バウンサー
両側にビルが聳え、片側三車線の道路が前後に続く。ペイント弾の流れ弾が赤い塗料をぶちまけて、路上を川のように流れている。
その上を縦横にバウンサーとカリオテが立ち回っていた。
リュウが駆るマギマキカは、その銃弾飛び交う最中に足を踏み込む。
「そこのカリオテ! バウンサーを退けるのを手伝うぞ!」
遠話を送りつけた。セフィリアともども銃を撃ち、ゴム弾をばら撒く。
バウンサーは腕を上げて、腕部装甲で銃弾を弾いた。大きく跳び退るように間合いを開ける。
それを見送ったカリオテは遠話を返した。荒い呼吸が混じる。
『いいのか? さっき攻撃を仕掛けたのは俺たちだぞ?』
「それは反撃したから相子だな。バウンサーを何とかするのが最優先だ」
『……お人よしだな。分かった、この場は協力しよう。よろしく頼む』
呆れたように言われた言葉に、リュウは苦い笑みを浮かべる。
セフィリアも銃を掲げてカリオテに共闘を示す。
バウンサーは三機を見回して動きを止める。初めてバウンサーの搭乗者をちゃんと確認できた。
猟犬のような鋭い眼光に牙、シジマ同様頭部に耳が立つ。ベストから伸びる肩には獣毛が見えた。
亜人フンティスだ。
男は凶暴な笑みを浮かべて遠話で声を放った。
『いいぜ。三人まとめて掛かって来いよ。俺を止められたら、お前ら全員合格だ』
腰を沈め、野獣のようにしなやかな動きで走り出す。
応じるようにカリオテとリュウが左右に別れ、取り残される形でセフィリアが正面から迎え撃つ。包囲陣形。
三方向からゴム弾が連なって降り注ぐ。バウンサーは射線を潜り、飛び越え、受け止めるように掻い潜る。
『はん』
鼻で笑い、それをわざわざ遠話で聞かせる。
右翼、リュウを一直線に狙って飛び込んで来た。銃を構える。
「くそっ」
リュウは銃のコントロールを妖精にパスし、後退しながら右に射線を避ける。
先読みするように銃口が動いた。急制動を掛ける。
ペイント弾が目前を駆け抜けた。
あのまま走っていたら自ら当たりに行く形で命中していただろう。
バウンサーが迫る。
左腕を後ろに流し、剣を振りかぶっていた。
『甘い!』
「まだだ!」
リュウは両手を突き出し、剣と銃とでその剣を受け止める。
バウンサーに乗る男が感心したように口をすぼめ、楽しそうに笑っていた。
移動した僚機が十字砲火を撃つ。リュウはバウンサーを盾にする形で被弾を避けられる。
男は直撃に揺れる機体に顔をしかめた。
『っち、さすがに』
弱音は遠話に乗せず、リュウの目前から飛び退って集中砲火を避ける。
離れながらペイント弾を撃ってきた。リュウはそれを駆け出すことでかわす。
銃撃の合間を縫って、バウンサーは跳ねるように走り回った。
思い出したように撃つペイント弾は、連射が出来ないようになっているようでギリギリかわすことが出来る。銃撃を避けながらのため上手く狙いが定められないのだろう。
対し三機は常に等間隔を保ち円周上に動き回って中心にバウンサーを置くよう立ち回りを続けていた。
たまにバウンサーが仕留めに一機へと切りかかると、狙われた機は防御に専念し、二機が集中砲火を浴びせる。バウンサーが包囲を抜くように回避行動を取れば、入れ替わるようにまた半円状に組み替えて迎撃姿勢から始める。戻るなら包囲する。
そんなやり取りが数度続いた。
戦闘が膠着するかと思われた矢先。
『ま、この程度か』
妙に平静とした、事実を述べただけのような平坦な言葉が遠話から聞こえた。
状態を低く屈め、リュウの射線を潜った瞬間。
セフィリア機の銃撃が止んだ。弾切れだ。弾倉が自動的に破棄される。セフィリアは慌てて銃を腰に添えた。弾倉を銃に装着する機構が腰についている。
だが、その間もバウンサーは待ってはくれなかった。
何かに跳ね返ったかのように急な方向転換をして飛び出す。リュウの銃口が追いかけて再び捉える前に、もう一人のカリオテに肉薄していた。
バウンサーは腕を掲げて銃撃を受け止め、一気に懐にもぐりこむ。その腕で薙ぎ払うように、カリオテが剣を構えていた左腕を殴り飛ばした。
カリオテの剣が滑るようにマニピュレータから抜ける。
