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08.1ラウンド目

「はあっ! はあっ! はあっ!」


 ぼくはただ夜に散歩して、人の邪魔にならない場所でエクスアーツをプレイしていた。

 それだけなのにぼくは暴力女に追い回されている。


「こらー! 逃げるなー!」

「逃げるに決まってるでしょ!」


 どうしてこうなった? 暴力女に目をつけられたのが運の尽きとしか言いようがない。

 ぼくはとにかく河川敷を走っていく。体力は残っている。中学生のときは長距離走が得意だった。暴力事件のあと部活動ができなくなったときは代わりに毎日ランニングしていた。人並以上の持久力は持っている。逃げる選択肢を取ったことは間違いじゃないはずだ。


「フォーム崩れてない! ハレル、やっぱりいいね!」

「余裕!?」


 当たり前のように後ろから蝶子さんが追いかけてくる。すでに100メートル以上は走っていた。

 河川敷は逃げ隠れする場所がない。蝶子さんを振りほどくなら、町中へ逃げたほうがいい。河川敷にかかる橋へ視線を動かす。ぼくが住んでいる地区は住宅街だが、橋の向こう側の地区は町の中心部。人通りが多く、入り組んだ道も多い。交番があったら逃げ込もう。

 橋まであと100メートル程度はあった。ペース配分に気をつければ力尽きない。


 蝶子さんはためらいなく男性を蹴っ飛ばした。平気で暴力を振るえる人間だ。中学生のときにぼくに暴力を振るった、あの下級生と同類、暴力に躊躇がない。

 住む世界が違う。ゲームじゃなく、現実世界で喧嘩ができる人だ。

 ぼくに話しかけてきたのも、ブレスレット型のデバイスを強引に装着させたのも、エクスアーツも、喧嘩をする口実だったんだ。

 一目見たときは距離感の近い女性としか思っていなかったが、不審者よりもタチが悪かった。声をかけられた時点でこうなる運命は決まっていた。そしてゲームと称して、ぼくをボコボコにするつもりなんだ。

 一刻も早くこの最悪な鬼ごっこを終わらせないといけない。


「ねえねえ、部活なにやってるの?」


 さっきよりさらに距離を詰めてくる。


「な、なにもやってないです!」

「えー、もったいない! アタシは元バレー部。監督と喧嘩してやめちゃったけど」

「そ、そうですか……」

「もしかしてハレルも部活やめたクチ? アタシと同じで喧嘩? だったら仲良くなれそう!」

「その話題NGです!」

「センシティブだった? ごめんごめん」


 蝶子さんは舌を出して場を茶化す。どこまでもふざけた人だ。


「ぼくはゲームがしたいだけで蝶子さんみたいに喧嘩がしたいわけじゃありません!」

「あーね? 合法的に喧嘩できるところが好きだから、そこは合わないね」

「全部合ってませんから!」


 必死に逃げているにも関わらず、蝶子さんは想像以上に余裕を見せつけてくる。


「でさ、エクスアーツどう? 楽しい?」

「楽しかったですよ! あなたに出会うまでは!」

「なんかアタシの好感度低くない?」

「さっきからスゴいですね!? ゲームを口実に喧嘩をふっかけてくる人の好感度が高いわけないでしょ!」

「え? ちがうちがう! アタシは本気で晴さんとエクスアーツしたいだけだって!」

「信用できません!

