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ユーナが王宮にやってきた。
「久しぶり〜! 王宮の生活はどう?」
ユーナの眩しい笑顔にあたしは一瞬にして癒される。
ぎゅーっと抱きしめると、ユーナも抱きしめ返してくれた。
「ゴシップ紙読んだよ〜。また面白い話になっていたわね!」
ユーナはゴシップ紙の記事を小説感覚で読むから楽しめるらしい。こんなに可愛らしいのに想像できないくらいたくましい。
「最悪だったでしょ? 今度こそ訴えられると思うんだけど」
「まさか王子様に囲われるとはね! やるわねエレノーラ。でも街では特に噂にも話題にもなっていなかったし、圧力かかったのかしら」
さらりとそんなことを言ってのけるユーナに、あたしはクラリーサ様の言葉を思い出す。
「確かに、そうかも」
やっぱり公爵家の力はすごいんだなぁ。あたしはとんでもない人にファンになってもらったんだ。
味方としては心強すぎるから、絶対に失望させないようにしないといけない。
「フロリアーノお姉様が引退するんだって」
打ち合わせをしながらユーナに先日の出来事を話す。
「そうなんだ! びっくり!」
「あたしも寂しいって言ったんだけど。旦那様にお屋敷をもらうからゆっくりするんだって。子どもが産まれるかもしれないしって言ってた」
「あの伯爵家の旦那様かぁ。奥様にまだ子どもが産まれないから、もしフロリアーノお姉様に子どもが産まれたら跡取りだもんね。お姉様は愛人の道を行くのかぁ」
すごいねぇとユーナがうんうん頷いている。
やはりユーナはそういう話も知っているんだね。あたしがよく聞いていないだけなんだけど。
「でも伯爵家の愛人なら生きていくのには困らなそうだよね。将来安泰だね」
衣装の確認をし、踊りの立ち位置を2人でリハーサルする。
スタート地点に立つと、ぽつりとユーナが言った。
「きっと、愛人の座におさまるって、すごく勇気がいるよね。私だったら覚悟できないだろうな」
「そうなのかな、あたしにはよくわからないけど。好きな人と一緒にいられればいいのかなって思ってた」
「だって、好きな人の好きな人が自分以外にもいるんだよ。私のもとへ来ない夜は、別の女のもとで寝てるわけでしょ。私、絶対に耐えられない。たとえどんなに言葉や態度で私が一番好きだと伝えられても。だって奥さんがいる限り自分たちが結婚することはないんだよ。虚しいよ」
この国では、重複婚は認められていない。けれど、妻にならなくても養ってもらえれば良いというお姉様は少なからずいて、引退していったお姉様がたには何人か貴族の愛人として暮らしている人もいる。踊り子業界では割とあることなのだそうだ。
ちなみにあたしのママも引っ張りだこの売れっ子踊り子で、ママに一緒になって欲しいっていう人が身分関係なくたくさんいたみたい。けれどママはパパと出会って恋に落ちて、パパを選んだんだって。
あたしのパパとママは庶民同士の恋愛結婚だ。パパはあたしが3つの時に亡くなったけど、ママからたくさん幸せな話をきいている。だからあたしは結婚するならパパとママみたいな夫婦になりたいと思っている。
それにしても、まるで実体験のようなユーナの話ぶりに、あたしはギョッとしてしまった。
「もしかして、ユーナも辛い恋をしているの?」
ユーナの恋バナはよく聞かせてもらっていたけれど、相手がいる人との恋の話は聞いた記憶がない。
ユーナはこちらを向いて、かぶりを振った。
「ちがうの。もし私が好きな人に別の相手がいるって考えたら悲しくなっちゃって」
ぴょんと3歩分の距離を飛び越えて、あたしに抱きつくユーナ。
茶色い柔らかい髪の毛も一緒にぴょんと跳ねた。
「私は好きな人には一番に大切にされたい。それに今の恋人は私一筋だから心配しないで。今とっても幸せなの! この話もうしてもいい?」
どうやらあたしが王宮に来てから新しい恋人ができたようだ。それはそれで喜ばしいこと!
