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退屈な女と嗤われて  作者: 小林翼


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45/45

第45話

 婚礼から、月日が流れた。


 アリシアとディートハルトの暮らしは、穏やかで、満ち足りたものだった。領主と、その伴侶。二人は、力を合わせ、グレンツェを、さらに豊かに、平和に治めていった。


 季節は、幾度も巡った。


 その間にも、領は、着実に発展を続けた。染料産業は、他国との交易にまで広がり、慎重に管理された鉱脈は、領に安定した富をもたらした。学び舎で学んだ子どもたちは、やがて、領の新たな担い手へと、育っていった。


 *


 ある春の日。


 アリシアは、領主館の庭で、一人の若者と向き合っていた。


 かつて、難民の少年だったフェリクスである。今や、彼は、グレンツェ随一の技師として、領の発展を支える、立派な大人へと成長していた。


「領主様。新しい灌漑装置の設計が、完成しました。これで、これまで使えなかった東の荒れ地も、開墾できます」


「素晴らしいわ、フェリクス。あなたの才は、本当に、領の宝ね」


 アリシアが微笑むと、フェリクスは、照れたように頭をかいた。


「すべて、領主様が、僕に機会をくださったおかげです。あの日、僕を見出してくださらなければ、今の僕は、ありません」


 その言葉に、アリシアは、深い感慨を覚えた。


 埋もれていた才能が、見出され、花開き、今度は領を支える力となる。彼女が信じてきた「人こそが宝」という理念が、確かに、実を結んでいた。かつて何も持たずに流れ着いた少年が、今は領の未来を切り拓いている。これ以上の喜びは、領主として、なかった。


 *


 領を歩けば、至るところに、変化が見えた。


 かつて寂れていた村々は、活気に満ちた集落へと生まれ変わり、新たな家が、次々と建てられていた。市場は賑わい、各地から訪れる商人や旅人で、いつも賑わっている。


 道行く人々は、皆、穏やかな笑顔を浮かべていた。


「領主様、ごきげんよう!」


「今日も、良いお天気でございますね!」


 アリシアの姿を見かけると、誰もが、親しげに声をかけてくる。領主と領民の間に、もはや、隔ては何もない。皆が、一つの大きな家族のように、温かく結ばれていた。


 *


 その光景を眺めながら、アリシアは、しみじみと思う。


 ここまでの、長い道のり。


 婚約破棄から始まった、追放の日々。荒れ地に立ち尽くした、絶望的な出発。けれど、彼女は、決して諦めなかった。知恵を絞り、仲間と手を取り合い、一つ一つ、困難を乗り越えてきた。


 そのすべてが、今のこの、豊かで平和な日々へと、繋がっている。


(誰も欲しがらなかった土地が、今では、王国一の領地と称されるまでに……)


 胸に、静かな誇りが、込み上げる。


 それは、彼女一人の力で成し遂げたことではない。共に汗を流した仲間たち、信じて支えてくれた領民たち、そして、導いてくれた多くの人々。すべての縁が、織りなした奇跡だった。


 *


 夕暮れ、アリシアは、いつもの丘に立った。


 黄金色に染まる、広大な領。その美しさは、何度見ても、胸を打つ。


 隣に、ディートハルトが、そっと並んだ。


「……いい眺めだ」


「ええ。本当に」


 二人は、寄り添いながら、暮れゆく領を、見つめた。


 追放された令嬢が、ゼロから築き上げた、理想の地。そこには今、確かな幸福が、根を下ろしている。荒れ地も、寂れた村も、減り続けた人口も、すべては遠い昔の話となった。


 長い物語は、穏やかな実りの日々へと、続いていく。アリシアの選んだ道は、まぎれもなく、正しかった。誰にも顧みられぬ知識を磨き続けたことも、捨てられた地で諦めなかったことも、すべてが、この景色へと結実した。その確信が、夕日に照らされた彼女の横顔を、優しく輝かせていた。


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