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15 ルーツに絡んだ思い

 住居として割り当てられているアパート。不破かがみは片手で臙脂色に塗装されたそのドアを押し開けて中に入る。

「ただいま」

 家の中へ帰宅を告げるかがみであるが、真っ暗い部屋の中から返事があるはずもない。

 元々返事を求めているわけではなく、かがみ自身のオンオフ切り替えとしての意味合いが強い。

 肘に買い物袋を下げた左手で明かりのスイッチを入れていきながら、かがみは一人きりで暮らす部屋の中へ上がる。

 白を基調とした清潔感のある部屋であるが、むしろ物が少なく生活感に乏しいと言うべきか。ローテーブルにベッド、あとはテレビに棚が一つと、大きなものはそれくらいである。

 そんな部屋の中央にあるテーブルに、かがみは下げていたビニールの袋をおろす。

 袋の中身は近場のコンビニで買ってきた惣菜である。

 普段は自炊している彼女であるが、さすがに右手が封じられていては普段どおりの家事も煩わしい。いつもどおりにしていては休めたものではない。

 冷蔵冷凍しておいたご飯やおかずをレンジにかける。

 そうして温めている間に、テレビとそれにつながったレコーダーを起動。録画していた映像を再生できるように準備する。

 仕事中に記録しておいたニュースでも見ようというのだろうか?

 いや、そうではない。

 かがみの操作で呼び出された映像は、鮮やかな五色の戦士たちを映したもの。 いわゆるチーム系の特撮ヒーロー作品である。

 それをキラキラした目で眺めるかがみの耳に、レンジから仕事を終えたとの声が届く。

 かん高い電子音の報告を受けて、かがみはいそいそと台所へ。

 そして時間が惜しいとばかりに、レンジの中身を急いで盛り付けると、早足に居間に戻ってテーブルを挟んだテレビの正面に陣取る。

 食事を並べ、すっかりと腰を落ち着けたかがみはいざ、とばかりにレコーダーに再生を指示する。

『野性戦隊、ワイルダン!』

 獣の咆哮と力強い名乗りに続いてのオープニングテーマ。

 アップテンポなそれに合わせて流れる映像を見つめながら、かがみは左手で食事を口に運んでいく。

「ああ、やっぱり帰ってきたらこれよね」

 言いながらかがみは、ヒーロー番組の進行を柔らかに細めた目で見守る。

 保護惑星である地球。その治安を維持する勤めを持つかがみにとって、世のため人のために巨悪と戦うヒーローたちを描いた物語は親近感を覚える物である。

 幼年層向けの番組であるし、確かに思わずツッコミを入れてしまう場面もあるにはある。だが子どもに見せるからこそ、苦難に当たりながらも、諦めずにそれらを乗り越えていく姿が華々しく描かれる。それはかがみにとっては理想の具現であり、また憧れと重なるものでもある。

