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美智果とお父さん  作者: 京衛武百十
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やった! 数値が下がってるよ!

妻のことはいつでも傍に感じてるけど、命日が近付いてくるとやっぱり普段以上にいろいろ思い出してしまう。だから、あの頃のことについて話そうと思う。


彼女が自分の異変に気付いて病院で精密検査を受けた時、既にステージⅣだった。それを告げられて帰ってきた妻はトイレにこもって泣いた。そのことに気付いた僕はトイレの中で泣きじゃくる妻からガンのことを告白されて、体中の血の気が引くのを感じながら、彼女のことを抱き締めた。それしかできなかったから。


その日から、妻の闘いが始まった。そしてそれは、僕と美智果にとっての闘いでもあった。


徹底的な塩分コントロールをしたいわゆる<体にいい食事>を心掛け、すごく薄味になったそれを、僕も美智果も一緒に食べた。妻だけにそういう味気ない食事をさせたくなかったんだ。


幸か不幸か僕は食事にはあまり拘らない人間だったから空腹さえ満たされれば特に不満もなかったけど、割と味の好みがうるさかった美智果には少し辛かったかもしれない。でもあの子も、『ママの為』ということで特に不満を言うこともなかった。


食事の用意は妻が自分で納得したものを食べたいということもあって本人がしてたけど、それ以外の家事は基本的に僕の仕事になった。すると妻は、僕の家事にあれこれと注文を付けるようになってきた。まるで嫁の家事に口出しする姑みたいに。


でも僕は、それに逆らうことなく言われたとおりにするように心掛けた。だって、その程度の八つ当たりで済ませてくれるなら全部受け止めようと思ってたから。


病院での、家族に対するカウンセリングでも言われたんだ。


「奥さんはこれから我儘になって理不尽なことを言うようになってくるかもしれません。でもなるべくでいいので、それを聞き入れてあげてください。そういう心理状態になるのは普通のことなんです。そして、ご主人の辛さはここで吐き出していただければ結構です。その為のカウンセリングですから」


って。


僕はその通りにした。我儘になった妻に従いながら仕事と家事をこなして、辛くなったらカウンセリングで吐き出して……


妻や、ましてや美智果に当たるようなことはしたくなかった。


妻のガンは既にいくつもの場所に転移が始まっていて、手術は無理だと言われてたから、抗がん剤治療に望みをかけることになった。


抗がん剤治療が始まると、腫瘍マーカーの数値が少し下がって、妻は、


「やった! 数値が下がってるよ! 薬が効いてるんだね!」


って笑顔で嬉しそうに僕に言ってきた。


だけど僕は知ってたんだ。その程度の変動は、誤差の範囲内なんだってことを……



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