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美智果とお父さん  作者: 京衛武百十
111/201

死の恐怖っていうのはそれほどのもの

妻は自分の母親を嫌っていた。でも、いざ自分が死ぬかもしれないとなると、母親に甘えてたようだった。それはたぶん、母親が手の平を返したからだと思う。自分の娘が死ぬかもってなる前までは彼女の考えも価値観も否定して自分の思い通りに行動するのが正しいっていう態度だったのに、こうなった途端に甘やかしだしたんだ。


それが、心が壊れて幼児退行を起こした妻にとっては、母親に甘えたかった頃のことがよみがえってしまって嬉しかったんだと思う。


でもそれも、死にゆくまでのせめてもの安らぎになっててくれたのなら、別にいい。散々、僕の前では母親に対する愚痴を並べて僕に癒しを求めていたこれまでの全てをひっくり返すことになるとしても。


たぶん、死の恐怖っていうのはそれほどのものなんだ。当然か。その人の存在そのものを完璧に完膚なきまで完全になかったことにする訳だからね。自分の前提すべてが無に帰すんだから。


それでも、僕は妻を愛してる。何故って?。以前にも言った通り、僕にとって<愛>とは、そういうものだから。僕自身にとってそれが必要だから。こう考えれば、相手が裏切ろうがどうしようが、その人の全てを受けとめるのが自分の為ってことで説明がついてしまうから。


普段は僕が癒して、人生の最後の三ヶ月は自分の母親に癒してもらった。それでいいじゃないか。そのことが少しでも救いになってるのなら。


その結果として妻は、最後まで美智果に対しては笑顔を向けてくれた。この事実だけで僕も救われる。他のことはどうでもいい。


「パパ。ママのことだいじにしようね」


火葬の後、小さな箱に収まった<ママ>を見て、美智果はそう言った。この子にそう言ってもらえる存在だったことが何よりなんだ。美智果にとっては大切にしたいと思えるママだったんだから。


自分の親が一人で生きられなくなっても、それを邪魔だと思うとか迷惑だと思うとか、<自分が愛してるはずの相手の親>がそうなっても邪魔だとか迷惑だとか感じるような関係に比べたら、ずっとね。


妻が亡くなった後の僕と妻の親族の間にあったことについては、僕の側からだけ語るとそれこそただの誹謗中傷になってしまうから控えたいと思う。今ではすっかり疎遠になってしまった。この事実がすべてだ。


向こうにしてみれば肉親を亡くしたんだから仕方ないことなんだ。たぶん、僕だって、美智果が同じようにして命を落とせば、その夫を責めてしまわない自信はない。そういうことなんだと思う。



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