07.ゲーム開始
河川敷に着くとぼくはランニングのアプリからエクスアーツの切り替える。
ここなら誰の邪魔にもならずに遊べる。
CPU対戦を選択する。操作していくと夜中の河川敷にキャラクターが現れた。準備完了を表すポージングをする。カウントダウンが始まり、ゴングが鳴った。
CPUの相手が攻撃をしてきた。ガードし、タイミングを見計らい、攻撃に転じる。相手が攻め方を変えようとしたタイミングで蹴りをいれた。相手にヒットする。その後も相手は攻め続けてきて、ダメージを何度かくらったがほとんどガードで防げた。
1ラウンド目はぼくのパンチ系のコマンド技でトドメを刺して勝利した。2ラウンド目から相手の動きを注視し、カウンターを狙ってみる。最初は上手くいかず、大きくダメージを食らって敗北した。しかし、3ラウンド目では相手のポージング中、技を繰り出そうとするタイミングで、モーション攻撃でカウンターを与えることができた。
試合形式で何度も対戦をする。数をこなすたびにゲームに対する理解度が高くなる。体験で学習する感覚は悪くなかった。
「そうだよな……」
エクスアーツを充分に楽しめていた。無理に過去に向き合ったり、自分自身を傷つける必要はない。むしろ、自制し、自分らしい遊び方ができている。
こうして、ひとりでプレイし、たまにほゆ先輩に付き合ってもらおう。
そうやって勝負事には首を突っ込まないように……。
スマートフォンを操作していると物音が聞こえた。風や自動車が通る音ではない、人が歩いてくる音だった。
顔を向けると、そこに女性が立っていた。
「こんばんは。お兄さん、楽しそうだねー」
「……こんばんは」
とりあえず挨拶をしてみた。記憶を掘り起こしても、目の前の女性について出てこない。おそらく初対面だ。見たところ、ぼくと同年代かひとつ年上くらいのお姉さんってところか。
「お兄さん、エクスアーツやってたでしょ」
「はい、はじめたのは今日ですけど」
「今日! めっちゃ筋いいじゃん! じつは遠目で見てたんだ。あとアタシもプレイヤーなんだー」
「は、はあ」
「一目見たわかったよ、お兄さんとってもいい感じ! ねえ、アタシと勝負しない?」
「対戦ですか?」
「うん! じつは予定が入ってたんだけど相手が弱すぎてさー! 欲求不満なんだよー」
「は、はは」
突然のことで言葉が出てこない。この人のテンションについていけていない自分がいる。
「あれ? やりたくない? アタシはやりたいけどなー。もっと言うなら本格的なほうの……おっと守秘義務だった、危なーい」
「す、すみません。用事があって、夜の遅いので……」
ありきたりな断りの挨拶をして、ぼくはその場から離れようとした。
明確な理由はないけど、本能的に止めたほうがいいと判断した。
「えー! お兄さん意地悪! 一回、一回だけでいいからさー」
名前も知らないお姉さんが、ぼくに近寄ってくる。思わずたじろいでしまう。
「ご、ごめんなさい! 本当にもう遅いので!」
「ダメ。ねえ、やろうよ。こっちは身体動かしたくてウズウズしてるの」
ぼくとお姉さんの距離は縮まっていき、ギラついた瞳を向けられる。獲物を狙う獣のようだった。
「わ、わかりました。一戦だけなら」
気がつくと、そう口にしてしまった。
「やったー! お兄さんありがと!」
お姉さんは満面の笑みを浮かべ、両手をあげて喜んだ。
「よし! じゃあさっそく対戦ね!」
ぼくらはフレンド登録する。ふと、お姉さんのアカウントのプロフィールを見た。プレイヤーネームは『蝶子』で、ランクは……。
「え、最高ランク?」
「あ、ビックリした? アタシ強いんだー!」
スマートフォンの画面にお姉さんのプレイヤー情報が映った。蝶子はトッププレイヤーだった。上位100名しか手に入らない『マスター』の称号を持っている。
勝てるわけがない。今日始めた初心者だと言ったはずなのに、どうして対戦を頼んできたんだ。
もしかして、これが初心者狩りということなのか?
