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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第8章 『この生活圏は、もう俺の担当なのだろうか?』

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エピローグ 最強の自宅警備員は俺だ

最終話です。


 担当、という言葉は、最後まで少し苦手だった。


 重いからだ。

 責任がある。

 そこにいる前提になる。

 いないと困ると言われる。

 つまり、その場に自分の席ができる。


 それは、昔の俺にとってはかなり怖いことだった。


 席があるということは、逃げづらいということでもある。

 呼ばれる。

 待たれる。

 頼られる。

 そういうものが、自分の生活へ入ってくる。

 前の俺なら、たぶんそれをもっとはっきり拒絶していたと思う。


 今も、べつに全面的に好きになったわけではない。

 面倒だ。

 かなり面倒だ。

 できれば部屋にいたいし、担当外だと言えるなら言いたい。

 その気持ちは最後まで普通にある。


 でも、それでも。


 ここまで来ると、もう完全には否定できなかった。


 家のこと。

 子どもたちのこと。

 近所のこと。

 商店街のこと。

 駅前のこと。

 父のこと。

 凛のこと。

 その全部が、少しずつ生活の中で俺へつながっている。


 世界ではない。

 そんな大きなものじゃない。

 でも、このへんの生活については、たぶんもう、俺が少し担当している。


 そのことを、その日、俺はようやくちゃんと認めることになった。


---


 朝。


 最終話らしい劇的な出来事は、別になかった。


 いや、本当に。

 空が割れることもない。

 敵が攻めてくることもない。

 告白大会も始まらない。

 この作品が最後までこの作品であるなら、締めの日だって、やっぱり生活の音で始まるべきなのだろう。


 一階へ下りる。

 富子が台所。

 父が和室の前。

 良子がひなのバッグを確認している。

 ひなはソファで靴下を履いている。

 玄関の方では、なぜか健太の声がしていた。


 うるさい。

 だが、ある意味かなりいつも通りだ。


「太郎ー」

と富子。


「何ー」


「あとで醤油お願いね」


「何でだよ」


「切れそうだから」


「自分で行けるだろ」


「でも太郎出るでしょ」


 そこから始まるのも、もうかなり見慣れた光景だ。


 父が短く言う。


「郵便局も」


「何でまとめるんだよ」


「近いから」


「その理屈ほんと好きだな」


 良子がひなのバッグの中を見ながら言う。


「お兄ちゃん、帰りプリンあったらうれしい」


「“あったら”で責任逃れするな」


「でもほんとにあったらうれしいんだもん」


 ひなはそこで、バッグの中を一度見て、それから俺を見た。


「おじさん、今日ティッシュあると思う?」


「何だその確認」


「なんとなく」


「左の横ポケット」


 ひなが探る。

 ある。


「あった」


「お前も最近、それ聞く前に見つけろ」


「でも、おじさんいると早い」


 その一言に、もう昔ほど強く反発しない自分がいる。

 反発はする。

 でも、完全には跳ね返せない。


 玄関から健太が飛び込んでくる。


「おじさん!

