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新生  作者: 古森潤
新生
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「え!あそこの車って小島さんのですか⁈」


「そーだよ。ウケるでしょ。私は好きなんだけど、若林さんと越前さんはあんまり乗りたがらないんだよね」


「乗りたがらないわけじゃないけど…… その、あれで病院に来るのは、あまりにも……ね?」


 真っ白というには柔らかみのある白と、春の桜の花びらや女児の持つ着せ替え人形の唇を思わせるような薄ピンク。それらの色で塗装された軽自動車がそこにはあった。それだけならまだしも、車の後ろ側にはさくらんぼやユニコーンのファンシーなステッカーが何枚も貼られている。黒や白の車が多い病院の駐車場でその車はかなり目立っていた。

 あの中に小島さんが乗っているのか。よくないのは分かっているが、その絵面はかなり面白い。

 遠巻きに眺めていると、その車がこちらに近づいてきた。目の前で止まり、窓が開く。七三分けの眼鏡をかけた男が顔を覗かす。


「何をしているんですか?検査が終わったのなら早く家に向かいましょう。時間は有限ですよ。」


「はい。……じゃあ若林さん、雲母坂さん、ありがとうございました」


「はーい、どういたしまして。て言っても、今後も経過観察とかで会うことになるんだけどね。病院と家、近いから寂しくなったらいつでも会いに来ていいよ! 私は一介の看護師だから暇な時多いし」


「雲母坂さん! そんなこと言わないの、もう」


 さすがギャルというべきか、別れ際まで元気な人だ。軽くお辞儀して助手席に乗り込む。唯一心配なことといえば、最初に越前さんの車に乗ったため、この高いハードルを小島さんが越えられるのかという事だった。


 端的にいってしまえば、小島さんの車は越前さんに劣らないくらい快適である。むしろ親しみを感じられていいまであった。車内に流れる気まずい空気も気にならない。

 家に戻ったら何をしようか、ということに意識を持っていきかけたとき、突如小島さんが口を開いた。


「現在時刻は十時半ですが、渡辺さん、お腹は空いてませんか?私の把握するあなたのスケジュールからすると、ここまで何も口にしていないはずですが」


 私は小島さんが怖い!! スケジュールまで知られてるんだ、ここまでいくとスマホの中は見られているのが確定かもしれない。見られて困るものがなかったことをひたすらに祈る。もう何も覚えてないことにありがたささえを感じてきた。

 小島さんが急かすようにこちらを見てくる。目が合いかけ、反射的に答える。


「はい、かなり!」


 食い意地はってると思われたかもしれない。そんな心配をしてしまうほど元気な返事だ。我ながら心の中で苦笑いをする。小島さんもフッと小さく笑った。


 ……え? 笑った⁈ 小島さんが笑った! 笑うんだこの人、と失礼な考えが頭によぎる。ギョッとして運転席を伺うと、今の今まであった笑顔は消え、もう真顔に戻っていた。


「それでは、遅めの朝食にしましょうか。では、少し遠回りになりますがスーパーに寄ります。ちょうどあなたの家の冷蔵庫に食材を入れとかなければいけないと思っていたところだったので、一石二鳥ですね。朝食についてですが、何か希望は?」


「食べられたら、なんでも……」


「分かりました、ではサンドウィッチにしましょう。最近フランスパンを使ったミックスサンドをよく作るんです。人前に出しても恥ずかしくない出来になってきたので、好都合だ」


 手料理、振舞ってくれるんだ…… この短い間に小島さんの印象がグルグル変わる。案外親しみやすい人なのかもしれない。

 そうこうしているうちに、スーパーに着く。私は車で待機を言い渡された。朝食材料だけでなく、その他の食材まで買って来てくれるということで、さすがの小島さんでも時間がかかるだろうと推測する。