零距離。
銃では捉えられない距離に入り込まれたカリオテは、為す術もなく、がら空きの胴体に剣を叩き込まれる。
水風船を割ったように薄緑の塗料が胴体にぶちまけられた。
切り捨てたバウンサーは留まらず走り抜ける。再装填を終えたセフィリアとリュウの銃撃をかわして距離を取った。
リュウはバウンサーを睨みながら妖精に怒鳴りつけるように声をかける。
「おいアンタ、大丈夫か!?」
『ダメだ。失格だとさ。表示が出て機体がロックされた』
意外に、冷静な声が返ってきた。
セフィリアが苦しそうな声を上げる。
『すまない。私が無駄撃ちしすぎたから』
『いや。そんなことはないさ』
責任を感じているセフィリアを笑って、端的にそう答えた。
動きを制限するために撃ちすぎるくらいのほうがよかったうえ、あのまま続けていれば遅かれ早かれ同じ事は起きていた。優れた乗り手であった彼はそれを理解していた。
『それより、どうか君たちはどんな手段ででも合格してくれよ。でないと落ちた甲斐がない』
「ああ。……そのためには」
リュウは言葉を返し、バウンサーを見据える。
一機失い、二対一になった。数の上ではまだ勝るが、優劣は完全に覆っている。
「あいつをどうにかしないとな」
逃げるにしろ打ち負かすにしろ、バウンサーを超えなければならなかった。
バウンサーに乗る男は、にやりと笑って遠話を繋ぐ。
『そろそろ行ってもいいか?』
余裕綽々といったふうで、バウンサーはのんびりと歩き始めた。
さすがに癪に障ったらしい、セフィリアが遠話で告げる。
『リュウ。絶対に落とすぞ』
「分かってる」
答えるリュウはしかし、内心で歯噛みしていた。
フラッグがあれば一番よかった。せめて隠されているらしいペイント弾装填の武器があれば。
ゴム弾しか入っていない銃を向けた途端、弾かれたようにバウンサーは走り出す。
その姿を追って流れる二本の連射を、まるで縄跳びでもするかのように潜り抜ける。
ペイント弾をセフィリアに向けて放った。
『くぅ』
セフィリアは唸る。身をよじって弾をかわしたらしい。少なくとも銃撃が止むほど動いたのは確かだ。
そこで生まれた間隙をバウンサーは駆ける。
「こんの!」
リュウが銃を撃ち続ける。バウンサーは腕で銃撃を受け止めると、不意に足を振り上げて何かを蹴飛ばした。
それは先ほどのカリオテが落とした訓練剣だ。
道路を跳ねながら飛んできたそれを、リュウは脛の装甲で受け止める。
その止まった動きに、バウンサーは容赦なく付け込む。
瞬きの間に迫ったバウンサーは剣を大きく振りかぶって突っ込んできた。
「ち」
『二度もやらせねーよ!』
銃と剣を構えて受け止めようとしたリュウを笑い、バウンサーは銃だけを剣で叩き下ろす。
地面に叩きつけられた銃身はいとも簡単に簡単にへし折れた。弾けた塗料が銃身を薄緑色に染める。
リュウは銃が折れたことを理解する前に、剣尖が逸れた時点で剣をバウンサーに向けていた。
結果、銃を叩き折った直後に体当たりでリュウを弾き飛ばそうとしていたバウンサーは、無理な制動を余儀なくされる。訓練剣をかわし、リュウの横を抜けた。
リュウは素早く振り返る。同時に剣を斜めに振り下ろす。
『んが!』
そっくり同じ動きをしていたバウンサーの剣と切り結んだ。弾けた塗料がリュウの剣と機体に飛び散る。被弾していない、まだ失格にはならない。
バウンサーは素早く右腕を振って銃をリュウに向ける。
撃つよりも一瞬早く、リュウの銃が横様に殴り銃口を逸らした。後方の地面でペイント弾が弾ける湿った音が響く。
このタイミングで、リュウは自分の銃が三十度は歪曲していてもはや使い物にならないことに気づいた。
飛び下がり、剣の間合いから離れる。銃を投げつけた。
バウンサーが剣で薙ぎ払い弾き飛ばす。直後、そのバウンサーが激しく揺れた。
セフィリアの銃撃が背後から直撃している。
『くそっ』
毒づき、バウンサーは横っ飛びに跳ねてから走り出した。三歩でトップスピードに至る。
リュウを回りこむように走ってセフィリアの銃を誘導し、潜り抜けて切りかかってくる。
