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 少しふわふわした気持ちのまま練習していると、カイさんが座っていたベンチに見覚えのある女性が座ってあたしを見ていた。

 あれは、今の国一の踊り子といわれる、フロリアーノお姉様だ。

 正しくは、あたしのお姉様ではない。同じ協会に所属している先輩踊り子のお姉さんのことを敬意を込めて『お姉様』と呼んでいる。

 タリサのことはもちろん大好きだし尊敬しているけれど、お姉様という存在になる前からタリサと呼んでいたし、お姉様と呼んでしまうとタリサとの間になんだか壁ができそうに感じてしまって呼べないんだよね。

 あたしはフロリアーノお姉様のそばへと駆け寄る。

 フロリアーノお姉様の隣に立っている侍女さんが日傘を少しあげた。

「フロリアーノお姉様、ご無沙汰しています」

「久しぶり。あなた、最近頑張ってるじゃない」

「ありがとうございます!」

「まだゴシップ紙に書かれて泣いているの?」

「それは、えへへ」

 先日の記事、知ってるのね。さすがに耳に入るか。

 フロリアーノお姉様は、あたしが初めてゴシップ紙に記事を書かれて落ち込んで泣いていた時にお世話になった。だから一方的にだけど、他のお姉様方よりは目を掛けてもらっていると自負している。

 王宮内にいれば会えることもあるかなと思っていたけれど、会えて嬉しい。

「フロリアーノお姉様、あたし今度ここで踊るんです。もしかしたら聞いているかもだけど。ぜひ来てください!」

 フロリアーノお姉様が王宮にいるなら呼ばなければと思っていたから、話ができてよかった。

 国一番の踊り子を差し置いて、王宮内で好き勝手はできないよね。これで反発されても、王子様と婚約者様の権力で守ってもらうという打算付きだけど。

「そう。精力的にやってるじゃない。あたしの代わりに頑張ってよね。あたしももう引退するつもりだし」

 日傘の影で、フロリアーノお姉様はふぅとため息をついた。

「えっ、引退……?」

 衝撃の発言にあたしは驚いてしまった。

 フロリアーノお姉様はまだ若いし、ケガでもしたのだろうか。

「旦那さまがあたしにお屋敷のひとつをくださるって言うから、もう踊り子はやめてのんびり暮らそうかなって」

 そういえば、フロリアーノお姉様は確かナントカ伯爵の愛人だってユーナが言ってたっけ。あたしは興味がなくてよく覚えていないけれど。ぼんやりと、生きていたらあたしのパパと同じくらいの歳の人なんだなぁと思った記憶はある。

「ほら、もしかしたら子どもも産まれるかもしれないし。そしたら伯爵家の後継になるかもしれないじゃない?」

 子どもの話も、後継の話もあたしにはよくわからないけれど、目標にしていた人がステージから去ってしまうことがとても悲しい。

「そうなんですか……。あたし、フロリアーノお姉様の踊り大好きだから、寂しいです。まだまだたくさん教えて欲しいのに」

「あたしの次に国一番の踊り子になるって自分で言ってたじゃない。なりなさいよ。あんな強力なパトロンがいるんだから」

「パトロン?」

 パトロンなんて言葉、久しぶりに聞いて誰のことかと記憶をたぐる。

「あの公爵家のお嬢様よ。これでエレノーラは向かうところ敵なしともっぱらの噂よ」

 敵?

 確かにみんなライバルだけど、そんなつもりはなかったし、ましてやクラリーサ様がパトロンなんて認識も全く無かったあたしは慌てた。

 しかもどこで噂になってるんだろう。まさかあたしがいない間に寮の中ではそんな話になっているのかな。

「クラリーサ様はあたしのファンってだけで、パトロンではないですよ」

 訂正すると、フロリアーノお姉様は呆れたように目をぐるりと回してため息をついた。

「何言ってるのよ。ドレスも作ってもらったと聞いたし、今回のこのステージもお嬢様にお願いしたんでしょう。それが叶うということは、それはもうパトロンなのよ。パトロンの期待にあなたもしっかり応えなさいよ」

 あたしは目から鱗が落ちたようだった。

 そうか。クラリーサ様からいただいたものはお気遣いなどではなく、外からはパトロンと思われるのか。

 本人はたとえそんなつもりがなかったとしても。

 あたしはすっかり、クラリーサ様と仲良しになって、身分差はあるけれどパジャマパーティーの予定を組むくらいのお友だちという気持ちでいた。

 そしてクラリーサ様も同じ気持ちでいるのかと思い込んでいた。そればっかりは本人に聞かないとわからないことだけれど。

「あたしも引退するだけで、隠居するなんて言ってないんだから。教えられることはいつでも教えてあげる」

 そう言うと、フロリアーノお姉様は立ち上がった。日傘がサッと高く上がる。フロリアーノお姉様はドレスを着こなしていて、伯爵家の奥様だと言われても納得するくらい綺麗だ。奥様ではないみたいだけれど。でもそれはあたしは知らなくてもいいことだ。

