10
中庭は溢れんばかりの人出だった。
婚約お披露目会でのあたしの踊りを見て、また見たいと国王夫妻まで見にきてくださったのだ。
それならもっとしっかりしたホールなどを借りればよかったとも思うが、そこまで図々しいことも出来ない身だ。
全て立ち見の予定が、国王夫妻とクラリーサ様に連れられた王子様には流石に椅子を用意してもらった。
クラリーサ様には「わたくしも立って応援したいのです!」と言われてしまったけれど、王子様がいて婚約者様を立ち見させるほどあたしも愚かではない。王子様に「一緒に掛けてじっくり見よう」と用意された椅子に手を引かれたクラリーサ様は、渋々座ったのだった。
会場を見回す。
王宮内で声をかけてくれる人や、あたしのファンだと言ってくれる人、それからキョロキョロとしている人。初めて見る顔も多くて、あたしは嬉しくなった。もちろんフロリアーノお姉様もいる。隣の男性は、旦那様と言っていた人かな。
奥の方には騎士の一団がいる。女性の騎士さんがあたしと目が合うと手を振ってくれた。あたしも嬉しくて手を振りかえす。
こういうやりとり、とっても大好きなんだよね。
端から端まで見回して、あのモジャモジャ頭がないことに気がついてしまった。メガネが絶対光るはずなのに、光っているメガネがないんだもの。
もう一度よく会場を見回す。
やはり、いない。
お仕事が、忙しいのかな。
途中でもいいから見にきてくれるかな。
なんだか急に心が重たくなる。ユーナを見るとびっくりした顔をしている。
駆け寄ってきたユーナがあたしを抱きしめた。
「エレナだめよそんな顔をして。ここはもう舞台の上なのよ」
あたしの耳元でそうささやく。誰にも聞こえないように。
「あたし、そんなに酷い顔をしてる?」
はたして、あたしはどんな顔をしているのだろう。
ちょっと心が重たくなっただけなのに。
そんなに心配されるほどの酷い顔なのだろうか。
「しているわ。理由はあとで聴かせて。大丈夫。心配事なんて後になったらほとんどたいしたことじゃないことばかりなんだから。さぁこれでもうおしまいよ。あなたはエレノーラなのよ」
その通り、あたしはエレノーラだ。
舞台の上では、多少心が重たくたって、みんなの笑顔のためにあたしが一番笑顔にならなければ。
ユーナの肩に顔を押し付け、ありがと、と小さくお礼を言う。
顔を上げれば、観客が見えた。嬉しそうな顔で待ってくれている。
あたしたちのハグを、始まる前のパフォーマンスと受け取ってくれている空気だ。
さぁ始めよう、エレノーラの舞台を。
***
ユーナと手を繋いでお辞儀をする。
熱のこもった歓声と拍手で中庭は埋め尽くされた。
ユーナと顔を見合わせてにっこり微笑む。
遠くにいたフロリアーノお姉様を見ると、満足げに微笑んでいた。
王子様とクラリーサ様があたし達の元までやってくる。
「素晴らしい舞台だった」
王子様からの労いの言葉に、頭を下げて感謝の意を示す。
「新しいエレノーラ様を見せていただきましたわ。ありがとうございます」
クラリーサ様からの言葉は嬉しかった。新しいあたしの表現ができて、それを受け入れてもらえたみたい。
少しは課題の色気も出たかな?
