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エルレイス  作者: ルト
第五話
27/27

塹壕の皇女

 人を擁する装甲兵器(マギマキカ)が悠々歩める塹壕は、土埃がちらちらと舞う。

 センサに付着しそうな砂が、管理妖精に追い返されていた。

 リュウが刃を向ける先。

 隠し通路に尻餅を突く赤い巨腕のマギマキカは、受光センサを偏光魔術に揺らめかせる。まじまじと見つめるように。


『どうして、リュウがこんなところに?』

「それはこちらの台詞だ。ドレグに拐われたんじゃないのか」


 フィルの乗る新型機の背後は、洞とした無機質な通路が続くばかりだ。

 護衛や、あるいは追っ手の姿はない。


『あれは……難しい事情があってな』


 フィルは言葉を濁らせる。

 そこに危機感や恐怖の色がないことを見て取ったリュウは、剣をさげた。燃料の無駄遣いはできない。

 いつまでも間抜けに腰を抜かしたままでいる赤い機体を引いて立たせた。


「至近に脅威はない。お前は逃げている。相違ないな?」

『ん、ああ、まぁ……』


 後ろ髪を引かれるように、フィルの偏光魔術が背後の光を集める。だがすぐに、振り切るようにリュウを見た。


『逃げる。算段があるなら噛ませてくれ』


 返事をする暇すら嫌い、リュウのカリオテはマニピュレータで合図した。塹壕の中を駆け出す。

 管理妖精に遠話の術式を表示させて、リュウはすぐにキャンセルした。

 座標は確認済み。下手に魔力を飛ばすと気取られかねない。

 最小限の連絡で最大限の連携、それがリュウたちの昔馴染み小隊のアドバンテージだ。

 リュウは代わりに地図を表示する。ランデヴーポイントは施設外縁の森の中。

 森林には精霊が多く住まっている。警戒結界など恒常的な術式は敷けない。

 もっとも、こんな内地の辺境な施設にそんな燃費の悪い警戒網があるかどうか疑問だが……と考えて、リュウは通信光線を背後のフィルに送る。

 受光器に入った光線は妖精に組み込まれた本能に従って文意に翻訳される。リュウのことば。


「地下から出てきた連中は、ずっとこの施設を守ってるのか?」

『そうだな。緊急時の予備兵力って側面が強かったから、練度の割には最小限の規模で構成されている』

「最初から迎撃を目的にはしていないんだな」

『秘匿された施設なのはもう察してるんだろう? 戦力を寸毫も見せない方向に心を砕いたさ』


 その主観的な物言いに口を開きかけたリュウは、思い止まって軌道修正。カリオテのアームを微調整して慣性を緩やかに曲げ、圧を弱めた脚力で巡航的に走り角を曲がる。

 つまりだ。リュウは優先事項に思考をまとめる。

 この『秘密基地』は地下にある本丸を守るために万全を期していた。先制的防衛手段である結界は用いられなかったと推測できる。結界は存在を隠せず、結界があること自体が施設の重要性を証明してしまう。

 そのために、必要だったのだろう。

 囮になる施設と、役に立たない防衛部隊が。


「あの連中がお前を捕らえていたのか?」

『ん、まぁ、そう言えなくもない』


 フィルは言葉をぼかす。

 だが、友好的な関係にないのは明らかだ。『王国軍』である彼らと。

 フィルと利害関係の一致しない『王国軍』、『王国軍』と関係のあるドレグ、機械のヒョウと展覧会の襲撃。これらのファクターは一枚の絵を描き出す。

 塹壕が、森林哨戒順路と交差した。

 リュウは操縦桿を捻り、ギアを抜いてペダルを踏み込む、同時に右に重心を傾けた。

 カリオテは忠実に、腕を振り上げ跳躍し、左の壁を蹴って回転、右の壁を足場に再び跳び上がる。装甲の塊が塹壕の縁を転がるように這い出た。

 偏光魔術最大展開。『ヤギの目』のように広がる視界に、リュウは眉を歪める。

 残骸になった施設跡が目を引いた。傾いた柱が数本、記念碑のように突き立っている。その前方、地下から粉砕された防衛網が新たな防壁となり、王国軍が迎撃戦を展開している。

