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美智果とお父さん  作者: 京衛武百十
109/201

本当の本音とか書けない

抗がん剤治療の休養中、自宅に帰ってきた妻が、もう三日も何も食べていない。


「食欲がない……」と言って何も食べようとしなかったんだ。明らかに体力も衰えてきてる。見た目にもやつれて一見しただけで尋常じゃない病状だって分かる姿だった。


自分で料理を作る気力もないようだったから、介護食の宅配を利用した。僕が作るものはとても食べられないって言われたから。でも介護食さえ食べようとしない。


その頃、芸能人で同じようにガンで闘病してる人がいてテレビで紹介されてた。その闘病生活を綴ったブログとかもあるらしい。でも僕はそういうのは一切読まなかった。芸能人じゃない人もそういうブログとかやってるらしいけど、それも読まなかった。


だって、他人から見えるところには本当の本音とか書けないと思ったし。


こういう時の本当の本音を晒すと、必ずそれを攻撃のネタにする人間がいるから書けないんだろうな。


『自分だけが不幸だと思うな』


『そんなに同情してもらいたいのかよ』


『病気だからって甘えるな』


そんなことを言う人間が必ずいる。実際、わざわざ見ようとしなくても何気なくネットを見てるだけでその手のコメントが目に入ってくる。


不幸ぶって同情を買おうとしてる?


病気を理由に甘えてる?


じゃあ、死に面してもいないクセに他人を罵ってる連中は何だって言うんだよ? そういう連中は野放しで、自分が死ぬかもしれないというのを目の当たりにして精神的に不安定になってる人間を叩くとか、それが人間のすることか?


…いや、分かってるよ。人間以外の動物はわざわざそんなことしない。人間以外の動物は常に生きるか死ぬかの世界に生きてるから、いちいちそんな暇なことをしないと思う。人間だからそんなことをするんだ。それも人間の本性だっていうことくらい知ってる。


でも少なくとも、死に瀕してるわけでもない人間が、死に瀕してる人間を『甘えるな』と罵る矛盾に気付くことができるのも人間の筈なんだよな。


妻の病気は、それも実感させてくれた。


だから僕は、死の恐怖に心を病んでしまった妻を許したい。だって僕は生きてるんだから。死の実感なんて、僕は何一つ感じてないんだから。その前提の違いを理解できる人間でありたい。美智果の前で妻を責める姿なんて見せたくない。死にゆく人を労わることもできない父親の姿なんて見せたくない。それに、妻だって美智果の前では耐えてくれてる。ここで僕がキレたらそれが台無しになってしまう。


美智果。誰かを労わるっていうのはこういうことなんだよ。お父さんとお母さんの姿を見ていてほしい。それを真似するだけで、人を労わることができるようにね……



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