 立ち上がったフロリアーノお姉様に見惚れていると、お姉様はあたしの肩に手を置いた。

「あなたの足りないところは色気よ。エレノーラのファンって女性が多いじゃない。色気がないからよ。色気を出していけばあたしが去ったあとはどんな男もエレノーラファンよ」

 それってどういう理屈?

 確かに割合は女性ファンの方が多いようだけど、男性ファンだってしっかりいるのに!

 と思ったけれど、フロリアーノお姉様はそれはそれは豊満な胸をお持ちで、世の男性を虜にしてきた踊り子だ。フロリアーノお姉様は女のあたしだって見惚れるくらい綺麗だし、確かに色気がある。

 でも色気ってどうやって出るものなの?

 色気が無いからカイさんもあたしのファンにならないの?

 って違う。あの人は関係ない。まだあたしの踊りを見ていないんだし。

 なんであの人を思い出すんだ。

 思い出してしまったあのモジャモジャ頭に眼鏡の顔を頭の中から押しやって、あたしは自分の胸を見下ろした。

 無いことはないの。あるの。

 でもフロリアーノお姉様と比べると無いの。

 胸が無いから色気が無いの?

 そう思い至ると、またあのモジャモジャが頭をよぎる。

 あの人もしかして、胸を掴んだけど無いようなものだから何とも思わなかったってこと!?

 だから!

 今はカイさんは関係ないって!

「あの、色気ってどうやって出せばいいのかさっぱりわからないんですけど」

 おずおずと聞いてみると、フロリアーノお姉様は右手の人差し指を立てて、それをあたしの唇に押し付けた。

「男と寝るのよ」

 フロリアーノお姉様が突拍子もないことを言い出した。

 さすがのあたしも、寝るとはどういうことかくらいわかる。

 動揺して目が泳いだ。

「ちょっと! それは! あたしにはまだムリです!」

 驚きのあまり、冷や汗をかきながら首を横に振る。

「ねぇエレノーラ。あなたもしかして恋は? まだだからそんなゴシップ紙の記事ごときで泣いてるちんちくりんなんじゃないの?」

 さっきからフロリアーノお姉様が怖いよぉ。

 意を決してこくりと頷く。

「あの恋多き魔性のエレノーラがねぇ」

「それは向こうが勝手に言ってるだけだから」

「まぁ恋なんて、いつ落ちるか誰にも分からないんだもの。別にいいわ」

 そう言って、フロリアーノお姉様はあたしの顔を両手で包んだ。

 レース生地の手袋が、少しチクチクする。

 フロリアーノお姉様があたしを見つめる。あたしもフロリアーノお姉様を見つめ返す。

 ふっと、フロリアーノお姉様が微笑んだ。その微笑みはとても妖艶で。頬を包んだ手が離れていく、そのあたしの頬をなぞる手の感覚で、背中がゾワゾワした。

 これが色気なのだとしたら、あたしは確かに持ってはいないし、あたしに真似できるのだろうか。

 でももうゴシップ誌ごときに泣くちんちくりんではいたくない。

 カイさんだってファンにしてみせる。

「頑張ってね、エレナ」

 耳元でちゅっとリップ音を立てて離れるフロリアーノお姉様。あたしは思わず赤面して耳元を覆った。

「フロリアーノお姉様、すごい……」

「そうよ、それがあたしの売りよ」

 ウインクするフロリアーノお姉様。

 なんでも盗ませてもらうわ。耳元でリップ音ね、心のメモ帳にメモをする。

「あとね、あたしはフロリアーノをやめたらフローラに戻るから。これからはフローラって呼んで」

 にっこり微笑んだお姉様の笑顔は、先ほどの妖艶さはなく、友だちにむけるような優しい笑顔だった。

 これが、ギャップというやつね……!

 「じゃぁね、エレナ」と手を振りながらフロリアーノお姉様もといフローラお姉様は侍女さんを連れて去っていった。

 次はあたしの番だ。

 国一番の目標は、もうすぐそこ。絶対に手にしてみせる。

いいねや評価、ありがとうございます!

現在のトップスター(?)の登場回でした。

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