 ここは基地敷地の端に当たる。主要な塹壕はこれひとつで、残りはダミー。防衛線として数えることはできない、そんな場所。

 付近に敵影は見られない。魔力探知の術式に手を伸ばしかけ、危うく引っ込めた。

 こちらから魔力を放って情報を得る能動探査術式など、見つけてくれと言うようなものだ。

 ぎゅおん、と駆動器が莫大な魔力を喰らう音がする。

 その残響を引いて、セフィリアの赤い機体は垂直跳びで塹壕を飛び越えた。両足を揃えて着地。緩衝器の軋む音がカリオテの装甲を叩く。


「大した馬力だな」

『これでも新型機だからな。私も知らないインターフェースがいくつかある』


 フィルは気疲れしたような声を返す。慣れない機体に神経をすり減らしているようだ。

 リュウは拡大した視覚の最後に、もう一度遠い交戦地点を映す。土埃に煙り、過密した魔力が虹色に靄がかっている。

 フスタの隠密部隊は敗走すら許されず、最期の反攻戦に打って出ていた。

 あまり時間はない。

 しかし、他を気にする余裕もないだろう。


「もう少しだ、気張れよ」


 リュウはカリオテを起き上がらせると、哨戒順路から見下ろす土手にカリオテの機体を投じた。


『な、リュウ!?』


 置き去りにされたフィルの動揺を、眼前の妖精が代弁する。

 大小の石を踏み、和らがない衝撃がシートを上下左右に揺さぶった。気を抜くと摩擦で跳ね上がりそうなペダルと操縦桿を押さえ込み、滑落姿勢を保ち続ける。目まぐるしく計器と斜面に目を走らせるリュウには、早く来い、と声を上げる余裕もなかった。


『待てリュウうわ、った、ぎゃああああああああ!?』


 がらがらがつん、と岩を蹴散らす音。

 リュウの横を、赤い最新鋭機体が颯爽と転がり抜いた。起伏に大きく跳ねて、頭から落ち、鮮やかに側転から前転に移行する。


『ぎゃああああああ!』


 悲鳴は通信音声を制御する妖精に固定され、ドップラー効果は起きない。

 坂の終わり、森の端に赤い機体は瞬く間にたどり着く。

 どかーん、という破砕音と共にへし折れた幹から木屑が散った。

 頭から落ちたフィルは、手足を放り出して機体を自然に預けている。どこか恨めしげに歪められた光が受光器の前に瞬いた。


「逃走経路に証拠を残しやがって」


 毒づいたカリオテは足から平地に着地し、走行に移行した勢いでフィル機の両足を張り倒す。ごろりと後ろ回りにフィルは立ち上がった。


『仮にも一国の皇女に、よくもこんな仕打ちができるな』


 ふん、とリュウは鼻で笑う。


「砲弾一発で死ぬのは物乞いも王様も同じだ」


 リュウはカリオテの両手に銃と剣をそれぞれ握り、そこらじゅうに弾丸をばらまいた。肩部装甲の一部を魔導剣で砕く。

 セフィリアは驚いて声を跳ね上げた。


『なにやってるんだ!? ただでさえ損傷があるのに……』

「こんなバカでかい破壊の痕跡をそのままにできるか。逃亡兵が突発的に交戦したように偽装する」


 銃口に術式を重ね、口径が同一にならないよう変化を加える。銃撃の方向に法則性を持たせ、樹の根を蹴り、枝を弾き飛ばす。明後日の方へ逃げていく敗残兵の幻影を描き出していく。


「急ぐぞ。早くロッツたちと合流したい」


 幻影とは別の方向に、樹の根をかわしながらロウはカリオテを走らせる。

 無言で続く赤い機体は、どこか悄然としていた。

 妖精が踊る。

 森のただ中だ。霊脈の魔力もあり、探知に気を割いていなければ気取られないだろう。リュウは妖精に合図して遠話を通す。


『リュウ、こちらロッツ。ポイントを西に2ポイントで移動中』


 地図上の合流座標を、ロッツの報告に合わせて微速移動させる。フィルと情報共有させる指示を妖精に送りながら、リュウは口を開いた。


「他の連中は?」

『部隊としてはともかく、無事、と言ってしまっていいだろうね』


 つまりシジマやカバネは無事。彼らに同行した基地の人員に問題、ということだ。

 うなずくリュウに、少し楽しそうなロッツの声がかけられる。


『リュウ、意外な人と合流したよ。こっちに着いても驚かないでね』


 リュウは訝しげに眉を上げたが、わざわざ遠話で連絡を入れた真意を悟る。

 その同行者は、何かよほどインパクトがあるのだろう。ロッツたちをそうと分からなくするか、咄嗟に攻撃を考えてしまうか、それほどの何かだ。

 リュウは小さく笑う。


「それについては、こちらも同じだ。びっくりしてコケるなよ」


 背後の赤い機体が、張り出した根に蹴躓いている。

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