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1-18 E級昇格戦

 〈真宿(しんじゅく)エリア〉――真宿しんじゅく駅に併設されたショッピングモール。


 俺達はその玩具(おもちゃ)屋にいた。休日らしい賑わいの中で、フランだけが異様な集中力を発揮して棚から棚へと視線を走らせている。


「フラン、何か欲しいもの見つかったか?」


「あい!おにいたま、これほちい」


 フランが差し出して来たのは女児用のおままごとセット。小さな鍋、皿、フライパン、食材の玩具。見るからに「如何(いか)にも」だ。それを受け取り、そっと値札を確認する。


 ――げ、銀貨六枚――6,000G……。結構するな……。


「おにいたま、だめ?」


 フランが上目遣いで迫ってくる。これを拒否するのは〈十傑〉でも難儀するだろう。


「大丈夫だ、フラン。買ってやるからな」


「おにいたま、おかねもってるの?」


「ああ……そういや俺、無一文だったな……」


「おにいたま、だめだめ」


 ――また天音の世話になるのか……。南無三。


「天音、フランがこれを気に入ったみたいなんだが」


 俺達の様子をニコニコと見守っていた天音に声を掛ける。天音は何の躊躇もなく財布を取り出した。


「かしこまりました。フランちゃんには不自由させたくありませんからね。買ってあげましょう」


「ほんと?うれちい」


「よしよし」


 頭を撫でると、フランは嬉しそうに擦り寄ってくる。天音が会計を済ませ、小綺麗に包まれたその玩具(おもちゃ)を手渡すと、フランは宝物でも抱えるようにぎゅっと胸へ抱き締めた。


「はい、フランちゃん」


「わあ、おねえたま、ありがと」


「良かったな、フラン」


「あい!」


「レストランで食事にするか。フランもお腹空いたろ」


「ごはん!」


「そうですね。上の階にレストラン街がございます」


 玩具(おもちゃ)屋を後にして、エレベーターホールまで辿り着いた時だった。


 ピロリン♪


 通知音と共に、俺のポケットからスマートフォンが飛び出した。手を離れて宙に浮かび上がり、くるりと一回転する。画面が自動で点灯し、淡い光を放った。


『――昇格戦のお知らせです。Eランク昇格を懸けた昇格戦を承諾しますか?』


 機械的な女声が、その場の空気を震わせる。


「……っ!」


「来ましたね……!」


 その直後だった。エレベーターの金属扉に――衝撃音と共に穴が空いたのは。


「あれーっ?ハズレちゃん、ボタン押しただけなんですけどーっ!」


 エレベーターの中から姿を現したのは――十代後半だろうか。一人の小柄な女。警察官の制服に身を包み、明るい青色の髪の女。後ろ髪は左右に分けた二つの三つ編み――ツインブレイドだ。全体的にポップで、危機感が服を着ていない。


「あはっ!あなたがハズレちゃんの昇格戦の相手ですかっ?」


 そして、彼女の前に浮かぶスマホ。宙に浮いた二台のスマホが、再び淡く光る。


『Eランク昇格を懸けた昇格戦を承諾しますか?』


「――よし、承諾しよう」


 俺がそう告げると、画面に大きく文字が流れた。


『承諾を受け付けました。Eランク昇格戦を開始します』


「天音、フランを頼む」


「かしこまりました。せつくん、ご武運を……」


「おにいたま、がんばって」


「ああ……」


 初めての昇格戦が――始まる。


 壊れてしまったエレベーターの中から現れた青髪の女は、フランを見てニコリと笑った。


「わあっ!可愛い子ですねっ!娘さんですかっ?」


「……俺の可愛い妹だ」


「へーっ!なんだかワケありみたいですねっ!彼女さんは凄い美人ですしっ!」


「そりゃどうも……」


 ――どうも空気が読めない子だな……。こちらの緊張感が伝わっていないのか?


「あっ!自己紹介がまだでしたねっ!警察官・巡査の葉月(はづき)(はずれ)ですっ!ハズレちゃんって呼んでくださいっ!」


「……雪村雪渚だ」


「雪渚さんですねっ!ハズレちゃん、あんまりバトルとか興味なくて、昇格戦も初めてなんですけど、お手柔らかにお願いしますねっ!」


 ――……ボタンを押しただけでエレベーターに穴を開ける馬鹿力。これは……昇格戦初戦の相手として本当に妥当なのか……?


「――じゃっ!いっきまーすっ!」


 刹那。空を切る。ハズレちゃんの拳が、何の前触れもなく俺の顔面へ飛んできた。


「あっぶ……!」


 間一髪で避ける。直後、背後で衝撃音。壁に穴が空き、粉塵が舞い上がった。


 ――なんつースピードと馬鹿力……!正気か……?この女……!


