【十四章】新たな殺戮者、邪業の狼 2
【削除のお知らせ】
クロス・ガーディアンを読んで下さっている皆様にお知らせです。
この度、読みづらいということと、ラストがグダグダしているという理由で、クロスを削除することにしました。
8月10日より、毎日一話ずつ削除をしていく予定です。
リメイク版のアップ予定は今のところ未定ですが、なるべく努力はしたいと思います。
ではでは、いつかまた会いましょう(´艸`)
有澤透真
翌日の早朝、
頭痛を齎すような悪い兆しが、電話を介して情報屋から届けられた。
現実逃避を誘発し、王の声までも絶え絶えにさせた、衝撃。
黒豹、ファラオ、そして狼以外の通り名を持つ殺し屋が――
全滅した。
まるで、メインディッシュを最後に取っておいたような、狼の食い荒らし。
それは、ただ二人残された通り名つきの殺し屋に、ある思いを焦げ付かせる。
邪神は、彼等のすぐ傍に、もっと奥まで特定するならば、誰かの中で息を潜めているのではないかと。
要は突然、前触れさえ感じさせずに、三人を部屋に置いて一人、祐也に会いに行くと決めた。
その動きが示す真意に、力と姫は、まだ気付いていない。
たった一人、見夜都だけは隠された本当の目的を察した。
しかし、止めもしないで閉口している。
要が買って出なければ、自分も同じ行動を取っていた、という心の表れだった。
いつものようにサングラスを胸ポケットにかける要に、王は憂いを込め、警鐘を促す。
「……手抜かりはするなよ」
百も承知だと言いたげに、険しい顔で銃のマガジンを引き抜いて、残弾を確認する要。
仲間である祐也が『邪業の狼』でないことを、今はただ、強く祈りたい。
しかし、現実とは祈るだけで容易く変えられないものだということも、彼は重々分かっている。
「じゃあな」
玄関を開けて朝もやに溶け込む要の背中。
それが残すものは、『さよなら』だけ。
帰って来れる保障はない……と、心で呟いていた彼には、戻ることを約束する『行って来ます』が言えなかった。
勘の冴える鮮血の眼には、『邪業の狼』の姿が名前を断言できる程にハッキリと見えている。
ただ、認めたくなかっただけだった。
(祐也……!)
要が祐也のもとへ向かうのは、殺しをやめろと説得する為でも、彼が狼ではないという証拠を掴む為でもない。
『本来の祐也』が願っているであろう望みを、叶える為だ。
もう一つの言い方をすれば、悪役を演じてまで仲間を殺し、手を黒く染める為。
シヴァを腰に挿し、殺意を鎮めた鮮血の黒豹は、彼の愛車、イリュージョンに乗り込む。
ドアを閉め、エンジンを掛けようとしたその右手が、ふっ、と動きを静止した。
不本意にキーケースを揺らすその眼にいつしか滲んだ、死に臨む、寂しさと切なさとやり切れなさ。
最初の戦場では、死ぬことなんて厭わずに復讐心だけをたぎらせていた彼は、迫る「死」を今、まさに、初めて痛感していた。
「……お前のこと、いっつも血染めにしちまったから買い手なんか付かねえよな。悪かったな、思いやりがない主人でよ……」
最後を惜しむかのように、ハンドルに触れる大きな手。
その脳裏は、大阪に残したままの母や弟達を思い起こしていた。
誰より仲間思いで、誰より家族思いな優しい彼が、敵討ちの為に殺し屋になったことを、親兄弟は知らない。
今日まで嘘をつき通してしまったことを、半分、不可抗力だと思いつつも心の内側で詫び、強盗に殺された亡き父と妹には仰ぎながら呟いた。
「……俺が死んでも、まだ迎えはいらないからな。暫くは、こっちにいる奴らを見守ってやんないと。……ヨチヨチしてて危なっかしいんだよ、あいつら」
儚く嘲笑った口から出たその言葉は、死んだ人間に宛てた遺言のようだと、言った本人すら感じていた。
もうやり残したことも、言い残したことも何一つ無い。
腹を据えた要は、鍵を捻り、エンジンをかけた。
マフラーが轟々と耳障りな音を立てて、振動が車内を震わす中で、ふと、視野が窓の外を僅かに捉える。
そして、
力の赤い車の隣にあるべきものが忽然と消失していることに、気づいてしまった。
「……?!」
食い入るように外を見て、眉を寄せるその表情が震撼に凍りつく。
無い……!