「ちょっと待ってください! あの、蝶子さんと戦えるのは光栄ですけど、ぼくなんかじゃ全然」
「え? そんなの気にしないでいいよ。アタシが戦いたいと思ったら戦うの。ハレルが弱かったら1分もかからず終わるだけだし、時間も大して無駄にならないからさ!」
蝶子さんはぼくをプレイヤーネーム『ハレル』で呼び、まるで当たり前かのように、一方的な理屈を押しつけてきた。
だが、悪いのは蝶子さんのお願いに折れた、ぼくでもある。話に乗ってしまった以上、戦うしかなくなってしまった。
どうしてこんな目に遭っているんだろうか。傷が痛む。これから起こる結果を想像するだけで、頭痛のように痛みが頭に広がっていく。
すると、知らない声が河川敷に響いた。
「おい!」
見知らぬ男性が蝶子さんに近づいてくる。
「蝶子! もう一度勝負だ!」
蝶子さんは不機嫌な表情になる。
「うわ、雑魚じゃん。もういいって」
「ふざけるな! あんなの反則だ! 卑怯な真似しないで正々堂々戦え!」
「フェイントに全部引っかかっただけのくせに。2本先取22秒で負ける、自分の弱さをどうにかしたら? それにアタシ、これからこのお兄さんと戦うから。怪我するから離れたほうがいいよー」
見知らぬ男性はお姉さんに怒っていた。立ち入りたくない。
また失敗する。
「そこの君!」
「は、はい……」
「今すぐ離れなさい! こいつと戦うつもりならやめたほうがいい! こいつは戦いに飢えた獣だ! 騙されちゃいけない!」
男性はぼくに心配しているようだった。
お姉さんの男性に向ける視線が鋭くなる。
「印象操作とか最悪。ほんとキモい。今すぐ消えないと容赦しないけど」
「かかってこい。ぼくも今回の大会に選ばれたプレイヤーなんだ。プライドにかけてお前を倒す!」
「はあ、関係者以外のいる場でそういうこと言うし。もうしょうがないかな」
お姉さんは男性に近づいていく。
「ようやくやる気になったな。準備しろ。ぼくはもう——」
男性のあごにお姉さんの蹴りがクリーンヒットした。男性はひざを地面につけて、頭から倒れた。
「弱いヤツと戦っても時間の無駄。あ、ごめんね、ハレル! そこで待ってて!」
「あ、あ、あ……」
逃げないとマズい。平気で人を蹴った。マズいマズいマズい。
同類なのか、ぼくを殴り飛ばした、あの男と……。
蝶子さんは倒れた男性からなにかを奪い取った。そしてこちらを振り向いて近づいてきた。
「ハレル。コレ、つけて」
「コレって……」
蝶子さんがぼくに渡してきた物は、見たことがないブレスレット型のデバイスだった。
「新作のデバイスだよ。さっきアタシが見せた物と同じ。ねえハレル、アタシたちやっぱり運命かも。弱いヤツが来てくれたおかげで、お兄さんともっと楽しいバトルができるんだから」
ぼくの瞳を覗いてくる。口説かれているとしたらこれ以上に最悪なことはない。
「ぼくは、や、やらな——」
「はい、セット完了」
ぼくの手首にデバイスを勝手に装着される。
「ちょっと!」
「こうして、と。よしカウントスタート」
蝶子さんはぼくの手首に装着されたデバイスを操作し、同意なしに準備完了にさせる。
カウントが始まった。10、9、8……。
「さあ、楽しもうねー」
蝶子さんは拳をつくり、指を鳴らす。
「あ、ああ……!」
ぼくは後ずさりをし、そのまま逃げた。
オフライン対戦はお互いが一定の距離にいないと試合が始まらない。走って逃げながらデバイスを外すしか。
「どこ行くの?」
蝶子さんが背後からぼくの腰に両腕を回す。身動きができない。
カウントダウンが止まる。プレイヤー同士の距離が近すぎて安全が確保できていない判定になって一時停止した。
「な、何のつもりですか!?」
「さっきから言ってるじゃん。ハレルと戦いたいの」
何が楽しいか、蝶子さんは上機嫌だった。
名乗りたくない。でも、この状況で抗ってもしょうがないのか?
「ハレルー? 無視は嫌いだって言ったと思うけどー?」
ぼくの腰に回った蝶子さんの両腕が強くなる。体格ならぼくのほうが大きい。振りほどけるはずだ。でもびくともしなかった。
「どうしてそこまで、ぼくと戦いたいんですか?」
「さっき遠目でハレルの戦う姿を見てたよ。動きに切れがあって、センスを感じたの! 技の出し方がまだぎこちなさそうだけど、頭を使って戦えるハレルなら、すぐ上手くなるよ!」
「それは、どうも」
気づいていなかったが、どうやらぼくを見ていたらしい。センスがあると褒められるのは嬉しい。しかし、それと今の状況はどうにも結びつかない。理由はわかっても、抱きしめられて拘束される覚えはない。
「ウソじゃないよ? アタシ、いろんな人と戦っていくうちにわかるの。この人はセンスがあって、この人はないって。だから自信持って! アタシのお墨付き!」
「自信? それを今、へし折ろうとしてませんか?」
「えー? 違うよ! アタシがハレルをもっと強くしてあげるの」
「…………」
この人は自分自身の考え方になんの迷いもない。昔のぼくもこんな感じだとしたら凹むな。
「そろそろ再開しよっか」
蝶子さんがぼくから腕を離す。カウントダウンが進み始める。
3、2、1、0。
蝶子さんが指を鳴らす。すると、姿が変わった。
女性のキャラクターが立っていた。複合現実の技術を使い、蝶子さんと3DCGのモデルが重なり、ぼくの瞳には変身したように見えた。
キャラクターは全身に刺青が入り、蛇が描かれている。青白く光沢し、エネルギーを放っている。顔は蝶子さんに似ていたが、狂気じみた三白眼と裂けたような口は、恐怖を感じさせた。
「戦おう! ハレル!」
笑みを浮かべて、走ってくる。本能が囁いた。
「やらないよ!」
声を荒げながら、ぼくは全力疾走で逃げた。
夜の河川敷から、最悪のゲームが始まった。




