ほんとうのあたしはスマホの中にしかいない
「リエ〜、昨日の投稿、見たよー」
うれしっ!
あたしはそれまでモヤモヤしてた暗い顔をあげた。
振り向くと、声をかけてきた齋藤ちゃんの、丸い顔が笑ってた。
「さすが齋藤ちゃん! 見てくれたんだぁー?」
彼女の手を握ってブンブンと振った。
「無加工だよ? 無加工であのかわいさ! すごいと思わん?」
あたしは複数のSNSサイトで動画を投稿している。
自分のかわいさを全世界に発信するのがあたしの使命だと思っているからだが。
しかしなかなかフォロワー数が伸びないのが現在の悩みだった。
「うんうん。リエはやっぱりかわいいよー。世界一かわいい」
「ありがとう、齋藤ちゃん。……でも、フォロワー数があまり伸びないんだよねー……。なんでだと思う?」
「うーん。ちょっとハッチャケすぎかもねー。実際のリエと別人すぎ。あと、鼻の穴見せちゃだめ」
「あっ! それか! なるほど気をつける!」
「あと、どうせなら彼氏と一緒にやったら?」
齋藤ちゃんが、なんか『それはない!』みたいなこと言い出した。
アイドルのセオリーじゃない? たとえ彼氏いたとしても隠し通すのが──
「彼氏も動画に出てもらえば、でもってイチャイチャしてるとこ見せつければ、視聴者さんにも羨ましいって思ってもらえて、かえって興味をもたれるかもよ」
そう言って、齋藤ちゃんが、横を向いた。
「ね? 加瀬くん」
そこに、いつの間にか、彼氏が立っていた。
「ひ……、ヒロアキ!」
「何の話だ?」
いつもながらちっともイケてない、ぼーっとした顔でヒロアキが齋藤ちゃんに聞いた。
「リエのSNSの話だよー。動画に彼氏と一緒に出てみるのはどう? って勧めてたとこ」
「はははは!」
ヒロアキが笑った。
コイツが笑う時はろくなことがない。それは失言王が目覚める時だ。
「おい、リエ。セクシービデオがなぜ女優だけでなく、男優も必要とするかを知ってるか?」
やっぱりなんかろくでもないこと言い出した。
「それはな、女優の美しさを男優のキモさが引き立てるからなんだ。だから、おまえもそれをやるべきだ。俺のキモさでおまえのかわいさを引き立てるがいい」
「絶っっ対! だめ!」
あたしは立ち上がると、汚いものをゴミ箱に隠すように、ヒロアキの頭を上からおさえつけた。身長がたいして変わらないから簡単におさえつけられた。
自分でもどうしてコイツとあたしが付き合ってるのかわからない。だめだ! こんなのと付き合ってると知れたらあたしの格が落ちる!
「いいじゃん。私から見てもお似合いだよー?」
「何をいう、齋藤ちゃん!」
「だってさ、重度のスマホ中毒のリエと付き合ってても楽しそうなのって、加瀬ヒロアキくんぐらいだよー?」
「ぐっ……!」
そう、あたしは自分でも認めるスマホ中毒だ。
いつでも目はスマホを見てる。SNSに限らず、色んなサイトに投稿、閲覧し、話相手はヒロアキと齋藤ちゃんを除いたらもっぱらSNSのコメント欄とAIアプリだ。
朝起きてすぐスマホ、昼間もずっとスマホ、夜眠るまでずーっとスマホを握ってる。スマホを握ってないと、いけないクスリが切れたみたいに不安になる。
今の時代、誰もがスマホを見てるとはいえ、これほどまでに精神的依存をしているのはあたしぐらいだろう。
そうか……。あたしがヒロアキと付き合ってるのは──
そうだった。ヒロアキがスマホを持ってないひとだったからだ。
ヒロアキも、他のみんなみたいに、スマホをよく見るひとだったら、あたしたちはそれぞれの世界に入り込んで、交わることなんてなかっただろう。
彼があたしがスマホで見ているものに興味をもって、質問してきたんだった。それにあたしが答えた。
あたしが興味のあるものに、興味をもってくれるひとがいて、嬉しかった。
そんなこんなが積み重なって今に至る。
「でもあたしの動画に出演するのはごめんこうむる!」
あたしがビシッ! と首の後ろにチョップを食らわせると、ヒロアキは「うっ」とうめいて、気絶するフリをした。
このノリも好きだ。
