第06話 散歩
一、目が覚める。
二、起き上がる。
三、辺りを見る。
四、シトルフがいる。
「夢じゃなかった」
「はい」
「夢じゃなかった」
「はい」
二度言ってみたが、そこにある現実は変わらなかったし、同じ反応が二度返ってきた。エーアイみたいだ。
うわあ、マジなのかあ。夢じゃなかったのかあ。
「俺のあの荒んだ社会人生活だったからこそ、この現状に対してそこまで大きな文句は言ってないけどさ、もしも俺がすっげー幸せな生活を送ってて、『んなこと知るか! もとのあの世界にさっさと帰せ!』って叫んだら、そしたどうしたんだ?」
「私にはどうしようもありませんが……失礼なことを承知で言いますが、そういう意味でも『適切な人』だったんじゃないですか?」
確かに失礼だったが、納得。
なるほど。神は然るべき人間を選んだわけか。こんなところに飛ばされても帰りたがらない人を……。
本当にそんなことを考えれる人間というのも一握りなのだろう。そこまで多くはなさそうだ。そして俺は、その一握りに入ってしまった。
「あの……」
と、ボーっと考える俺に、何故か赤い顔で切り出す彼女。
「外、歩きませんか?」
おずおずとそう提案するシトルフ。まさかの、散歩のお誘い。
「もうお身体は大丈夫なのですよね?」
「あ、ああ。そうだな、うん、いい提案だ。いい提案だ。歩こう」
本当にいい提案だと思った。何が何だか分かんねえ時は、気晴らしもかねて身体を動かそう。……ただの散歩だが。
ベッドの上でボーっとしているよりはマシだろう。このままでは脳が沸騰してしまいそうだし。
そんなこんなで、二人並んで、大草原の上で、青空の下で、爽やかな風の中で、現在散歩中。
景色はやはり、俺がさっきまで(無意識状態が長すぎて、もはや時間の感覚がズタズタだ。さっきと言えるほど、さっきじゃないかもしれない)見ていたものとまったく変わらない。
緑と青。その境界線を進んでいるであろう、俺たち。ハジメ、および、シトルフ。
「あら、それは何ですか?」
「ん、これか? これはな、腕時計っていうんだ。時間の流れが分かる魔法の道具だ」
「あら、本当ですか?」
「まあ、その『世界間の移動』ってやつが原因なのか、壊れちまった。今じゃただのアクセサリーだ。……そんな顔するなよ。あんたが何か悪いことをしたわけでもないんだしさ」
文明を滅ぼした人間だが。
しかしそれにしたって、本人の意思は無関係なのだし。やっぱり悪いことなんかしていない。
むしろかわいそうなやつだ。さっきはサラリと言ってのけたが、こいつ、一つの文明の滅亡を目の当たりにしてるんだよな……。
それは心苦しいなんて表現では追いつないほど、痛ましいことだろう。
「すみません、何か……」
「いいよ」
「……ありがとうございます」
「……なあ」
「はい?」
空咳を一つ、俺は交える。
「……『あ、それに、今更になっちゃいますけど、敬語も不要ですよ』」
「あ……うん」
とりあえずこれで、少しは二人散歩がしやすくなったかもしれない。