それまでの数瞬に、リュウは銃を投げ捨てた右腕を伸ばし、地面に落ちた訓練剣を握る。持ち上げる動きで切り上げ、バウンサーの斬撃を受け止めた。
『ああ?! 両手だ!?』
「そのようだ!」
叫び返し、リュウは左腕の剣でバウンサーの胴体を殴り飛ばした。
続けて切りつけようとした攻撃はバウンサーに切り払われる。
『が、くっそ、舐めんな!』
バウンサーが飛び下がりながら右腕の銃をリュウに向ける。
リュウは追って走り出していた。
銃が吠えてペイント弾を吐き出す。
走っているリュウの至近で撃たれた銃撃だ。機動でかわせる距離ではなかった。
だからリュウは、剣を構えた。
訓練剣の大きな平で受け止める。弾けた赤い塗料が剣の角度に沿って撒き散らされた。
『んだと!?』
「はあああああ!」
瞠目するバウンサーにリュウは肉薄する。
右の剣を振りかぶって袈裟に振り下ろした。銃で受け止められる。
左――剣で受けられた。
右を弾いてもう一度――払いのけるように銃で止められ、直後に逆に銃口を向けられる。
慌てて左に飛びのく。ペイント弾が駆け抜けた。
リュウが避けた間隙を利用してバウンサーは下がる。
だが、間合いが開いた瞬間からセフィリアの射撃を受けた。
『だあああ、くっそ!』
苛立たしげにバウンサーに乗る男が唸る。獰猛に牙を剥くその顔はもはや肉食獣そのものだ。
だが、銃撃はその程度では済まなかった。
燃焼音を引き連れて火焔が降り注ぐ。
『っぶねえ!? 魔術!?』
外れた火焔弾はビルの壁を舐める。
なんとかかわしたバウンサーは、残り火が舞うセフィリア機を睨んだ。
セフィリアは強気に笑ってみせる。
『リュウがしっかり張り付いたから、詠唱は簡単だったな』
『当てた気になってんじゃねえ! ……ちぃ!』
気が逸れている隙に走り寄って切りかかったリュウの斬撃は、バウンサーに身を引かれてかわされた。
剣を逆撃に切り上げられる。
直撃、の寸前。
訓練剣で辛くも受け止める。弾けた塗料の飛沫がリュウ機の腕に掛かった。
その時。
『リュウ!』
遠話が聞こえた。
『三秒! バウンサーの動きを止めて!』
バウンサーが間合いを空けて飛び下がる。
リュウはその機体に向けて、両手の剣を投げつけた。
『なに!?』
驚愕の声を上げながらバウンサーは銃と剣で払いのける。
一瞬止まった足。
両手を動かして、どちらの武器もリュウを捉えていない。
「おらああああああ!」
リュウは機体を突撃させた。
両腕のマニピュレーターでバウンサーの腕をそれぞれ掴む。
胸部装甲の合成素材が衝突し、シートにまで激しい衝撃が伝わる。
速度を乗った勢いのままバウンサーを突き飛ばし、体ごとビルの壁に叩きつけた。
もともと割れていた窓が窓枠ごと吹き飛ぶ。
壁が砕け、バウンサーが半分埋まった。
『がああ! いっ、のガキ……!』
男が獰猛な獣のような形相でリュウを睨む。
張り付けにされたような格好だったバウンサーが動き出す、瞬間。
カリオテが押さえつけて二秒。
黄色い塗料が爆発して男の頭に掛かった。
「…………?」
『…………あ?』
顔をどぎつい黄色に染め上げた男は、地底を流れる溶岩よりも低いところから唸り声を上げた。
さきほどリュウに掛けられたのと同じ声が、再び遠話で聞こえる。
『よかった。オートロックっていう代物はすごくありがたいね』
安堵したような声。
道路の前後を見渡しても、セフィリアと目の前のバウンサー以外にマギマキカの姿はない。
だが、その声はリュウには聞き覚えがあった。
だからこそ、声を聞いてすぐに従ったのだ。
リュウは笑って遠話を返す。
「ビューティフォーだ。……ロッツ」
『機体に言ってよ』
ロッツ――いつの間にかペイント弾を搭載した狙撃銃を拾っていたらしい友人――は、照れくさそうに笑った。
合格者が確定しました――そんなアナウンスとともに、リュウたちの戦いは締めくくられた。
バウンサーと失格になった受験者たち、ロッツとも合流してスタート地点にまで戻る。
そこでは合格者らしい機体に乗ったままの生徒と、二十機以上のペイント塗れで絶賛清掃中のマギマキカが並んでいた。
