監督の辞任
巨人軍監督の辞任にはびっくりした。それはことの発端と帰結した事実の間にあまりにもかけ離れた印象があるからだ。家庭内の出来事から社会的にも有名な野球チームの監督の辞任という、舞台のスケールに大きな違いがある。
このニュースを初めて聞いた時、ひとつの違和感があった。それは元監督の長女の方が18歳という年齢であることだった。彼女が相談したAIは児相の存在を伝えたそうだが、18歳といえば児相の管轄ではない。そこで、私がいつも懇意にしているAI(copilot)に訊いてみると、児相の管轄する年齢まで正確に伝えようとすると、AIにとって後10年から15年はかかるのではないかと言っていた。それほど、まだまだAIの情報は不確かなのだ。
児相が悪いと言う人、警察が行きすぎだと言う人、暴力が悪いという人など、メディアやネットでは悪者探しのような形で方々で炎上している。児相がすぐに警察に連絡した理由として、児童の虐待は依然として多く、その度に児相の手落ちなどが指摘されてきた。それで、児相も神経質になっているのかと考えたりもする。警察には逮捕以外にも方法があったみたいだが、その辺は当事者でないとわからないだろう。それに、責任の押し付け合いをしていても何の解決にもならない。
子供の成長過程における親子の間のもめ事はどの家庭においても起こり得ることだ。親子の関係は子の成長につれて少しずつ変化し、その時その時に相応しい形に変わっていくものだから。暴力を振るわなければならなくなるということは、それだけ子育てや躾に真剣に取り組んでいるとも言えるが、だから暴力を振るって良いということにはならない。要は暴力に訴えなくても良い親子関係を構築できることがいちばん望ましい。でも、親子であるだけに難しい面もある。
そこで考えるのは、長女の方が相談した相手がAI ではなかったらどうだっただろうということだ。家庭内の事を身近な人には言いにくいとしたら、AIのように関係のない機関などがあったら良かったのではないだろうか。政府が自殺防止に取り組み始めてもう20年ほどにもなるのだろうか。始めてから数年で著しい好結果になったと新聞で読んだような気がする。今も自殺のニュースなどの最後に「悩みがある人は……」という風に必ず相談窓口の案内が出るようになっている。ああいう形で、青少年が個々の悩みや問題に関して迷わず相談できる場所が明らかになっていれば、問題の解決もスムーズにいくのではないだろうか。




