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美智果とお父さん  作者: 京衛武百十
110/201

死相というものがあるとするなら

妻が何も食べなくなってから三日。医師からは『本人に食欲がないなら無理に食べさせなくても大丈夫です』とは言われてたけど、僕はとうとう耐え切れずに言った。


「病院に行こう」


タクシーを手配して妻を乗せて病院に向かう。そしてそのまままた入院することになった。


その日が、妻が自宅で過ごした最後の日になった。


そこからはもう、点滴による栄養補給しかできなかった。妻自身の気力も尽きてるのが見てるだけでも分かった。死相というものがあるとするなら、まさにあの時の妻の貌がそうだったんだと思う。


体を起こすこともままならなくなり、意識はあっても殆どしゃべることもなくなっていった。それでも、美智果にだけは微笑みかけてくれてた。


妻の心臓が鼓動を刻むことを諦めたのは、それから一週間後のことだった。




10月25日午前1時27分。羽瑠果はるか、永眠。




痛みを抑える為の強い麻酔を使って眠ったままで妻は息を引き取った。


「ママはいっぱい頑張ったから、ゆっくり眠らせてあげよう……」


「……」


ベットに横たわる母親をじっと見詰めてた美智果にそう声を掛けると、彼女は小さく頷いた。


僕は泣かなかった。美智果も泣かなかった。現実感がなくて、何の感慨も湧いてこなかった。美智果もそうだったのかもしれない。


遺体の処置を行うということで、僕たちは病室を出た。それが終わってまた病室に入ると、そこにはただ眠っているだけみたいに見える妻の姿があった。生きてる時には感じられた死相みたいのがなくなってたのが不思議だった。


自宅には戻らず、そのまま通夜を行う予定の斎場に搬送してもらった。遺体を一時安置する部屋で、美智果と一緒に妻に寄り添った。


僕は別に、同情してもらいたい訳じゃない。可哀想だと言ってもらいたい訳じゃない。それどころか、軽々しくそんなこと言われたら逆に気分が悪くなる。大切な家族を亡くした人間の気持ちが本当に分かるなら、それを嘲笑うかのようなコメントがネットに溢れる訳がない。


そうだ。同情的なことを口にしたり、可哀想とか言うのは信用できない。だから余計なことは言ってほしくない。


妻は死んだ。その事実の前には、どんな言葉も意味はない。


ただ僕は、神だの仏だのが本当にいて、それがこうなることを決めたというなら、目の前にその神だの仏だのがいたら、ナイフで首を掻き切ってやりたいと思ってただけだ。


でもそんなことは現実にはできない。できないんだ……。


その無力感だけが、はっきりと感じられていただけだった。



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