 地球に赴任して出会って以来、かがみにとって日々の疲れを癒してくれる宝物なのだ。

「それにしても動物モチーフはよくあるけど、今年は攻めるわね。サーバルキャットのレッドだなんて」

 そう呟くかがみが見つめる画面では、長く大きな耳を頭頂に備えた赤の戦士が、優れたジャンプ力からのパンチを禍々しい造形の敵に浴びせていた。

 この手のヒーローものならば、赤にはライオンか、鳥系でタカやワシのような雄々しく力強いものを選ぶのが鉄板である。

 その他にも、青のペンギンに黄色のコブラ、緑のシカに白いサイと、ヒーローのモチーフとしてはマイナーなところで固められている。

 はっきり言ってとんでもなく冒険した選択である。

「でもこれはこれで。しっかり格好良く戦えてるし」

 だがかがみは、そんな大幅に定番外しをしたモチーフ選びをあっさりと面白いから良しとして満足げにうなづく。

 そんなかがみが見つめる画面の中で、白いサイの女戦士がスパイク付きの盾で敵をいなし、押し返していく。

「このライノスのスーツ役の人……やっぱりいいわね。スタイルも動きの緩急も頭抜けていいもの」

 言いながらかがみは輝く眼差しを推しキャラに注ぎ続ける。

「……私もあんな風に戦えたなら……」

 そうしてそれまでヒーローの活躍に輝いていた目に、ふと寂しげな影がさす。

「……でも難しいのかな。私、体は地球人そのものだし」

 陰った瞳と声のまま、かがみはポツリとこぼす。

 そのつぶやきのとおり、彼女の肉体は地球人と変わりない。

 それは能力面で大差ない地球人と同型の異星人であるというわけではない。

 かがみは遺伝子から完全に地球人そのものなのだ。

 そうして寂しげに笑うかがみへ、突然の着信音が浴びせられる。

「も、もしもし?」

 慌てて特撮ヒーローを一時停止させて通信に応じるかがみ。

『や、かがみ。美緒だけどいま平気?』

「ああ。ええ、大丈夫よ。そっちこそ大丈夫なの? いま病室でしょ?」

 同僚からの電話に、かがみは弾んでしまった呼吸を落ち着けつつ応答する。

『それはそうだけど、退屈で退屈でたまんないのよ』

「消灯時間は厳守だからね?」

『ええぇ~……ちょいとくらいいいじゃないのよさぁ』

 ルールに頑ななかがみの返事に文句をつけつつも、美緒は電話の向こうで、仕方ないか、と苦笑まじりに置いて話を始める。

『あのリュミナイスの彼にヒーロー免許出すように言ったんでしょ? どうだった?』

「却下されたわよ。話は分からなくもないけど、急ぎすぎだって」

『ええ!? それで!? さすがに晃司くん、だっけ? 彼からも抗議が出たでしょ?』

「ううん。その辺りはむしろ私の方が熱くなりすぎてて、彼の方が求め過ぎだって冷静に止めに入ったくらい」

『……何よ、それ』

 晃司の様子を聞いた美緒の声が低くなる。

「美緒? どうしたの?」

 突然に電話越しにも分かるほどに不穏な空気を帯びた同僚に、かがみはその豹変ぶりを訝しんで声をかける。

『あ、ゴメン。冷めた風な人には見えなかったのにそれだと、やる気ってトコで心配だなって、ね?』

「その点は大丈夫。協力は彼から言い出してくれたし、まず特例に見合う実績を積み上げるつもりだからって」

『……そう、なら安心かな。ゴメンね、私も足をやられたんじゃなきゃ一緒に動くのに』

「いいのよ。こちらのことは気にしないで、支部での仕事に集中して。手が動かせるならって仕事が回ってくるかもしれないから」

『うえぇえ……人使い荒いなあ、もう……』

 ケガ人である自分が仕事を割り振られている人手不足ぶりから、美緒にも座ってできる仕事は回されるだろうとの予想をかがみが告げる。すると電話の向こうからはげんなりとうなだれた声が返ってくる。

『人使い荒いっていえばさ、アンタは気をつけなよ、かがみ? アンタだって腕をケガしてるのに、サポートメインでも犯罪組織と戦うことになるんだからさ』

「任せて。頼もしい味方もいるし、あんな人さらい組織なんかキレイに掃除してやるわ」

『……そういうこと言ってるんじゃないんだけどなぁ……まあご先祖様みたいなのを増やしたくないって、前に言ってたし、ね……』

「分かってるじゃない。私は元々、ああいう連中を活動できなくさせるためにGコスモスに入ったんだから」

『……その気持ちは分かるんだけど、ね……』

 警告しているにもかかわらず、人さらい組織の殲滅しか見えていない様子のかがみ。そんな同僚に美緒は電話の向こうで深々と、深々とため息を吐く。

 かがみの母親は、何世代も前に地球からさらわれ、食用家畜とされていた人々の末裔である。

 正義感溢れるリュミナイスの戦士によって、家畜の身の上から解放されはした。しかし解放されるまで、彼女の祖先は奴隷ですらなくただ食われるために飼育され続けていたのだ。

 血に絡みついた忌まわしき歴史。そんな自身のルーツにまつわる初志を、いざ貫く機がやってきたのならば勢い込むのも無理のないことである。

『……まあいいわ。あんまり無茶しないでよね?』

「分かってるわよ。この組織ひとつと刺し違えになるつもりなんてないんだから」

『……もぉだぁれぇ? 病室で長電話してるのはぁ?』

『やっば、ドクターッ!?』

『見・つ・け・た・わ・よぉ?』

『ひぎゃぁあああああ!?』

 電話の向こうからの同僚の悲鳴。かがみはそれに、耳元に添えていた通信機を離して苦笑する。

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