↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルレイス  作者: ルト
第三話
PR
12/27

部活動

 実のところ、リュウは上機嫌だった。

 シジマは頭を冷やしたらしく、格納庫の前でロッツに会うなり頭を下げて、大声で「ごめんなさい!」と謝った。

 カリオテの搬入は終わっており、マイアに引継ぎを申請して受け取った。

 むろん、シジマのはしゃぎようと言ったら飛ぶ鳥も落とすような勢いで、ついには興奮しすぎて目を回して倒れかけた。

 リュウについては専属でカリオテの面倒を見る整備士としてロッツが担当することになった。早速課題代わりにリュウでもできる基本妖精(ベースシステム)の設定をやってもらったが、リュウよりも手際がよかった。白兵戦闘――ここでは格闘に限らない目視距離での戦闘のこと――の適性を高める為にマニピュレータや駆動機周りの強化とバランサの微調整を早々に押し付けた。

 セフィリアもカリオテを受け取っていたが、基本妖精(ベースシステム)の適合設定(フィッティング)しかやっていなかったので、シジマともども本体の装備について改案を提示した。

 マイアは一年生ながら機関部にも手を入れていたロッツを感心しているようで、ロッツの緩んだ表情は美少年台無しだ。しかし自主的に機関部にまで手をつけて白兵戦闘向きに機体をチューニングしてもらえたのはありがたかった。

 ひとまず作業がひと段落したというので、機体慣らしをしていたら入部試験のときに戦った先輩――イヌのような獣毛と耳と牙を持つフンティスで名前はドレグ・イーニスと言うらしい――が軽く組み手を持ちかけてきた。

 慣らしを兼ねて戦ったら、遊ばれた挙句倒された。歯牙にも掛からないというか、本当に一蹴された感じだ。

 いわく、入部試験のときは手加減をしていたそうだ。

 いつか倒そうと思う。

 ここしばらくのリュウは、実に上機嫌であったのだ。

 だから部室を併設したハンガーの奥にあるマギマキカの格納庫で、自分のカリオテに模擬戦でつけられた土を掃除しているときも、悔しそうな気配は全くない。格納庫に散乱した予備の部品やネジ、バネにチューブの切り余り、油を拭ったタオルなどを片付けるときも嫌な顔ひとつしなかったし、床をモップで拭くときには下手な鼻歌を歌ってさえいた。


「ご機嫌だね」


 モップをかける手を止めて、声をかけた猫耳を揺らす少女を振り返る。


「シジマ。もう大丈夫なのか?」

「ったりまえよ。ボクがマギマキカを前にいつまでもくたばってるわけがないでしょ。リュウが模擬戦やってるころには起きてたよ」


 元気をアピールするかのごとくふんぞり返って言い放った。

 まったく気づかなかった、と答えるのも無粋に思い、立てたモップに寄りかかるようにしてその子ども染みた体躯を眺める。予軍校で出会った頃から体格が変わってないのではないかと思う。もちろんそんなわけもなく身長も伸びているし手足も伸びているし、リュウの知る由もない部分の成長も程度はともかく抜かりない。ただそれ以上にリュウが成長しているため気づかないだけだ。

 その頃からシジマはカバネを連れていた。

 その頃のカバネは、カバネという名も持たない"ただの"ゴーレミアンだった。


「もう調整した?」


 シジマはリュウのカリオテを見上げて尋ねる。

 リュウも視線を同じくして、格納庫の明かりを浴びるカリオテの角ばった重々しいフォルムを見る。


「もちろん。白兵戦を中心にチューニングしてる。シジマはもう手を入れたか?」

「んー、あんまり。妖精周りはマクロ入れたり走査装置積んだりして無形戦強化したくらいかな。魔水槽(サプライ)も充填器(キャパシタ)も安定器(スタビライサ)も増幅器(アンプリファイア)も全部積み換えだから明日まで待たないと。ボクは装填器(シリンダ)が要らないから下ろしちゃうとしても、消音器(サイレンサ)にいいの積むと重いんだよね」