「手加減したつもりだったんですけどやり過ぎちゃいましたねーっ!これじゃまた飛車角(ひしゃかく)センパイに怒られちゃいますっ!」


 砂煙が舞う中でも、ハズレちゃんだけは相変わらず明るかった。その温度差が余計に怖い。


「その怪力……ユニークスキルか」


「うーんっ、どうでしょうっ!」


 次なる拳が飛んでくる。真面(まとも)に受けたら死ぬ。かと言って、これを避け続けるのは不可能だ。(いず)れ限界が来る。


 上体を反らして回避。直後、背後の壁が(えぐ)れる。更に次。身を(ひね)って避ける。隅にあった植木鉢が音を立てて割れた。


 ――落ち着け、俺……。何にせよまずは掟だ……。


 暴れ狂うハズレちゃんを視界に捉え、思考する。


『掟:ユニークスキルの使用を禁ず。

 破れば、全身を麻痺(まひ)する。』


 ――我ながら悪くない掟だ……。これでハズレちゃんの行動を制限出来る。


 ――しかし。


 次の瞬間、ハズレちゃんが放った拳が俺の腹部にクリーンヒットした。だが十代後半の女性の力。大したことはない。――そう考えていたのが、間違いだった。


「がはッ……!」


 血反吐が空を舞う。俺の身体は後方に吹き飛ばされ、壁に背中から叩き付けられた。肺が(きし)み、視界が一瞬白くなる。


「――せつくんっ!」


「おにいたま!」


「くっ……何とか大丈夫だ……」


 激痛。恐らく骨折した。だが天音とフランを心配させまいと力を振り絞って立ち上がった。


「おいハズレちゃん……その力……ユニークスキルじゃなかったのかよ……」


「そんなこと言いましたっけっ?ハズレちゃん、人よりちょっとだけ力が強いんですっ!」


「ちょっと……?」


「乙女に対して愚問ですよっ!」


 ハズレちゃんは攻撃の手を緩めない。その場で一回転しながら拳を振り抜いてくる。ぎりぎりで潜り抜け、床へ手を着いたまま、未だ余裕綽々といった態度の彼女を見上げた。


 ――クソ……誤算だった。ユニークスキルじゃない。この子は「元から力が強い」のか……!


 最初は可愛らしく思えたハズレちゃんの容姿さえ、今は恐ろしく見えてくる。


 ハズレちゃんは、俺を見下ろしたまま、(かかと)落としの体勢に入る。そして、皮膚を被った斧を振り下ろす。


 だが俺は恐ろしく冷静だった。灰色の脳細胞が目を覚まし始める。簡単な話だ。ハズレちゃんの暴走を止められないのなら。


 ――ならば、利用してやればいい。


『掟:破壊を禁ず。

 破れば、トラウマを思い出す。』


 振り下ろした斧がタイル床を砕く。俺とハズレちゃんはそのまま瓦礫と共に階下へ放り出された。


 轟音。

 崩落。

 粉塵。


 ――耳鳴りの中で、俺は瓦礫を掻き分け顔を出す。瓦礫の山の周辺には野次馬が集まっていた。無理もない。買い物をしていたら突然天井が降って来たのだ。


 一方のハズレちゃんを見遣(みや)ると――。


「いやあああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」


 頭を抱えてその場にへたり込んでいた。ついさっきまでの軽さも明るさもない。今そこにいるのは、ただ何かに怯えている少女に過ぎなかった。


「――せつくん!大丈夫ですか!」


「おにいたま!」


 上階から声が飛ぶ。


「ああ、何とかな」


 全身ボロボロだったが――それより気になったのは、ハズレちゃんだった。俺は瓦礫を踏み越え、彼女へ手を差し伸べた。


「悪い、やり過ぎたな。大丈夫か?」


「いやああああああああああああああああああああああああああああっ!!来ないでくださいっ!!!!」


 パチン、と手が弾かれる。


 観衆が騒めく中、ハズレちゃんはよろよろと立ち上がった。さっきまでの破壊者と、今の怯えた姿がどうにも結びつかない。


「すみません……。今日はもう帰ります……」


 重い足取りで去っていく背中を、俺は何も言えず見送った。


 すると、スマホが黒スキニーのポケットから顔を出し、再び宙に浮かび上がった。


『Eランク昇格戦の勝利を確認しました。雪村雪渚様のランクはEランクへ昇格となります』


 機械的なアナウンスが、妙に空々しく響く。


 ショッピングモールの天井に穴。壁は砕かれ、植木鉢は割れ、エレベーターにも風穴が空いている。俺は崩れた売り場と破壊跡を見回し、深く息を吐いた。


 ――おい、壊したもの弁償しろよ。

葉月(はづき)(はずれ)

挿絵(By みてみん)


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