれは一瞬で、ミヤビは攻撃を交わした瞬間、再びジャケットを着て、顔色一つ変えずにガーディアンを見る。
《イミガワカラナイ……ブレイクアバターのVer2ハ武器。ソノハズナノニ……!》
「水無君が触れたことで、状態を変化させたというの?」
「その通り。それが火炎と俺のVersion2」
《ウォオオオオオオオオオオオオオオオ!!》
ミヤビは、そのあたりに落ちていた木の棒を持ち、刀をイメージする。
そして、呟いた。
「エンコード」
その瞬間、グローブがその声に呼応し、木が激しく燃え始める、一瞬にして木の棒と同じ長さの、まっすぐな日本刀が現れた。
「今度は刀!?」
「ああ。重いな。刀って」
《武器ガ錬成出来タトシテモ、オマエガツカイコナサナケレバ、イミガナイ!!》
ガーディアンの言うとおりだ。
ミヤビは刀なんて扱ったことはない。
しかし、やるだけやってみるしかないだろう。
《ミヤビ、俺がサポートする》
「火炎?」
グローブから声がする。火炎の声だ。
《だから、思う存分戦え》
「分かった。行くぞ」
《おう》
ガーディアンが右腕を大きく挙げ、ミヤビめがけて振りかざす。
ミヤビはそれをひらりと交わし、刀をまっすぐ、ガーディアンに突き刺した。
《グアァアアアアアアア!!》
「効いてる」
《油断すんな、次来るぞ》
「ああ」
火炎のサポートのおかげで、立ち回り方がなんとなくわかる。
自分の力に、火炎のサポートが入っている感じ。
例えるなら、こぐ力をサポートする電動自転車のようだ。
ちょっとの力を加えただけで、こんなに扱えるようになるとは。
《一瞬で決めるぞ》
「ああ……」
《グググ……ミズナシ……ミヤビ……貴様ヲ、殺ス!!》
ミヤビは、深呼吸をして、刀を構え直した。
しかし、ミヤビはあることに気づく。
Verison2は、ガーディアンが人を取り込んで具現化した姿。
このままでは、中身の人間を殺してしまうのではないかと。
《どうしたミヤビ?》
「火炎、中の人はどうなる?」
《どっちみち手遅れだろ》
「……いや、救おう」
《ハァ!? 何考えてんだよ。お前死ぬかもしれねえのに何言ってんだよ》
「だからって、人を殺していい理由にはならない」
「水無君!!」
火炎と言い争っていると、ガーディアンがその隙を狙って背後に周り、ミヤビを蹴り飛ばした。
ミヤビは血を吐き、地面に倒れ込む。
《ほおら!!生きてるか!?》
「……ああ。なんとか」
《……侵食が軽ければ》
「うん?」
《ガーディアンウイルスの侵食が軽いやつなら、なんとかなるかもな》
「胸のスマホか」
ミヤビは、距離をとりながらガーディアンの胸の中央にある、赤い画面のスマホを見て言った。
ガーディアンの肌の色とよく似ていて気が付かなかったが、体に埋め込まれているスマホが、ガーディアンにはあった。あれを壊せば、なんとか出来るかもしれない。
《察しがいいな、じゃあ、一撃で決めるぞ》
「ああ……火炎斬ッ!!!」
ミヤビは隙を狙って、ガーディアンの胸のスマホを切り裂いた。
するとガーディアンは雄叫びを挙げながら、取り込んだ人間を分離させ、粉々に砕け散った。
ミヤビはグローブを取り、ハンターフォンの状態に戻した。
「……終わったのね」
藍沢が安堵して、地面に座り込む。
ミヤビも息を挙げながら、なんとか立つ。
ガーディアンが取り込んでいた人間の脈を測る。まだ、生きている。
どうやら、作戦はうまくいったようだ。
「生きてる」
背負うわけにも行かないので、ミヤビは二ノ宮に連絡して、道路の脇へその人間を移動させた。
そして藍沢とともにバイクに乗り、再びエンジンに火を入れ、走り去った。