 シジマが済ました顔で専門用語が出るわ出るわ。リュウは苦笑する。それでも全部分かるあたり大概同類だ。

 魔術戦闘に特化して機体戦闘は苦手になるような調整をしている、という旨の説明をするシジマに後ろから声がかけられる。


「あまり積み過ぎると脆くなるぞ」

「うん。でもボクはテイルリングだから増幅器さえ無事ならなんとか……部長!?」


 答えながら振り返ったシジマが飛び上がって驚いた。

 マイアはそんなシジマに落ち着けとばかりに微笑みを向けて、リュウに顔を向ける。


「初日から張り切っているな。頑張るのはいいが、力尽きないように」

「分かっています」


 頭を下げる。マイアは微笑を消して、格納庫に並ぶカリオテを見上げる。今は全て閉じられて何事もないような顔をしているが、つい先ほどの活動時間ぎりぎりまではどれも装甲の隙間から首を伸ばすようにして配線を引きずり出し内部をいじくり回されていた。その光景を思い出すようにマイアは装甲に手を触れる。


「リュウ。キミはドレグと……入部試験で負かしたフンティスの男と模擬戦をしていたな。勝てそうか?」

「いえ、とんでもないです。不意打ちでなければ歯が立ちません。今日も一蹴されました」

「ふふ。そうか。まあ、そうだろうな」


 含み笑いをしてマイアはリュウを見る。


「すぐに追いつくのも難しいだろう。だが、今年の部員はほとんどが基礎はもう出来ている。あとは経験を積むだけだ」

「はい」

「……最近はウィルデルンとの情勢が不安定化している。遠からず魔動機部も軍事演習に参加することになるだろう。取り急ぎ、新入生を厳しく鍛えていくつもりだ。気を引き締めておくように」

「わ、分かりました」


 リュウは歪みかける口もとを抑えて返事をする。ただでさえ厳しい魔動機部で、厳しく鍛えると言う。今日行われた軍学校の敷地三周ですでに音を上げかけたリュウとしては、ふるい落とされるかもしれない不安を抱かずに入られなかった。

 顔の強張ったリュウとシジマに微笑み、マイアはリュウのモップを取って片付ける。


「調整のために注文した機材は明日にも届く。なるべく早く仕上げるといい」


 リュウはふいに違和感を覚えて、マイアの背中を眺めた。何か胸の奥に言いたいことがあって、その上澄みだけを拾ったような、そんな調子。

 格納庫の入り口で振り返ったマイアはそんな煮え切らないことなどありえないような凛とした美貌を、子どもっぽく笑みに緩めた。


「閉めるぞ。もう下校時刻だ。駆け足!」


 はい、と声をそろえてリュウとシジマは格納庫から逃げるように走って抜け出す。

 マイアの横に並んだとき、ふと思い出したような声でシジマに声をかけた。


「そうだ。シジマ。キミに一応伝えておくことがある」

「は、はい! なんですか?」


 名指しで声を掛けられたのがよほど驚いたらしい。驚いたあまり毛を逆立てて気をつけの姿勢で凝固している。

 シジマの顔を見て、マイアは講義中にどうでもいい補足をする教師のような口調で言った。


「カバネは最初から不合格だ。そもそも、落とすために私がカバネに挑んだのだからな」


 息を呑んだ。

 まるで猫が襲い掛かるために力を溜めているかのように、凝固していた体に力が入り、息を殺し、目を見張っている。

 リュウはシジマの肩を叩いた。シジマの肩が張り詰めた弦のように跳ねる。


「もう暗くなってしまったな。速やかに、気をつけて帰るように」


 マイアは格納庫の扉を閉鎖させながら二人に告げ、帰るよう手振りで合図した。

 すでに陽は姿を隠して夜になっている。

 二人はマイアに別れを告げ、見送られて格納庫を後にした。

 軍学校の広々とした敷地は、巨大な壁がうずくまるような陰を落とす校舎が遠くに見えて、野獣が狩りのために潜んでいるかのごとく静まり返っている囲い込んだ森林がはびこり、その身のうちで邪教徒が儀式をやっていても気づけなさそうなほど大きなドーム状の講堂が方々で闇夜に沈んでいる。