観客を見送って片付けをしていると、フロリアーノお姉様がやってきた。
「エレノーラ、良かったわよ。色気も、まぁ少しは出てきたみたいね」
「ほんとですか! 良かったぁ。色気なんて全くわからなかったから。ユーナのおかげ」
「ユーナ。あなたはセンスがあるのに、上に行ってやるって気持ちがないからもったいないわよ」
フロリアーノお姉様からの喝が入る。
「私はみんなのユーナでいたいんです〜」
ユーナはさらりとかわした。
「強かなのにねぇ」
フロリアーノお姉様はそんなユーナに肩をすくめてみせた。
「それにしても、エレノーラ。始まる前のあの顔は何? お客様を不安にさせるような顔はだめよ。舞台の上ではあなたの恋人はお客様よ」
フロリアーノお姉様にはバレていた。
「あたしそんなに酷い顔してました?」
「なぁに、ユーナに助けてもらったのに自覚なかったのね。フラれたって顔してたわよ。恋もしたことのないちんちくりんなのに一丁前にフラれた顔はできるのね」
はぁ、と今度はあたしに肩をすくめてみせるお姉様。
あたしより頭ひとつ小柄なフロリアーノお姉様の小さな肩が2度もがっくしと落ちる様はなかなかみられない。
「まぁいいわ。また観に来てあげるから、声かけて」
フロリアーノお姉様は、あたしとユーナに頑張りなさいよと手を振って去っていった。
ありがとうございましたと2人で頭を下げる。
そのままユーナがこちらを見た。
「反省会という名の、尋問よ」
尋問ってなんだ、怖いこと言わないでほしい。
けれど、酷い顔をしていたことに対しては、ユーナのおかげで気持ちを切り替えられたから感謝している。
自室に戻るとアリーチェさんがお茶の準備をして待っていてくれた。
「エレノーラさま、ユーナさま、お疲れ様でございました。お茶のご用意が整っております」
いつになくかっちりとした侍女スタイルで出迎えてくれたアリーチェさんは可愛らしい焼き菓子をテーブルに置いて下がっていった。
「せっかくだし、いただきましょう」
うきうきとユーナがお菓子に手を伸ばす。可愛くて美味しいお菓子はそこにあるだけで幸せになる。
「それで? エレノーラはなぜあんな顔をしていたのかしら?」
あたしはその質問に、お菓子に伸ばした手をぴたりと止めた。そんなことあたしが一番知りたい。
一呼吸おいて、お菓子を手に取り姿勢を正す。
「どんな顔をしていたのか、なぜなのか、あたしが一番わからない」
ステージの上でそんなヘマをやらかしてしまったことに落ち込む。
国一の踊り子を目指すと息巻いているくせに。
「あの時何を考えていたの?」
心配そうにユーナがあたしの顔を覗き込む。
何か……
観客の中に、彼が、いなかったのだ。
来てくれるとは言っていなかった。
あたしのファンにさせると心に誓って臨んだステージだったのに。
「あたしがファンにしたいって話した、あの人がいなかったんだよね。それだけ、本当それだけなの」
それだけの事なのに、ユーナがこんなに心配する顔をしていただなんて、本当にあたしはどうしてしまったのだろう。
観客を見回して、カイさんの姿がなかった時の光景を思い出す。それだけなのに、心が重たくなったことまで思い出してしまう。それにつられて再び心が重たくなる。
「エレナ……」
向かい合って座っていたユーナがあたしの元まで来て、ぎゅうっと抱きしめてくれた。
「来てくれなくて悲しかったのね」
悲しい、のかな。
「悔しい、の方かな」
「悔しかったらそんな切ない顔しないわ」
切ない顔とは、どんな顔だろう。
「エレナは、その人のことを好きなのね」
やっぱりトクベツなのよ、とユーナが微笑んだ。
「来て欲しかったのに、来てもらえないだけでそんなに落ち込む? 普通なら次のステージを見てもらえばいいって思うでしょう?」
ユーナはそっとあたしの背中をなでる。
「その気持ちを今度は踊りに乗せてみたらどう? 今までのエレノーラが感じたことのない感情なのでしょう?」
まだ、この心の重みがその好きという感情なのかどうかはあたしにはわからない。だけど、ユーナの言う通りだ。自分でこの気持ちについて、よく考えなければと思う。
それが国一番の踊り子への近道かもしれないなと、重たい心で無理やり前を向いた。




