偵察
翌朝、ユウトは寝ているところをサクラに起こされた。
「あっ!」
意識せずに寝てしまっていたことに気づいて、ユウトは謝った。
「大丈夫です。ユウト様が寝てしまったのには、すぐ気づきました。その分は私が見張っていましたから」
「分担しようなどと言っておきながら、サクラにほとんど見張りを任せてしまった。本当にすまない」
「夜は強いので問題ありません」
そう言いながら、サクラはあくびをしていた。
「それよりユウト様、すぐに出発するので準備をしてください。昨日話した通り、ゴブリンが支配している街の偵察を行います。外からなので人質の様子までは分からないと思いますが、ある程度は予想がつくのではないかと」
二人は小屋を出ると、それぞれ多足虫に乗った。
そしてルコール地方の中心的な街であるアボンへと向う。
アボンの街は、北の山から見下ろせるが、北の山はそれこそ元々ゴブリンのものだ。
二人は街のはずれにある監視塔に登り、そこから偵察する予定だった。
アボンの街が近づいてくると、街道を歩くゴブリンを見かけることが多くなった。
サクラはアボンの街の手前の森で多足虫を止めた。
「ここからは歩いていきましょう」
二人は多足虫を間を開けて木に括りつけると、森の中を歩き始めた。
「通りには、かなりゴブリンがいるな」
「ニングットの情報を信じるなら、ゴブリン達は監視塔を利用していません」
二人はタイミングを見計らって、監視塔の入り口に飛び込んだ。
周囲を見るが、ゴブリンに見つかってはいないかった。
「急ぎましょう」
サクラはさっさと監視塔の中を登っていく。
中は狭い螺旋階段になっていて、下から全体を見通すことができない。
逆に下から、ゴブリンが上がって来ても分からないから、螺旋を曲がった時、突然鉢合わせることになる。
サクラが最上部に着くと、体を低くした。
ユウトも体を屈めて、サクラの横に移動した。
サクラは望遠鏡を取り出して、アボンの街を偵察し始めた。
しばらく見た後、サクラが言った。
「ユウト様もご覧になりますか?」
「俺はこの通り、グラスがあるので、望遠鏡をうまく覗けない。状況を共有するため、簡単に状況を説明してくれ」
サクラはアボンの街の様子を説明する。
街のひらけた場所には、ほぼ大きな土塊が積み上がっていて、そこに開いた穴からゴブリンたちが、出入りしている。
あるいは、建物の入り口にだけ茶色の土を盛り、一見土塊に入るようにして人の建物を使っている場合もあった。
「土塊はゴブリンの巣です。肉眼でも見えますよ」
少し頭を上げ、ユウトは街を見てみる。
人の街には見られない、黄土色をした奇妙な小山が出来ていてそこにゴブリンが出入りしている。
「彼らの建築様式なのです。ゴブリンの首都ダウンチューブはあんな色の建物がたくさんあります。城も基本系はあの形です」
「詳しいな」
「ゴブリンの生態をまとめた本が、ユウト様の城の図書室にあります」
ハヅキだけでなく、サクラも城の図書室に来ていたと言うのか。
俺ももっと書物を読み、勉強をするべきだ。
ユウトはそう思った。
「それにしても人の気配すらないな」
「ニングットが言っていたことと考え合わせると、人は『人の建物』に押し込めているのかも知れませんね」
「もしそうなら、あの入り口だけ土塊を盛っているいる建物だろう」
外からは全く中の様子が分からない。完全に推測になってしまう。
「街に近づくことは出来ないのか」
「二人でやれるのはここが限界です」
強い口調で否定された。
「そ、そうだな」
二人はしばらく入り口にだけ土が盛ってある建物の様子を眺めていたが、一向に変化がないため、このまま監視塔を降りて偵察を終えることにした。
ユウトが先に立ち、螺旋階段を降りていく。
もし下から来たゴブリンと鉢合わせしたら、と考えてユウトは剣を抜いていた。
最下部までゴブリンと出会わず、ユウトは一旦剣を収めた。
「こっちにゴブリンはいない」
「こちらもいません」
二人は周囲を確認すると、近くの物陰まで走った。
そして今度は多足虫を繋いでいる森へと入っていく。
森の中を歩いていると、急にサクラが止まってしゃがみ込んだ。
「!」
「どうした!」
ユウトはサクラの手で口を塞がれた。
そのまま巻き込まれるように倒れ込んだ。