「疲れた……」


 久しぶりの一人の時間に肩の力を抜いた。だらしなく背もたれに寄りかかり目を閉じる。しばらくして目を開くと、迷いなくこの車に近づいてくる人影が見えた。

 初めはぼやけていたそれも、距離が縮まるごとに鮮明になる。スーツで、眼鏡、特徴的な比率で分けられた黒髪。そう、小島さんである。数分前の自分が図らずともフラグになっていたのだ。


「すいません、お待たせしました。では家に行きましょう」


「は、はい…… あの、ずいぶん早いんですね?」


「ええ、買うものは事前に決めることにしているんです。そうすれば迷うこともないでしょう」


 薄々勘づいていたことではいたが、この人はとんでもない効率厨のようだった。だとするとこの車も中古車か何かでリーズナブルだったからという理由で買ったのかもしれない。自身の疑問には素直に! 思い切って質問してみる。


「あの、この車って自分で買って、自分でデコったんですか?」


「まさか、中古車ですよ。性能は素晴らしいのに見た目のせいでとても安かったので」


 ビンゴである。だとしても躊躇いなくこの車を買えるのはすごい。小島さんはとても面白い人だと思った。



 家に着き、私は今小島さんお手製サンドウィッチを頬張っている。おいしい。見た目もおしゃれでお店を開けそうな具合だ。先ほどそうやって褒めたら、「でしょうね」と返されたのが若干癪に障るが。


「では、渡辺さん。今後の話をしましょうか」


「はい」


「まず二階についてです。あなたが目覚めた部屋を含め四部屋あるのですが、そのうちのもう一部屋を開けてあるので時間が空いた時に確認をお願いします」


「分かりました」


「そして、こちらあなたのスマホになります。手術前のあなたの了承を得た範囲の確認はさせてもらいましたが、必要以上に見る、いじる等はしていませんのでご安心を」


「はい、ありがとうございます」


 ナイス私、ありがとう小島さんというくらいだ。一応私のプライバシーは尊重してくれたらしい。クリアケースに大小さまざまな水色の花が描かれているカバーを付けた白色のスマホを受け取る。クリスマスプレゼントをもらった子供のようにうれしかった。


「これから渡辺さんには普通の生活に戻ってもらいます。もちろん危険な手術を行ったため定期的に通院を繰り返していくことにはなりますが…… そうですね、記憶が完全に戻るまではここで暮らしてもらうことになりますし、通院も終わらないでしょうね。」


「ああ、そうだ。通院は毎週土曜日の午前中です。次回は八日、三日後ですね。」


「なるほど。普通の生活というのは、学校に通ったり、友達と遊びに行ったりとかそういう……?」


「はい」


「そこらへんも何も覚えてないんですけど、何とかなりますかね?」


「まあ学校が始まるまで、あと一か月ほどありますから。そこまでに何とかしてください。確か部活に入っていたでしょう。まだ越前さんの許可が得られていないので何とも言えませんが、了承が得られたら夏休み中に部活でも行ったらどうですか。必要そうなことだけ思い出したらいいでしょう」


「はぁ」


 なんともまあ投げやりな。しかし、少しワクワクしてきた。そういうゲームとかありそうだなと楽観的に考えることにする。

 真顔の小島さんは眼鏡を押さえ話続ける。


「今のあなたは階段から落ちて脳を何針か塗った、その時のショックで記憶を大分忘れている。と、生徒に伝えるよう学校に頼んでいます。手術について聞かれたらなんとかそのようにごまかしてください。最悪記憶喪失で~とでも」


「わかりました。」


「では伝えるべきことは伝えたので私はこれで。困ったらスマホで連絡を。連絡先は登録しているので」


「はい、ありがとうございました」


 そう言って小島さんは足早にこの家を出ていった。

 そして家には私一人。食べ終えられなかったサンドウィッチと小島さんの言ったことを咀嚼しながら、途方に暮れる私のみ。いつの間にか白色の花弁に戻ったサンカヨウごどこか不安げに揺れていた。

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