停めてあるはずの、祐也のスラストが!
「嘘だろ……! 鍵は俺様が預かってる筈なのに!」
つい、他に誰もいない車内で、声は動揺を張り上げてしまった。
イリュージョンの鍵にぶら下がる、英字が並んだデザインのキーケースには、スラストの鍵もしっかりと繋がれている。
ならば、可能性はあと一つ。
「……部屋に置いてたスペアを持ち出しやがったのか! いつの間にそんなこと……!」
要が不安に取り乱した、
その時、
重量感のあるギターの着信音がいきなり鳴りだして、張り詰めた神経を引っ掻いた。
車に乗り込んだ時にホルダーに掛けた要の携帯が、光を浮かばせて彼を呼んでいる。
畳まれた携帯のフロントに紫のライトで刻まれたのは、『病院』の二文字。
要は、電話に出もせずに電源を断った。
電話口で語られる内容など、既に感づいている。
この差し迫った状況で、意味もなく時間を失うことが馬鹿げているように思えていた。
とっさに彼は車内を脱し、仲間に危険を知らせるべく地を蹴る。
しかし、
疾走する要の真っ正面から、
突如、
死神の影は猛進し、襲いかかってきた。
驚きに足を突っ張り、怯んだ鮮血の眼がすぐ目前に認識したのは、懐に飛び込み、腕を振り上げる、
黒い狼。
その青白い手には、殺意に光るナイフが強く握られている。
既に避けられない至近距離、……例えば、彼が今、振り翳している曲げた両腕を伸ばしてしまえば、『到達』に至る位置にまで、彼は踏み込んでいた。
――殺られる!!
直感がそう叫んでいるのに、要の右手は身動き一つ取れない。
余りに速すぎる接近と、祐也への僅かな情に絆され、指が硬直したまま竦んでいる。
だが、意識のしないところで、悪足掻きのように体だけは攻撃を避けようとしていた。
防御体勢を取りかけて、斜めに脚を踏ん張った要の胸に、
無情にも、天に翳されたナイフが、
――ドスッ!!
と、虚しい程に、何の躊躇いもなく、
振り下ろされる。
「――ぐアアアァァッ!!」
一思いに、真っ赤な血飛沫を飛び散らせる紫色の、笑った瞳。
返り血を浴びた口元は、かつての仲間に残忍さを吐く。
「死ね、黒豹」
ナイフは一直線に、人間の急所である、心臓へ、
突き刺さっていた。
物凄いの絶叫を耳に入れた力、姫、見夜都の三人が、部屋から飛び出して来るのにかかった時間は至極、短い。
一番先に血溜まりの中に横たわる彼のもとへ辿り着いた力は、夥しい紅の惨劇に、思わず呼吸を引っ込めた。
急激に要の状態を受け止めた心臓が、パニックを起こして悲鳴を上げている。
「――要ッ!!」
大量の血に染まった要の胸には、突き刺さったままの鋭いナイフ。
本来、確実にトドメを刺すならば、血の流出を抑えているナイフは抜かなくてはならない。
姿の無い犯人は、力達が間を置かずに駆けつけたせいで、これを抜けなかったんだろう。
「要ッ! おいっ! 要ッ!!」
力に名前を叫ばれている彼は、多量の出血によって薄れゆく意識の中で、最後の力を使って唇を動かす。
声が、出ない。
しかし、
見夜都にも、姫にも、そして力にも、彼が何を警告しているのかが、真っ直ぐに伝わった。
『祐也に近寄るな』
それから時間を挟まず、
要は、
彼の鮮血の中で、
全ての反応を、失った。
――……俺が死んでも、まだ迎えはいらないからな。