「あー、そういうこと言う? ゲームストップ、オプション、ステージセレクト」


 まったくぼくの話を無視して、蝶子さんはひとりでなにか言い始めた。

 しゃべりかけているのは、腕につけているブレスレットだった。音声入力をしているのだろうか。


 ぼくは無視して前へ進んでいく。

 結局200メートルは走っていた。河川敷の橋まですぐそこまで近づいた。橋は自動車が通り、人影も見えた。あそこまでいけば流石に蝶子さんも諦めてくれるはずだ。

 スピードを上げる。あと50メートル。


「最初はここがいいかな。よし、オッケー」


 河川敷の橋の下近くまできた。すぐそこに堤防までの階段が見えてきた。

 あそこをのぼり切れば安心だ。


「ステージ選択、『トレーニングジム』」


 蝶子さんがつぶやく声が聞こえた。


 気がつくとぼくはジムにいた。


「は?」 


 何が起こったかわからなかった。

 ほんの一秒前。ぼくは夜中の河川敷にいた。橋の下近くまで来ていた。

 そのはずなのにぼくは今、スポーツジムに立っていた。フローリングの床、ガラス張りの窓から日光が差し込んできた。

 夢でも見ているのか? と錯覚した。


「アタシ、夜より朝のステージのほうが好きだなー」


 ジムの室内には蝶子さんもいた。ほかに人気はなかった。

 こんな異常事態を前にして、蝶子さんは何事もないように立っている。


「ちょ、蝶子さん。どういうことなんですか、なにが起きて」

「ステージセレクトしたんだよ。すごいよねー。現実と区別つかなくなりそうじゃない?」


 事態を理解しようと、頭をフル回転させる。

 おそらく、これは仮想現実だ。さっきまで現実と仮想が重なり合った複合現実だったが、蝶子さんの声と同時に、仮想現実の映像のみが、ぼくの網膜に映っている。

 おそらくブレスレットが原因だ。蝶子さんはブレスレットに音声入力をおこない、なぜかぼくをVR空間に放り込んだ。

 いや、なぜかではない。理由は、逃げるぼくの脚を止めるためだ。


 あたりを見渡す。違和感がまるでない。瞬間移動と言われたほうが納得してしまいそうだ。

 ぼくは装着されたブレスレットを見る。


「これが作り出しているんですか?」

「そうだよ。新型XRデバイスなんだ。まあ本体はただのAIスピーカーで、重要なのはインストールされてるソフトなんだけどね」


 ブレスレットの形状で、黒い塗装がされている。金色のラインが横に入り、ラメのように輝いていた。液晶やタッチパネルはない。音声入力のみで、マイクが内臓されていると思われる。


「ブレスレットが自動でレンズと同期して、この世界を見せてるの」

「まるで本物の空間ですね」


 ぼくはしばらく追いかけ回されていたことを忘れ、仮想空間を眺めていた。

 これまで使ってきたリアリティ系のゲームを優に超える完成度だった。従来のゲームエンジンで作れる代物とは思えない。


「これが次世代のリアリティ系アクションゲーム『仮想戦闘領域(エクスアーツ・ストリート)』のソフトと実機ってわけ。面白いでしょう?」

「どうして、こんな物を持ってるんですか?」

「うん? アタシは特別に先行で貰えたから。商品の発表は近々されるんじゃないかな?」


 ふと、ぼくは視界の端に表示されるUIを見て、既視感を覚えた。


「エクスアーツ知ってるならわかるでしょ」


 エクスアーツ2、ってことなのだろうか。SNSをチェックしたり、ほゆ先輩に訊けば、何か知っているかもしれない。


「このステージもゲームの要素……。すごいですね」

「海の浜辺もあるし、道場とか金網デスマッチもあるよ。もちろん、従来の複合現実のステージも使える。まあ、それはいま重要じゃないね」


 トレーニングジムの中央はひらけている。戦うためのスペースだ。


「まだ戦うつもりなんですね」

「もちろん! さ、もう逃げられないよー?」


 ぼくも観念する。ここまでされたら、どうにもできない。


「蝶子さん、お手柔らかにお願いします。ぼく、泣くかもしれません」

「優しくしあげる」


 頭の整理はついていない。蝶子さん、ブレスレット、新作エクスアーツ。どれもまだ呑み込めていない。

 唯一わかるのは、蝶子さんと戦わなければいけない状況だということ。


 ぼくは構えた。いっそ潔く負けれれば、すぐ終わり、家に帰れただろう。明日学校に行き、ほゆ先輩と遊んですぐ忘れられるような性格だったら、どれだけよかったか。


 突然、ゴングの音が響く。視界に映る制限時間が0になった。


「1ラウンド目はどっちもノーダメージで引き分け。インターバルが終わったら2ラウンド目だよ」


 1ラウンド目の60秒は地獄の追いかけっこで終了した。

 蝶子さんは淡々とウオーミングアップをする。

 やるしかないのか。

 ぼくも深呼吸をして落ち着かせる。

 カウントダウンが始まる。身体を向き合わせ、構える。


「蝶子さん、最後に良いですか?」

「最後? なんで最後?」

「終わったらすぐに帰らせてもらうので」

「えー、さびしいー! どっか寄ろ? 奢るよ?」

「結構です!」


 カウントダウンが終わり、2ラウンド目が開始した。

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