まぁ、彼氏と彼女というよりは、仲のいい友達って感じ──
「こらっ、小早川」
授業を止めて、先生があたしの名前をビシッ! と呼んだ。
ワイヤレスイヤホンと接続しておくのを忘れたのだ。授業中に大音量で『天城越え』が流れてしまった。EDMアレンジのマッシュアップのやつだ。
「授業中、スマートフォンの電源は切っておきなさい」
先生はそれだけ言って、くるりとあたしに背を向け、黒板に数式を書きはじめた。
誰も笑わなかった。
白い目でチラッとこっちを見はするけど、すぐに目をそらす。
みんなの心の声が聞こえる──
『またスマホ中毒の小早川かよ』
『わけわかんねーやつ』
『いくら顔がよくてもアレはない』
『女として──ってか、人間として見れねー』
隣の席が齋藤ちゃんでよかった。
「ブルートゥース切れてたん?」
やわらかいその笑顔に助けられる。
「だめだよー、授業中はしっかり勉強しないと、取り残されるよ」
遠くのほうの席を見ると、ヒロアキが「気にするな」みたいに笑顔とサムズアップで無言のコメントをくれた。
「ほんとうのあたしはスマホの中にしかいないと思うんだ」
帰り道、あたしがそう呟くと、二人はちょっと困ったような顔をした。
いつもは他の子たちと帰る齋藤ちゃんが、何を心配してか、今日は一緒に帰ってくれた。
スマホを見ながら歩きながら、いつもは話しかけられて初めて口を開くあたしが、珍しく自分のほうから二人に言った。
「SNS動画の中のあたしが、ほんとうのあたし。現実には存在してないみたいなもん」
「それは寂しいぞ、リエ」
ヒロアキがツッコミを入れてきた。
「俺や齋藤の前にいるおまえも虚像ってことか?」
「私は幼い頃からの付き合いだから、よく知ってるけどさー」
齋藤ちゃんが場を和ませようと笑う。
「リエは繊細すぎるんだよー。もっと怖がらずに、みんなと仲良くしようよー」
ちょっとムカッとなった。
幼なじみだからって……あたしのこと、何でもわかってると思うなよ。
でもあたしのこと気にかけてくれてるのは有難いから、ただ何も返さずにスマホの画面を見つめ続けた。
「俺は知ってるぞ、おまえが優しいのを」
ヒロアキが言った。
「おまえが現実には存在してないような空っぽなやつじゃないことも知っている」
『おまえ』と呼ばれるのは好きじゃない。
他の男子にそう呼ばれたら、呪いの裏サイトを訪れて、呪殺をお願いしてるところだ。
でも、ヒロアキに『おまえ』って呼ばれるのは、嫌いじゃなかった。なぜかはわからないけど……
「ほら、たとえばあの猫を見ろ」
ヒロアキがそう言うので、スマホから目を引き離して、彼の指さすほうを見た。
黒猫ちゃんが歩いていた。車道を横切って──
「たとえばあの猫が車に轢かれそうになったら、おまえは身を挺して助けるやつだ」
「ふん」
鼻で笑ってあげた。
「スマホの中のあたしはそんなやつだけど、リアルのあたしにはそんな勇気も行動力も──」
少し遠くから、車の走行音が近づいてきた。
猫ちゃんはのんきにまだ車道の真ん中を歩いてる。
そこへ大型トラックがスピードもゆるめずにやって来る。
気がついたら走り出していた。
猫ちゃんを抱き上げ、大型トラックの運転席を見た。猫なら構わず轢くひとでも、人間のあたしを轢くわけがないと信じて、手をあげた。「ストップ!」と口の動きだけで言いながら──
運転席が見えた。
運送会社の制服を着たお姉さんが、スマホを見ていた。
あたしは思った。
『あぁ……。あのお姉さんもスマホ中毒なんだ』
「リエ!」
ヒロアキがヒーローみたいに駆けて来るのがわかった。
でも、遅い……。遅すぎた。
齋藤ちゃんが甲高い悲鳴をあげるのが聞こえた。
猫ちゃんをギュッと抱きしめるあたしを、ヒロアキが抱いて──
あたしたちは白い光に包まれた。
痛みはなかった。まったくなかった。
目を開けると、優しそうな白人女性が、あたしの顔を覗き込んで、微笑んでいた。
『これって……』
あたしは小説投稿サイトも愛読していた。だから、わかった。
『異世界転生!?』




