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09.2ラウンド目

 すぐガードポーズに移せるよう、脇を締めつつ、腕を前に構える。警戒し、距離は保っていると、蝶子が距離を詰めてきた。

 拳を軽く突き出す。腕が届く範囲に入ってくれば、いつでも攻撃がヒットできるようにする。身体の一部に当たれば、ダメージがつく。


 蝶子さんは構え方を変えた。腰を深く落として左腕を後ろへ引いた。コマンド技だ。ポージングを正しく決めれば、コマンド技が入力された判定になる。


 一気に距離を詰められ、蝶子の左アッパーが真下から隆起(りゅうき)する。

 反射的にガードポーズをおこない、何とか防いだが、攻撃の手は止まっていなかった。


 頭にパンチが打ち込まれた。右ストレートがぼくの顔面を打ち抜く。それもコマンド技で、大きくダメージを食らい、ライフポイントが削れる。


 視界に白いモヤがかかったようなダメージエフェクトが起こる。

 これは『減光効果』だ。エクスアーツにもある現象で、攻撃が自分にヒットすると、視界から光が減り、目の前が暗くなる。

 ゲーム仕様として視界不良になり、強制的に隙が生まれるようになっている。


 エフェクトと連動して、破壊音が鳴る。視覚と聴覚で、自分がダメージを食らったと認識させられる。


 当たり前だが、ぼく自身にダメージはない。痛くもなければ、感触もない。

 そして、ひとつわかったことがあった。蝶子さんがキャラクターに変身したように見えていたが、ゲームが始まると、ぼくと蝶子さんの肉体自体は触れ合わない距離を保っていた。


「エクスアーツをプレイしてたなら体験したでしょ? ハレルが殴ったアタシはキャラクターという分身だし、アタシが殴ったハレルも分身。ミソなのは視界は分身側にピントが合うよう設定されていること。感触はないけど、距離感はゲームというには生々しいほど本物の格闘技に近くなってるんだ」


 蝶子さんは喜々として語ってくれる。どうやら彼女がこのゲームを推しているポイントらしい。

 凝視するとレンズを通しても、うっすらと現実世界の蝶子さんが河川敷に立っている様子が見える。つまり、実際に現実世界で拳を合わせてるわけではない。おたがいに視界に出現したキャラクターという3DCGモデルの幻と戦っていた。


 殴り合いの喧嘩ではなく、あくまでゲームだということを今更ながら認識でき、ぼくは安堵した。 


「ハレル。もう攻撃していいよね?」


 蝶子さんは左脚を高く上げて、ぼくの頭めがけて振り落とす。


「うおおお!?」


 横に転がって回避し、距離をとって立ち上がった。

 理屈はわかった。どれほど効果的かはわからないが安全面を考慮した設計もされていて安心した。

 ボコボコにされないですむ。それだけで緊張感がやわらいだ。

 構えて、蝶子さんを見る。笑みを崩さず、ステップを踏んで、こっちを見ている。

 視界に表示されたライフポイントを確かめる。ライフは2500を切っていた。


「……よし」


 構えを変える。ガードポーズ優先ではなくポーズ技が出しやすい構えにする。それを見て、蝶子さんは喜んでいるようだった。

 ぼくは接近する。

 最も恐怖だったことは暴力だった。この世で最もおぞましいことだ。それを避けるためならなんでもするつもりだった。しかし事情が変わり、ぼくは最新ゲームを遊んでやろうという気になった。

 蝶子さんに乗せられてやろう。

 ぼくは攻撃をしかける。蝶子さんはセンスがあると言った。エクスアーツ最高ランクの蝶子さんにだ。もしかしたらぼくは才能があるのかもしれない。そう思うと気持ちが高揚する。

 やってやる。

 ぼくは駆け出した。


「はあ! はあ! はあ!」


 ほんの20秒の出来事だった。汗だくになって、足元はふらついてきた。

 ぼくはなすすべなく蝶子さんの攻撃をくらいつづけた。ぼくのライフは残り50。蝶子さんは残り900。


 問題はゲームにボロ負けしそうな点じゃない。このゲームのリアリティの高さだ。

 直接肉体に攻撃する暴力行為は一切起きていない。仮想世界上のぼくの分身と蝶子さんの分身が戦っているだけだ。当たっていないはずなのに、ゲーム上でヒットするたびに体温が下がり、ドッと汗が出る。


 視界に広がる光景がリアルすぎる。超リアルな疑似体験によって、ぼくは本当に心や感情が動かされて、肉体が反応している。

 例えば、一人称視点で通り魔が前から襲ってくる体験がいつまでも続いているような、交通事故や犯罪者の衝撃映像の中に入ってしまって、ノンストップで見せ続けられるような、そんな体験だった。


 リアルすぎて本物の格闘をしているようなんだ。脳が騙されて、理性が働いているぼくの自意識さえもバーチャルリアリティーだと知ったうえで恐怖感で身体がすくんでいる。

 緊張感が段違いだ。安全圏のない空間に放り込まれたようだ。

 攻撃を受けた箇所がこのあと腫れてしまうよう気がして、そう思うとズキズキと痛んできた。


「ううう!」


 額が痛い。トラウマがよみがえってくる。


「どうしたの! 動き遅いよ!」


 蝶子さんが膝蹴りをする。ぼくの胴体にヒット。分身に当たったはずなのにぼくの身体も後ろへ倒れた。


「2ラウンド目はアタシの勝ち。さ、最終ラウンド、やってこうね?」


 蝶子さんが笑みを浮かべる。今のぼくには悪魔にしか見えなかった。


「ま、待って、ください。ぼくの負けです」


 蝶子さんはつまらなそうな表情になる。


「ふーん、思ったより根性なしだね。まあ、いっか! 楽しかったから! じゃあそのまま倒れてて。必殺技でトドメ刺すから!」


 切り替えるように笑みを浮かべる。ああ、この人は本当に戦いたいだけなんだ。

 試合が始まる。蝶子さんがぼくの分身を蹴りつける。十分に削り切ったところで必殺技を出すためのポーズをする。

 負ける。トッププレイヤーに負けるのは当然だ。悔しいという感情さえおこがましい。

 でも、ぼくは………。

 目線を上げると蝶子さんがいた。左の拳が青い炎をまとっていた。おそらくエフェクトだがぼくには本物に見えた。

 今のぼくにはなんの区別もつかない。

 現実と仮想も、ホントとウソも。

 人魂のような青い炎をまとった拳がぼくを狙ってくる。

 ああ、死ぬ。

 ぼくはまぶたを閉じた。

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