腕まくりしてデッキブラシを持っていた銀色の男がリュウたちに気づいて振り返る。大きく手を振った。カバネだ。
カバネはリュウの前に走り寄って、相変わらず大きな身振りで喜びを表現する。
「やあ、やはり合格していましたか。リュウにロッツに、皇女さん?」
リュウの後ろに立つマギマキカに乗っている人物に首をかしげる。
彼の疑問も仕草も気に留めず、リュウは驚いて叫んだ。
「カバネ! お前、落ちたのか!? 何で!?」
『僕のせいなんだよ』
返事は背後からした。
振り返ると、ロッツが眉を寄せてうつむいている。
『僕を逃がすために一人でバウンサーと戦って……』
「まあ、相手はマイアさんでしたからな。ロッツを逃がせただけでも僥倖というもの」
カバネは気に病む必要はないと言うように馬鹿に明るい声で両手を広げる。
二人を見比べるように首を振って、リュウは言葉を探すように閉口する。
そんなリュウを見上げて、カバネは揶揄するような口調で言った。
「リュウのほうこそ、その有様でよく合格できましたな」
直撃こそしなかったが、塗料はべったりと付いている。
胸部装甲が綺麗なことが不自然なくらいだ。
リュウはそんな状況になった自機を見下ろして、カバネに答える。
「ああ、これは……ロッツのお陰だ」
『僕じゃないよ。カバネがいなかったら、僕も絶対不合格だったんだし』
「では、みんなのお陰ということで一つ。――お、シジマが来ましたな」
言葉通り、カバネの見る先でシジマが歩いてきていた。その手にはフラッグが握られている。
シジマはリュウたちに気づいて、マギマキカで手を振って駆け寄ってきた。
『やー、もうずいぶん遠くまで行っちゃって、大変だったよ。みんなは、』
言葉が止まる。
『え……カバネ!? 嘘! なんで落ちてるの!?』
『ごめん、僕のせいなんだ。カバネは僕をかばって……』
『そんな、なんで? おかしいじゃん! かばうってどういうこと!? 僚機なら連携するんじゃないの!? なんでカバネだけ落ちてロッ』
ばぎゅ、と金属音が響いた。
シジマのマギマキカを殴り飛ばしたリュウは、静かに言う。
「その先を言うな」
シジマはうつむいて唇を噛んでいた。感情を隠すように、耳が伏せられる。
その姿を見て、リュウは湧き上がった自分の怒りがあっという間に煙を上げて鎮火したことを感じていた。
全く、どうしようもない。誰も彼もが、背伸びをするだけの子どもだ。情けない。
堰切ったようにシジマは突然走り出した。演習場の出口までマギマキカを着けると、一瞬で脱ぎ捨てるように飛び降りた。走り去る。うっかり感心してしまうほど滑らかな機動だった。
『試験後の乱闘は勘弁――とはいえ、これもこれで困る』
リュウの後ろにバウンサーが歩み寄ってきた。
魔動機部部長、マイアだ。
リュウはとっさに心の足を伸ばした。振り返って頭を下げる。
「すみません。あいつには後で言って聞かせます」
『うん。まあ、なんだ、お願いするよ』
困惑した表情のマイアは、一任する言葉だけ言った。
リュウはもう一度頭を下げる。
カバネはお手上げとばかりに両手を広げ、セフィリアもどうしていいか分からないような表情で関係者三人の顔を見回している。
そしてロッツは飼い犬とはぐれて散歩から帰ってきた子どものような表情で、シジマの乗り捨てたマギマキカを見ていた。
『あの、僕……』
「ロッツ、気にすんな。シジマだって本心から言ったわけじゃない。むしろシジマのために、気にしないでやってくれ」
『……うん……』
返事はしたが、心痛に耐えかねるような暗い表情は晴れない。
リュウはため息をついた。
マイアが合格した生徒たちの前に立って話を始める。
『さて、部員になったのだから、いつも通りに話させてもらおう。諸君には入部手続きをしてもらう。これは校内サーバにアクセスできればいつやっても構わない。明日、新入部員諸君は放課後にハンガー前集合だ。カリオテの引継ぎ手続きを行う。入部手続きが終わった者から先着で選ばせるから、そのつもりで』
その話をぼんやりと聞くリュウは、最後まで、セフィリアが険しい表情を浮かべていることに気づかなかった。