第07話 コウモリ
家の周りをぐるりと一周、一通り気分が晴れるまで歩いた、その帰り道。
何かに遭遇した。
何か。
「何アレ」
でかいコウモリみたいなのが、日も暮れて来た空の中、地上から十メートルくらいのところを、悠々と飛んでいた。体長にしておよそ一メートルか。こちらにはまだ気付いていないらしく、背を向けてフワフワと、どこへ向かうでもなく飛んでいる。
コウモリ(なのかどうかも分からないが)って、洞窟とか住んでるものなんじゃなかったけ。こんな何もないような場所にいるもんなのか?
「あ、あれはね」
と、どうもアレについて知っているらしいシトルフは解説を始める。
「……何だったかしら」
俺の早とちりだった。
知らないんかい。
「あ、そうそう、思い出した」
良かった、早とちりじゃなかった。思い出してくれた。
「コウモリの一種ですね」
「え、やっぱりコウモリなの?」
「そうよ。コウモリ、知ってた?」
知ってた。けど、知らない。
俺の知ってるコウモリは、あんなにでかくない。
……ふと、あの言葉を思い出した。『おそらく、神の取り計らいでしょう。言葉を合わせてくれたのでしょうね。』
言葉を合わせるというのは、日常的に使う言葉だけではなく、生き物の名前とかも合わさっているということなのか。
何だろう、遺伝子的に近いのだろうか、あの生き物と、俺の知るコウモリは。ならば納得できる。
大きさは違えど、似てるし。
「そもそも、他に生き物がいたんだな。さっきの話からして勝手に、この世界の全生命が滅んじまったのかと勘違いしてたな」
「あ、でも、確かにこの世界にもとからいた生き物もわずかながら生存してるけど、あの子は違うと思うよ」
え、違う?
じゃあ、あのコウモリみたいなやつ(一々言うの面倒だから、次からは普通にコウモリと呼ぼう)も、別の世界から来たってのか?
まさかの俺と同じ境遇?
「んー、そうじゃなくて、自然に流れ着いたんで……の」
ため口に慣れていないところが異常に可愛い点はさて置いて、そんなことが有り得るのか。他の世界から自然と流れ着く……。にしたって、親近感はわいてくるが。
「うん」
「じゃあ、人間も、そういうことは有り得る?」
「……よく分かんない」
「分かんないんかい」
おいおい、そこまで教えておいて、ほっぽり出してくれるなよ。
「前例は聞いたことはないけど、有り得るのかな」
「ありそうだけどな」
何も根拠はないが。
コウモリは依然として、同じところを飛んでいる。右へ行ったかと思えば左へ行き、降りて来るかと思えば上がって行った。あのコウモリ自身は、自分が別の世界から流れ着いた生き物だということに気が付いていなさそうだ。
……とか考えていると、こちらに気が付いた。
コウモリはそれまでのデタラメ飛行を止め、真っ直ぐにこちらへ向かってきた。
俺の遠目の目測は正しく、体長は一メートルほどであった。
それが直線でこっちく飛んで来るのだから、その迫力といったらなかった。
「おい、あいつ、こっち来るぞ」
「まあ、そこまで凶暴でもないですし」
『そこまで凶暴じゃない』という表現に凶暴性を感じた。
じゃあ、どれくらい凶暴なんだよ。血でも吸われそうになったら、俺はお前を置いて逃げるぞ。
脇目も振らず。
「キャッ、キャッ」
コウモリから発せられたそれは、そいつの鳴き声だろうか。少なくともその鳴き声からは、凶暴さは感じられない。……あの世界のコウモリの鳴き声を俺は知らなかったので、そこに関する差分は分からなかった。
単なる想像だが、俺が知ってる方のコウモリは、こんな鳴き声ではない気がしている。
「あ、ほら、いい子です……だよ。ほら、撫でたら喜びます……喜んでる」
たどたどしい。
『敬語別にいいっすよ』の提案をしたのがむしろ悪かったかなと感じ始めている点はさて置いて、目の前の一メートルコウモリが喜んでいる様は、不気味と可愛げの両方を兼ね備えていた。
ライオンが可愛いしぐさをしている、的なギャップがあった。
左右の翼でホバリングを続けながら、コウモリは彼女の撫でを受けている。ホバリングができるって、中々器用なやつのかもしれない。
「ちょっと俺にも撫でさせてくれよ」
と、俺が右手を差し出した。
差し出した、その瞬間に、事件は起きた。
事件が起きた。
事件です。
コウモリに右手を嚙まれる事件、です。
「いいいってええええええ⁉!⁉?⁉」
一瞬のことだったというのもあって、その時何が起きたのかを、俺はすぐには認識できなかった。
「あ、こらっ、駄目でしょ、噛んじゃ」
「キャッ、キャッ」
ようやくその口から(チラリとだが、真っ白い鋭いキバが見えた)手が解放された時、俺は目にしてしまった。
見事に開放骨折していた、俺の右手を。
解放からの、開放骨折。指の骨が、本来収まっているべき位置に収まっていなかった。
「う……ガクッ」
「あっ、ちょ……」
直後に彼女が魔法で治してくれたので、大事には至らなかったものの、俺は動物のことが、少しと言わず嫌いになった。
コウモリは特に。