 今日オレ、虫取り行く!」


「そうか」


「網ちゃんとある!」


「よかったな」


「でも帽子どこだっけ!」


「知らん!」


 そこへ良子が笑いながら言う。


「ほら、始まった」


「何が」


「今日の生活圏」


 その言い方に、少しだけ笑ってしまう。

 ほんとうにそうだ。

 家の中も外も、いつものメンバーも、全部まとめて今日が動き出している。


---


 午前中。

 結局、俺は駅前へ出ていた。


 醤油。

 郵便局。

 プリン。

 ついでに自分のエナジードリンク。

 最近の買い物メニューは、かなり安定している。


 駅前までの道。

 住宅街。

 商店街。

 駅前通り。


 その全部を、今の俺は前よりかなり自然に歩いている。

 好きかどうかで言えば、まだ少し違う。

 でも、“行けるかどうか”で言えば、もうかなり行ける側にいる。


 商店街の文房具屋の前を通ると、店員が軽く会釈した。


「あ、太郎さん」


「どうも」


「今日は何ですか」


「醤油と切手とプリン」


「かなり生活ですね」


「お前もそれ言うのか」


「みんな思ってますよ」


 やめろ。

 その“みんな”はほんとに効く。


 郵便局で切手を買い、スーパーで醤油を取り、コンビニでプリンを三つ買う。

 迷いなく三つ取る自分に、少しだけ可笑しくなる。

 ひな。

 良子。

 そして、たぶん健太。

 もうそこまで含めて手が動く。


「……こういうのなんだよな」


 小さく呟く。


 大したことではない。

 でも、大したことじゃないからこそ、いちばん生活の深いところに入っている。


---


 帰り道、会館の前で梅子さんに会った。


「あら、太郎さん」


「こんにちは」


「今日は何担当?」


 いきなり何担当って何だよ。


「担当制にしないでください」


「でもほんとにそんな感じよ?」


 梅子さんは笑っていた。

 だが、その言葉にも前ほど強く反発できない。

 家の担当。

 子ども担当。

 駅前担当。

 商店街担当。

 会館担当。

 雑に分ければ、たしかにそんな感じになっている。


「醤油と切手とプリンです」

と俺が言う。


「あらあら、全部大事ねえ」


 その評価も、なんだか今日は少しだけ素直に入ってくる。


「小さいですけどね」


「小さいことが回ると、生活は助かるのよ」


 その一言で、また少しだけ立ち止まる。


 小さいことが回る。

 たぶん、このシリーズは最後までそこだった。

 大きな夢とか、劇的な変化とか、そういう話ではない。

 小さいことが少しずつ回る。

 その流れの中で、俺の位置も少しずつ定まってきた。


「……そうですね」


 今日は、そう返した。


 梅子さんは少し驚いたみたいに笑った。


「素直ねえ」


「最終話くらいは」


「何か言った?」


「何でもないです」


---


 家へ戻ると、案の定、全部が自然に受け取られていく。


「醤油?」

と富子。


「ある」


「切手」

と父。


「ある」


「プリン!」

とひな。


「ある」


「やったー!」

と健太。


「何でお前までいるんだよ」


「だって食べるから!」


「予備扱いだったのが当たってるの、ほんと嫌だな……」


 良子がプリンの袋を見て笑う。


「お兄ちゃん、もう完全に読み切ってるじゃん」


「読みたくて読んでるわけじゃない」


「でもちゃんと三つ」


「……まあな」


 その“まあな”が今日は自然に出た。

 少しだけ、自分でも驚くくらいに。


 ひながプリンを抱えたまま言う。


「おじさん、今日もちゃんと今日だったね」


「何だその言い方」


「だって、おじさん帰ってきたし」


 そこへ富子が重ねる。


「ほんと、太郎がいると生活が止まらないのよね」


 父も短く言う。


「まあ、そうだな」


 良子も笑う。


「お兄ちゃん、もうこのへん全部の流れの中にいるんだよ」


 子どもたちも、近所も、駅前も、家族も。

 その言葉を、みんなそれぞれの角度からもう何度も言ってきた。


 そして今、その全部が妙に一本にまとまって見える。


---


 夕方。


 少しだけ外の空気を吸いたくなって、家の前へ出た。


 空はやわらかく暗くなり始めている。

 遠くで犬の声。

 近所の窓からテレビの音。

 このへんの空気も、もうかなり“自分の生活圏”になっていた。


 そこへ、凛が向こうから歩いてきた。


 制服ではない。

 私服。

 手にはコンビニの小さい袋。


「あ」


 短い声。


「よう」


「こんにちは」


 近づいて、止まる。

 前ならここで何か余分な緊張があったかもしれない。

 今はもう、その前提の方が薄い。


「買い物?」

と俺。


「見ればわかると思います」

と凛。


「それ好きだな」


「便利なので」


 いつもの温度だ。

 そして、今日に限ってはそれが妙にありがたい。


「今日は何してたんですか」

と凛。


「醤油、切手、プリン、梅子さん」


「最後だけ急に人ですね」


「もう担当範囲が人なんだよ」


 そう言うと、凛は少しだけ目を細めた。


「認めましたね」


 そこで少しだけ黙る。


 認めた。

 たしかに、少しだけ。

 完全ではない。

 全面降伏でもない。

 でも、今日の俺は前より確実に、その位置を否定しきれていない。


「……まあ、たぶんな」


 そう返すと、凛はごく小さく頷いた。


「その方が自然です」


「何で」


「前からそうだったので」


 またそこだ。

 最初からいた。

 最初からそうだった。

 にぼし姫の時も思ったが、この人は本当に“最初からそこにあったもの”を言葉にするのがうまい。


「この生活圏ってさ」

