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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
14/109

翼蘭祭~そっと恋編~

 準備期間を終え、いよいよ翼蘭祭当日。


 上級生の設営準備に駆り出される一年生には、文化祭当日は全て自由時間に使えるという特権がある。


 前日の校内開催を終え、一般向けに開催される今日は、人の賑わいで活気づいていた。


「人、多いね」


 群衆の中ではぐれない様、深雪は成瀬の隣にぴったりくっついて小さく呟いた。


 仏頂面の成瀬は、不本意としながら千太郎の袖を掴んで、人の波に流されない様にしている。


「はぐれたら、千太郎に集合ね」

「了解!」

「・・・・・」


 女子二人のやりとりに、千太郎が無言の抵抗を示したが、彼の身長はこういう時に非常に役に立つ。


 教室はお化け屋敷やカフェに変わり、駐輪場は解放されて出店が並んでいる。お陰様で今日は、自転車を体育館裏まで止めに行く羽目になった。


「大神先輩のところは、一時頃に行くとして。 どこ行く?」

「え、何で一時?」


 成瀬の発言に深雪が首を傾げると、いつもの「ばっかじゃないの」が三割増しの怖さで飛んできた。


「先輩のシフトが一時からでしょ。 情報収集力はどうしたの? 準備期間でちょっと距離が縮まったからって、胡坐搔いてたら痛い目見るわよ? 気合入れなさい」

「りょ、了解です・・・・」


 成瀬に言葉の往復ビンタを食らい、深雪は既に戦意喪失しながらなんとか頷く。



 とにもかくにも、一時までの時間を潰そうと、三人で校内を見て回る。


 軽音部のライブを見に行ったり、家庭部主催のお菓子販売を覗いて試食をもらったり。お化け屋敷では、無反応の成瀬と千太郎に挟まれて、深雪が一人絶叫するという奇妙な状況に陥った。


「文化祭のお化け屋敷であんなに怖がれるのって、ある意味才能よね」

「ふ、二人が落ち着き過ぎなんだよぉ」


 日頃、ホラー系の番組も見ることのできない深雪は、学生のクオリティを侮って撃沈した。


 軽く放心状態で歩いていると、北校舎と南校舎を繋ぐ外の渡り廊下が一際賑わいを見せていることに気が付いた。


「何やってるのかな?」

「これじゃね?」


 深雪の疑問に、千太郎が壁に貼られたチラシを指さす。


「書道パフォーマンス、十二時十分からだって」


 成瀬がチラシの文字を追った後、腕時計で時間を確かめる。深雪も同じ様にして確かめると、丁度校内で十二時を告げるチャイムが鳴った。


「せっかくだから、見て行こっか」

「そうね。 歩き回るのも疲れたし」


 三人が外の渡り廊下に出ると、同じ様に書道部のパフォーマンスを見ようと、大勢の人が柵に寄って下を覗いていた。


 どうやら、この渡り廊下の下でパフォーマンスが行われるらしい。深雪と成瀬も背伸びをしたり跳ねたりしてみるが、とてもこの人だかりでは見えそうもない。


「どっか見えるとこないかしら。 ねえ、千太郎も探してよ」

「オレはここからでも見える」


 周りより頭二つ分ほど大きい千太郎は、そんなつれないことを言う。当然の如く成瀬の蹴りが直撃し、渋々辺りを見渡して、一点でその視線を止めた。


「大神先輩だ」

「お、双葉・・・・と、立花と成瀬。 お前ら、本当に仲がいいな」


 千太郎の声に反応した日路が、柵に手をかけた状態でこちらを振り向いた。


 どうやら日路も、友人たちと共に書道パフォーマンスを見にここへやってきたらしい。


「二人とも、見えないだろ。 こっちおいで」


 手を招く日路に、深雪は眩暈を覚える。


 「おいで」って、それは狡い。


 深雪はカチコチに固まりながら、日路の隣に収まった。


「ほら、成瀬も」


 日路が、成瀬の為に自分が居る場所を譲る。「双葉はそこからでも見えるな」と、自分よりも背の高い千太郎を仰ぎ見て笑った。


「どうも・・・・・ああ、でも私、ちょっとお手洗い行ってきます」

「え?」


 もう直パフォーマンスが始まる時間だ。今から行くのか、と戸惑う深雪を他所に、成瀬は日路と向かい合って申し出をする。


「なので、大神先輩は深雪の隣を場所取りしておいてください。 深雪も、宜しくね・・・・行くわよ、千太郎」

「え、双葉君も?」


 いきなり一人取り残されても困ると、深雪が千太郎に視線でSОSを求めるも、絶対女王には逆らえないと、無情にも手を振ってきた。


「千太郎は、ナンパ避けだから。 深雪は、先輩が居てくれるから大丈夫ね」

「じゃあね」


 凸凹コンビはそう言いおいて、さっさと人ごみへと消えていく。


 まさか日路をナンパ避けに使える程、図々しくはなれないが、素直に「いってらっしゃい」と二人に手を振る日路にはきゅんとせざるを得ない。


 早鐘を打つ心臓を落ち着かせようと、柵をぎゅっと握り締めて平静を保つ。


 少しして、書道部員がマイクを通して挨拶を始めた。


「・・・・それではただいまより、書道パフォーマンス、スタートですっ」


 少し上ずった女子生徒の声掛けと共に、パフォーマンス用の音楽が流れる。流行りのポップに、それだけで観衆から歓声が上がった。


 大きく敷かれた半紙の上に、袴を着た数人の生徒が、大きな筆を操って文字を書いていく。盛り上がりと共に、自然と手拍子が始まった。


 圧巻のパフォーマンスに、深雪も感動していると、音楽が別のものに切り替わった。


 どこかで聞いたことのある曲だなと考えを巡らせ、サビに入って盛り上がりが絶頂になった頃に漸く、先日頼来が勉強会の最後に歌っていた曲だと気が付く。


 思い出したことにスッキリしていると、隣にいた日路が声をかけてきた。


「━━━だな」

「え?」


 音楽と周りの喧騒にかき消されて、日路の声がうまく聞きとれずに聞き返す。


 すると、日路は身を屈め、深雪の耳元に顔を寄せてきた。


「この前、頼来がカラオケで歌ってた曲だな」

「は、はいっ」


 あまりの至近距離に、深雪は柵を握る手に力が入りすぎて、爪が掌に食い込んだ。しかし、不思議なことに痛みは感じない。


 そんなことより、心臓が激しく暴れていることの方が苦しかった。


 こんな幸せな苦しさがあって良いのだろうかと、深雪は一人、喜びを噛み締めた。

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