「(静かに)」
小さい声でそう言った。
ユウトはなぜ隠れねばならないのか、周囲を確認する。
「(あれか)」
ユウトは指をさし、小さい声で言う。
その先には、体格の良いゴブリンが『用を足している』ところだった。
桶から水をこぼしているような、大きな音を立てている。
「(ゴブリンとは体格に見合わず、馬並みのモノをもっているのだな)」
「や、やめてください!」
「(おい、大きい声は)」
ゴブリンが、身を潜めているユウトたちの方を覗き見ている。
「(気が付かれたか?)」
「(ユウト様が変なことを言うからですよ!)」
顔を真っ赤にしたサクラが興奮気味に、そう言った。
「(ゴブリンの『モノ』は初めてみるのだから仕方ないだろう)」
「(私も『あんなもの』初めて見ました)」
「(嬉しそうだな)」
「(そ、その発言! セクハラで訴えますよ!)」
「!」
ユウトは用を足していたゴブリンがいないことに気づいた。
同時にサクラも、ゴブリンがいないことに気づくと、周囲を素早く見回す。
「あそこ! 回り込んでくる!」
サクラは立ち上がり、走った。
ユウトも立ち上がり、サクラを追った。
「早く多足虫に乗って逃げないと!」
ゴブリンの体格や走り見ても、多足虫のスピードにはついてこれないことは明白だった。
ただ、綱を外す時間、乗るまでの時間を保てるかが問題だった。
サクラは走り疲れてきて、ユウトに追いつかれていた。
「ユウト様だけでも乗って逃げてください!」
「ダメだ、君がいないと人質を救えない!」
ユウトはサクラの腕を引っ張った。
「諦めちゃダメだ」
多足虫が見えた。
ユウトは加速して、サクラを置き去りにした。
「ゴブリンは俺が引きつける」
先に多足虫に乗り込むと、片手で綱を握り剣を抜いた。
多足虫を転回してゴブリンに向かわせる。
ユウトが戻ってくるのを見て、ゴブリンは腰の円月刀を抜いた。
「ユウト様! 右にも敵!」
サクラの声に気づき、ユウトは綱を操作して多足虫を左旋回させる。
「乗り込んだか!?」
「はい!」
旋回が終わるとユウトは剣を収め、綱を振って加速を指示した。
後ろのゴブリンは呼び掛けあって、数が増えてきたが、多足虫のスピードにはついてこれなかった。
横から飛びでてくるゴブリンもいなくなり、二人は顔を見合わせ頷きあった。
ルコール地方を抜けると二人は森を出て、整備した道を通るように進路を変えた。
ユウトは多足虫に乗り進む、サクラの様子が変なことに気づいた。
監視塔近くで多足虫に負荷を掛けた乗り方をした為、今、進むスピードはかなり遅くなっていたのだが、サクラが再びスピードを上げていたのだ。
「どうしたサクラ? 何を急いでいる」
答えはない。
ユウトはサクラの多足虫に追いつく為、加速した。
横に並ぶと、状況が見えてきた。
サクラは多足虫の上に立ったまま『寝ている』のだ。
昨日感じた、彼女の『熱』。
それに加えて、一晩まともに寝れていないのだ。
彼女は意識のないまま、綱の制御が乱れ、多足虫が加速している。
「サクラ! 起きるんだ!」
何度呼びかけても、反応もなく起きる様子がない。
ギリギリ立っているが、少し道が悪くなれば倒れてしまう。
このスピードで多足虫から落ちれば、命に関わる。
ユウトは昨日の晩、耐えきれず寝てしまった自分の責任だと考えた。
走行している多足虫から多足虫へ、飛び移るしかない。
どれくらい後ろに流されるか、予想し、サクラの多足虫より前にでた。
そして思い切り飛び出した。
着地先が悪く、寝ているサクラに当たって弾き飛ばしてしまったら、元も子もない。
サクラのすぐ後ろに飛び移るつもりだった。
「まずい!」
思ったより流されている。
ユウトは多足虫の長い体の、最後部に着地してしまった。
高速で走り、グラグラと動く多足虫の『節』の上を落ちぬよう進まねばならない。
気味の悪さと、節の丸みで、何度もずり落ちそうになる。
ユウトはサクラが落ちないことを祈りながら、精一杯の速度で頭側にある木の板に乗った。
「サクラ!?」
力尽きたように倒れ込んでくるサクラを抱き留め、同時に彼女の手からこぼれ落ちていく綱を掴んだ。
綱を少しずつ引き、スピードを落としていく。
その横を、ユウトが乗っていた多足虫が追い越して行った。