「じゃぁ休憩しよう」
するとあたしたちの会話を聞いていたかのようにベストタイミングでアリーチェさんがお茶とお菓子を持って来てくれた。
「そろそろお茶の時間かと思いまして」
「すごーい! さすが王宮の侍女さん。さすがプロ」
パチパチと拍手するユーナは褒め上手だ。でもあたしもそう思っているけど。
「アリーチェさんありがとうございます」
あたしがお礼をいうと、あたしとユーナをしっかりと見つめてからゆっくり目を閉じ深呼吸をして「何かあればお呼びくださいね」と去って行った。
「面白い人ね」
全くもってユーナの意見に同意だ。
「すごいお世話になってるの。あたしのファンだって1番に話してくれて。ありがたいことだよね。それで、ユーナの話を聞かせてよ」
「聞いてー! それがちょっと気になってるなって思ってたパン屋さんのお弟子さんなんだけどね、3年くらい前からあたしのことが好きだったんだって」
うきうきと話すユーナはとても愛らしい。
幸せな空気でいっぱいで、あたしも幸せな気持ちになった。
こんな幸せそうな空気はフロリアーノお姉様からは感じ取れなかったあたしだったけれど、フロリアーノお姉様だって幸せなのに違いない。
人それぞれ、いろんな幸せがあるんだから。
「そういえば、エレノーラファンにさせるって意気込んでた人はどうなったの?」
すっかり話し込んでしまったけれど、話題があたしにうつってしまい、まだまだ終わりそうにない。
「手応えはないよ。このあいだのゴシップ紙を読まれたんだよね。ゴシップ紙は間違った記事だって話をしたんだ。相変わらずあたしに興味はなさそうだけど、ステージを見に来てって話したから、これで決める。名前も聞いたし」
拳を握りしめてあたしは息巻いた。
「名前を聞いたのね!」
「うん、変かな」
ユーナはなんだか嬉しそうににこにこしている。
「変じゃないわ。ただ、エレノーラが男性に名前を聞くのは初めてだと思って」
「そうかな?」
「そうだよ」
まぁ、今まで聞く機会もなかったし。
「彼は、トクベツなのね」
「特別といえば、そうかもね。エレノーラを前にして興味なさそうにした人なんてあの人くらいだし。珍しいよね」
あたしはちょっとぶすっとして答える。
「それはエレノーラがもてはやされることに慣れているからよ。エレノーラを観にくる人はみんなエレノーラにこちらを向いてもらいたいんだから。そういうのとは、また違ったトクベツよ」
「どんなトクベツ?」
「気になる人ってこと」
ユーナは内緒話でもしているかのようにこっそり言った。
「エレノーラが恋に落ちる人はどんな人かと思ったけれど」
「いや、そういうのじゃない」
両手を振って否定する。
ユーナの勘違いにも、あたしの恋の相手があのやぼったいモジャモジャにされるのも、変に焦ってしまう。
トクベツってなんだろう。
「そういえば、フロリアーノお姉様に、エレノーラは色気が足りないって言われたんだよね。色気があればどんな男もエレノーラファンになるって」
「えー、そうかなぁ。たしかにエレノーラには色気は薄いかもしれないけど、男の人はみんながみんな色気でよってくるわけじゃないでしょ? エレノーラの魅力はそのままでいいんじゃないかなぁ」
そういってユーナはあたしの腰回りを触る。
あたし、やっぱり色気はないんだな。
色気全開なフロリアーノお姉様に言われるより、ユーナに色気がないと言われる方がへこむなぁ。
「エレノーラの魅力はこの美しい髪色と長い手足が生み出す幻想的な空間よ。色気なんてまた別ジャンルだわ」
慰めるユーナの言葉は、とても嬉しかった。
あたしにはあたしの強みがある。それをもっと磨けばいいのだ。
けれど、国一番の踊り子となれば、今までのエレノーラファンとはまた違う層のファンを獲得しなければならない。万人に愛されずとも良いというわけにはいかない。
ユーナは腕組みをしながら唸った。
「色気ねぇ。じゃぁ今回はちょっと色気のある雰囲気の踊りを取り入れてみる? せっかく2人だから、絡みをみせるとか」
「いいね! 色んな引き出しがあるところを見せたいと思っていたところなの。一曲はいつも通りで、もう一曲は雰囲気を持たせていこう」
脱線ばかりした打ち合わせだったけれど、最後にはうまくまとまってよかった。
ユーナのおかげで今までにないステージになりそうだ。