と俺は言った。


「何ですか」


「もうたぶん、俺の担当なんだよ」


 言ってしまう。

 かなりあっさり。

 でも、そのあっさりさがちょうどよかった。


 世界じゃない。

 運命でもない。

 告白でもない。

 ただ、この生活圏。


 凛はその言葉を、静かに受け取った。


「そうだと思います」


「否定しないんだな」


「今さらですし」


 その返しに、少しだけ笑った。


「だな」


「でも」

と凛。


「何」


「その担当、嫌いじゃなさそうです」


 そこを見るな。

 ほんとうに最後までそこを見る。


「……面倒ではある」


「はい」


「かなり」


「はい」


「でも、まあ」


 その先は、少しだけ言葉を探した。


「悪くない」


 それが、今の俺にはたぶんいちばん正確だった。


 凛はほんの少しだけ口元をやわらげた。


「知ってます」


「何でだよ」


「見てるので」


 そこへ戻るの、ほんとうにずるい。


---


 夜。

 自室。


 ドアを閉める。

 椅子に座る。

 机の前。

 ベッド。

 棚。

 読みかけの本。

 全部、いつものままだ。


 でも今日は、その“いつものまま”が少しだけ違って見えた。


「この生活圏は、たぶんもう俺の担当だ」


 口に出す。


 ゆっくり。

 確認するみたいに。


 家の中。

 富子。

 父。

 良子。

 ひな。

 健太。

 美咲。

 商店街。

 会館。

 駅前。

 コンビニ。

 凛。


 全部が俺のもの、なんて言うつもりはない。

 そんな大げさな話ではない。

 でも、その中の小さい詰まりや、小さい確認や、小さい迷いについては、もうかなり自分が関わっている。


 そこへ呼ばれる。

 待たれる。

 帰ってくると思われる。

 そして実際、文句を言いながらそこへ行ってしまう。


「……担当外って言い張るには、もうちょっと遅いんだよな」


 そう言って、少しだけ笑った。


 答えとしては、たぶんこれで十分だった。

 立派すぎない。

 劇的すぎない。

 でも、ちゃんと認めている。


 俺は部屋にいる人間のままだ。

 部屋は最後まで部屋だ。

 でも、その部屋を拠点にしたまま、この生活圏の中で少しずつ役に立ち、少しずつ守り、少しずつ今日をつないでいる。


 最強の自宅警備員。

 その肩書きがもしこの物語の最後で本当に意味を持つとしたら、たぶんそういうことなのだろう。


 世界を救うんじゃない。

 このへんの生活が、ちゃんと生活として回るようにしている。

 その程度の、でも確かな強さ。


「……まあ、明日もたぶん呼ばれるんだけどな」


 最後にそう呟く。


 下の方から、ひなの笑い声が少し聞こえる。

 富子の声。

 父の短い返事。

 生活の音だ。

 少し面倒で、少しうるさくて、でもちゃんと自分の外側にある音。


 その音を聞きながら、俺は椅子に深くもたれた。


 たぶん明日も、また何か頼まれる。

 健太は勝手に来る。

 ひなは迷ったらこっちを見る。

 良子は空気みたいに依頼を足す。

 父は説明なしで呼ぶ。

 富子はついでを混ぜる。

 梅子さんは担当範囲を勝手に広げる。

 凛は見てくる。


 そして俺は、文句を言いながらたぶんまたやる。


 それでいいのだと思う。


 この物語の終わりとしては、たぶんそれがいちばん自然で、いちばん太郎らしい。






 ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。


 『最強の自宅警備員、俺』は、最初から最後まで、とても大きな物語ではありませんでした。

 世界を救う話でもなく、誰かが劇的に生まれ変わる話でもなく、毎日の中にある小さな困りごとや、家族との距離や、近所とのつながりや、子どもたちのまっすぐな信頼を少しずつ積み重ねていく物語でした。


 主人公の太郎も、最後まで立派すぎる人にはなりませんでした。

 面倒くさがるし、文句も言うし、できれば部屋にいたいと思っている。

 それでも、呼ばれたら動いてしまう。

 困っている顔を見たら、完全には放っておけない。

 そうやって一つずつ、小さいことを片づけていくうちに、気づけば家の中でも、近所でも、駅前でも、誰かの生活の一部になっていた。

 この物語は、たぶんそういう“派手ではないけれど確かな変化”を書きたくて生まれた話だったのだと思います。


 自室にいることと、外へ少し出ること。

 逃げ場を持っていることと、誰かの支えになること。

 一見すると矛盾しそうなその二つが、太郎の中で少しずつ両立していく流れは、書いていてとても愛おしいものでした。

 何かを捨てたから前へ進めたのではなく、大事な場所をちゃんと持ったまま、少しだけ広く生きられるようになる。

 このシリーズの着地点は、そこにありました。


 そして、太郎のまわりにいた人たちも、この物語にとって本当に大きな存在でした。

 富子の生活のたくましさ。

 父の短くて不器用な信頼。

 良子の軽口の中にある理解。

 ひなのまっすぐな安心。

 健太の雑で本気な信頼。

 梅子さんの善意の押しの強さ。

 そして、凛の静かで少し特別な距離。

 誰か一人でも欠けていたら、この物語はここまでちゃんと“生活”にならなかったと思います。


 最後まで読んでくださったあなたの中に、

 太郎たちのやり取りが少しでもやわらかく残ってくれたなら、

 この物語はきっと、ちゃんと役目を果たせたのだと思います。


 改めて、本当にありがとうございました。

 またどこかで、少し面倒で、少しやさしい日常の物語をお届けできたらうれしいです。



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