 路灯に照らされる敷地内の道は長い。遠い校門がなだらかな丘のふもとに見える。


「……カバネは」

「うん」


 リュウがやっとのことで口を開いた途端、シジマは声を遮った。

 間を空けて、顔を上げないまま言葉を続ける。


「分かってる」


 そうかい、とリュウは閉口する。

 確かに、改めて考えてみれば、これ以上ないほど分かりきっている。

 カバネは最初から、リュウたちの付き合いで入部試験を受けると明言していた。それでは受かるはずがなかったのだ。

 意欲あるものだけを選りすぐるために、わざわざ場所と時間を設けた試験だったのだから。

 なんとなく言葉を見失って沈黙が降りる。舗装された道路をこする靴音が重なって響いている。路灯が落とす陰は歩く早さで回り込むように角度と長さを変えていく。

 唐突にリュウのポケットが電子音を上げて振動した。端末に遠話の呼び出しが掛かっている。

 端末を取り出すと閉じた本体の表面に発信者ロッツと表示されている。

 通信を許可して本体上部に光の玉が浮く。それを耳に近づけて、リュウは声を上げた。


「はいよ、どうした?」

『リュウ? 今大丈夫かな、ちょっとカリオテのことで相談があるんだけど』

「部活のか? それならちょい待て」


 リュウは端末を耳から離してシジマとの間に持つ。広域音声出力に変更。集声感度を高める。

 軽く傾けた端末を見てシジマは意図を察した。


「はおすーろっつん。シジマもいるよ」

『あ、シジマさんも一緒だったんだ。ちょうどいいな、カリオテのことなんだけどさ』


 マギマキカのことならどうでもいいことまで詳しいシジマにも話を聞かせたほうがいい、と思うのはリュウだけではないようで、ロッツは素直に傍聴者が増えることを喜んだ。

 跳ねる瞬間に時間を引き止められたボールのように、話したくて堪らないと声を弾ませるロッツにリュウは苦笑して声をかける。


「それはいいけどお前、今どこだ? もう帰ったのか?」

『ん、寮に帰る途中。歩いてたらなんか色々考えちゃって』


 シジマと顔を合わせて声を出さずに笑う。

 どうやら、マギマキカに熱を上げるのは誰もが同じらしい。


『カリオテってパワーはあるけど意外に駆動部とかもろいんだよね。巡行燃費はピカイチなんだけどさ。リュウって魔力どれくらいあったっけ?』

「あ、ロッツくん魔力兵装考えてるね? 巡行と剣でリュウなんかの人間が出せる魔力径は半分行っちゃうんだから、あんまり無理できないんだよ?」

『うん、分かってる。けど、武装的にはティファタイプのが相性いいんじゃないかなって』

「理論的にはそうなんだけど、リュウはぶっぱ癖があるからねー」

『あー、そういうことか』


 オタクが揃うと通じるものだから自然に専門用語が転がりでる。リュウも専門家になろうと言うのだから通じるが、知らない人が聞いたら暗号かなにかのように聞こえるのだろう。

 リュウは苦笑して口を挟む。


「待て待て、俺の機体の話なのに俺を置いてけぼりで話を進めるな」

『でも僕の機体でもあるし』

「ボクの僚機にもなるかもしれないからね」


 しれっと答えて二人は話を戻した。白兵戦仕様とはいえ無形戦の装備は必要だろうとか全装備稼動戦闘駆動による最大消費時の最短稼働時間だとか魔水槽(サプライ)の配分だとか格納兵器の大きさ(スケール)と口径(キャリバ)と装弾数(シリンダスロット)の兼ね合いに装備の柔軟性と専門性のバランスと携行重量(ペイロード)、話が尽きる気配もない。

 夜道の暗いのも忘れて夢中に話すシジマの顔は子どものようだ。楽しげな声を返しているロッツもおそらくは似たような表情を浮かべているのだろう。

 リュウは苦笑して夜空を見上げる。

 どこまでも続いていそうな深遠の闇がぽっかりと天を覆っている。それは見せ掛けで、ただの空気の層に過ぎないこの空には果てがあるのだという。この大陸どころかニースヘリア王国からも出たことがないリュウには、少々縁遠い話である。いまひとつ想像がつかない。

 空の果ての、見えないところでは、きっと別の世界が広がっているのだろう。

 いつまでも終わりが来なさそうな二人の会話を聞きながら、リュウはそんなことを考えていた。

 その"別の世界"は自分には関係がない、と心のどこかで無邪気に信じながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。