16 テストドライブ
東の山間からわずかに持ち上がった太陽。そこから伸びる光が町を照らし、夜闇に冷えた空気を暖めている。
そんな朝の日差しを跳ね返して、赤いバイクが走る。
空気を滑らかにかき分ける流線形のフルカウル。
朝日を受けて生まれる光沢もまた乱れなく滑らかで、その車体が傷ひとつない真新しい物であると主張している。
そんなピカピカの新車の背にあるのは二人。
使い手である黒いフルフェイスメットの晃司と、タンデムシートからその背に掴まった黄色と白のハーフメットの保奈である。
「壊れたバイクの代わりに新品だなんて、随分太っ腹よね」
「貰ったってワケじゃないがな。社用車みたいなモンだし」
晃司が操るこのバイクの名はレッドビートル。巨大怪獣との戦いで壊れたバイクの代わりとして、Gコスモスから支給された物である。が、同時に試供品でもある。
見た目は多少個性的な大型のオンロードバイクに過ぎないし、晃司が贔屓にしている発動機会社のメーカーロゴもマークしてある。
しかしそれは偽装でしかない。実態はドクター・ルルイエが手がけたGコスモス戦闘隊用サポートマシン。その試作品なのである。
陸上はもちろん、力場によって自ら道を作ることで水上、空中さえも走破可能な走行性能。
車体の頑健さも素晴らしく、大型ビーム砲の直撃にさえ耐えることができる。
加えて多少の損傷や磨耗は、ナノマシンによる擬似代謝によって自己修復してしまう。
もちろんエネルギーは化石燃料などではなく、機体表面に浴びた光を超効率で変換吸収して生成するハイパーフォトン。
さらにこれらの機能を制御する高機能人工知能も搭載。登録した持ち主の呼び声に応じ、乗り手が運転に専念できるようにサポートしてくれる。
と言うのが、作り手であるドクター・ルルイエの宣伝文句。その受け売りである。
どれだけ画期的な機能を盛り込もうと、しょせんは試作品である。作り手の語るスペックなど、実際にはどこまで発揮されるか信用できたものではない。
もちろん他人に触れさせる以上は安全性を見るテストは済ませてあるだろう。だが晃司に預けられた名目が最終テスト、実戦におけるモニターであるのだから、伝え聞いた機能を鵜呑みには出来ない。少なくとも戦いとなれば、作り手の想定以上に過酷な状況に陥るなどままあることだ。
試作機体はロマンである。
しかしその為に身を危険に晒しても構わないなどと言えるのは、イカレた道楽者だけだろう。
そういう予想外のマシントラブルを含めて、データを取るのも仕事の内である。なので晃司としても、不安はあるが文句は言えない。
むしろ晃司にとって、普通に乗り回す分にはレッドビートルは何の不満もない。それどころかしっくりとよく馴染んで気に入ってしまったくらいだ。
このようにしっくりとくるマシンを預けてもらえるのならば、テストドライバー役も願ったりかなったりというものだ。
しかもマシンモニターはまた別のボーナスまで出るおまけつきだ。
だからこそ試作機体であることが不安にもなるのであるが。
ともあれ、二人を乗せたレッドビートルは目的地である保奈の高校前に到着する。
「ほれ、着いたぞ」
「ありがとう。でもどうしたの? 今日に限って晃司から送っていこうって言ってくれるなんて?」
「こいつの試運転に、あと他にも任されてることもいろいろあるからな。都合がついたからだよ」
もちろん本当のところはそれだけではない。人さらい組織に拉致された保奈を単純に心配してのことだ。
短期間に同じ場所、同じ人物を狙ってさらいに出てくるような事はまず無いだろう。だが、それでも裏をかいてということも無きにしも非ず。警戒して損することは何もない。
ただ、保護され救出された保奈たちは、捕まった瞬間から助け出されるまでの間の事をまるで覚えていなかった。
今回のように人さらいどもが本拠地に送る前に救出できれば、被害者の証言を手掛かりに捜査を進めることはできる。
被害者を捕らえて眠らせたままに転がしていたのは、そうして足がつくのを嫌っての事だろう。
異星人によって拉致されて、危うく売り飛ばされるところだった。
いくら事実であっても、そんな話は多くの地球人からすれば荒唐無稽な作り話にしか聞こえないに違いない。ましてや身に覚えがないのだからなおのことというものだ。
であるならば、わざわざ教えて聞かせることもない。
笑い飛ばされるか、不安をあおるだけにしかならないのだから。
「ふぅん……そうなんだ。そうよね。ついでよね」
そんな晃司の必要なところだけを真正直に語る説明に、保奈は途端に唇を尖らせてむくれる。
「それで、任されてる用事っていうのは、警備会社のお仕事?」
「ん、ああ。見回りに行くところがいくつかな」
「そう。せっかく就職したんだから、頑張って続けるようにね」
「お、おお……」
女子高生からの母親じみたコメントに、晃司は戸惑いながらもうなづき返す。
保奈が言った通り、晃司は周囲の地球人には警備会社Gコスモスにスカウトされる形で就職したと説明している。
実際非常勤の戦闘要員であるし、その他にもレッドビートルのモニターのような、実験協力の仕事も契約してあるので似たようなものだろう。
仕事を得たとの話に、保奈は手放しで喜んでくれた。就職先がGコスモスだと教えなければ、何のケチもつかなかったのだろうが。
バイクをつぶしてきた一件から、危険が多い仕事であることは保奈にも知られている。
「本当は、あんまり危ない仕事は選んでほしくなかったんだけど、ね」
「心配させてるのは悪いとは思ってる。けど、関わってみたらやりがいもあるし、戦力としてあてにされたらさ……」
「分かってるわよ。危ないのは心配は心配だけど、それでも晃司が選んだことだからもう後押しするって決めたんだから」
説得を重ねようとする晃司に、保奈は再び唇を尖らせて顔を背ける。
「それは……ありがとな」
「いいわよ。私もちょっと口うるさくし過ぎたかもだし」
晃司が言葉を選び、言いよどみながらも礼を言えば、保奈はため息を吐きながら被っていたハーフメットを脱ぐ。
しかしその視線は依然としてそっぽを向いたまま。
まだわだかまりを抱えた風な保奈の様子に、晃司はメット越しにこめかみを小突く。
「はい。これ」
「ん? おお」
その一方で保奈は晃司へ脱いでいたヘルメットを返す。
メットを受け取った晃司は、そこに何かが入っているのを見つける。
それは布に包まれた箱である。
「弁当箱?」
もう一つ、箸入れと思しき細長い箱を重ねて包んでいることから、弁当箱なのだろうと分かる。それも大ぶりな、体を使う男のためのものだ。
「あまりものだけど、適当に詰めておいたわ。とにかく体が資本の仕事になるんでしょ? ちゃんと食べなさいよ」
唇を尖らせそっぽを向いたままに言う保奈。その頬はほんのりと朱に染まり、隠しきれていない照れがのぞき見えている。
「ありがとうな、助かるよ」
「送ってもらったお礼だから。ほら。お仕事あるんでしょ?」
晃司の礼に照れたままそっけなく返して保奈は校舎へと歩き出す。
晃司はバイクにもたれかかったまま、そんな保奈の背を見送る。
そして校舎の前で一度振り返り手を振ったのに、軽く手を上げて応える。
互いに手を振りあった後、保奈は下駄箱に姿を消す。
そうして晃司は、無事に保奈が登校ができたのを確かめると、荷物をまとめてレッドビートルのスターターをキック。ハンドルのスロットをひねって走らせる。
新しいバイクで保奈の高校を後にすると、次の目的地へ向かうのであった。




