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Episode1-1  僕の弟は卵から生まれた

前に書いていた小説をリメイクしようと思ったら、大幅に設定が変わってしまったシロモノです。ゆえに、登場人物は割と同じですがストーリーはまったくの別物になりました。

 ――ドラゴン。

 大空を滑空する大きなツバサ。あらゆるものを切り裂く鋭い爪。どっしりと悠然にかまえた巨躯に、体を覆うごつごつとした鱗。鉄だって噛み千切りそうな牙をむき出しにして、炎を吐く姿はまさに天空の王者にふさわしい。

 ある時は英雄(ヒーロー)たちの前に立ちふさがり、ある時は勇者を背に乗せて飛翔する。

 なんてカッコイイんだろう。

 僕はお気に入りのファンダジー映画を見ながら、うっとりとため息を吐いた。正直ストーリーはベタだし、俳優の演技はイマイチ。でも、この映画の素晴らしいところは、登場するドラゴンがカッコいいことだ。

 強者の風格をかもし出しながら、すらりと長い首を伸ばして主人公を見下ろす。その眼には高い知性が宿っている。製作者の中に僕みたいなドラゴン好きがいたのか、明らかにこのシーンだけ気合の入り方が違った。

 何百回と繰り返し見たシーンなのに、僕はまた見知ってしまう。

 ドラゴンが主人公に知恵を授け、伝説の剣を渡す。ダークなドラゴンも素敵だが、優しいドラゴンも大好きだ。

 僕の珠玉のコレクションの中でも一押し。細部にまでこだわったフォルムと、ドラゴンの雄大さを引き立たせるBGM。

 あっという間に至福の時間は終わりを告げ、テレビ画面にはスタッフロールが流れていた。


「はふう……やっぱりドラゴンはイイ……」


 リビングのソファーにもたれ掛って余韻に浸っていると、玄関の方から物音がした。父さんが帰ってきたのだろう。

 僕はソファーから立ち上がると、玄関の方に足を向けた。そこそこの広さのアパートに父さんと二人暮らしの僕は、「おかえりなさい」を言うために毎日父さんを出迎えることにしている。母さんが病気で亡くなってからの、二人きりになった僕たちの暗黙のルールだった。


「おかえりなさい」


 僕が声をかけると、「たたいま」と返事が聞こえる。スーツに身を包んだ父さんが、ちょうど靴を脱いでいるところだった。いつもは鞄一つしか持っていないのに、今日は何だか大きな荷物を抱えていた。

 風呂敷に包まれた楕円形の物。今の季節を考えると、仕事場でスイカでも貰って来たのかもしれない。


「父さん。それ、どうしたの?」

「ん? ああ……これはな、とっても大事なモノなんだ。じいちゃんの家に預けてたんだが、ほら、最近じいちゃん腰悪くしただろ? だから家に持って来たんだ」

「大事なモノ?」


 僕は首を傾げる。

 確かにじいちゃんは一週間ほど前、ぎっくり腰で倒れた。幸い大したことはなかったんだけど、しばらくは叔母さんちに世話になることにしたみたいだ。

 ちなみにじいちゃんは母方の祖父ってやつで、父さんの実家は日本にはない。イギリスだったかフランスだったか、そのあたりだって聞いた。だから僕は父方の祖父母にはあったことがない。

 察しがついたと思うけど、僕はハーフだ。父さんは綺麗な金髪碧眼で、母さんは黒髪黒目。髪の色と目の色は母さんゆずりなんだけど、顔だちは外国人な父さんにそっくりだと言われる。おかげで小学生の頃はよくからかわれたものだ。

 まあ、単なる余談だ。

 父さんから風呂敷ごと荷物を受け取ると、予想以上に重くてびっくりした。ずっしりとした重量感に、中身は何なのかすごく気になる。だいたいスイカくらいの大きさだ。ほのかに温かくて、抱いているとなんだか落ち着く。


「ヤト、お前に大事な話があるんだ」


 いつになく真剣なまなざしで、父さんは僕の目をまっすぐに見つめた。反射的に僕が頷くと、父さんはいつものほにゃっとした笑顔に戻る。


「そうか、じゃあ先にご飯を食べよう」

「今日はハンバーグだよ」


 けっこう肉食な父さんは「それは楽しみだ」と言ってテーブルに着いた。



 遅めの夕食を食べた後、僕は父さんの部屋に呼ばれた。

 父さんの部屋はいつになく散らかっていた。意外にオカルト趣味な父さんは、怪しげな本を何冊か持っている。その他にも古くて読めない本がたくさんあって、それらが床に無造作に積み上げられていた。

 たまに僕が掃除してあげるけど、いつかも経てば元に戻ってしまう。

 散らかっている本たちを横に退けてスペースを作り、父さんの前に座った。持ち帰った風呂敷は、僕と父さんの間に置かれている。

 僕が話を促すと、父さんは少し迷っておもむろに口を開いた。


「その、な。これから父さんは突拍子もないことを言うけど、真剣に聞いてほしい」

「何言ってるんだよ。突拍子もないこと言うのはいつものことじゃないか。父さん、自分の酒癖自覚してなかったの?」


 僕の切り返しに、父さんはぐっと言葉に詰まった。

 父さんは酒に酔うといつも変なことを言うのだ。自分はとある国の王子だったとか、反乱が起きてこの国に逃がされたんだとか。それが事実なら世界的なニュースになっていてもおかしくないし、監視や護衛の一人もいないのは逆に不自然だ。

 だからまあ、僕は聞き流していたんだけど。

 ちょっと気まずげな顔になった父さんは、ゴホンとわざとらしい咳をして、キリッとした表情に戻った。


「父さんの酒癖は関係ないんだ。……とりあえずこれを見ろ」


 父さんが荷物に巻かれていた風呂敷をとった。てっきり壺か何かだろうと思っていた僕は、中から出てきたソレを見て大声を上げそうになった。すんでのところで悲鳴を呑みこんだ僕は、まじまじとその物体を覗きこむ。

 ソレは柔らかい綿を敷きつめた籠の中に入っていた。下膨れの楕円形、つるりとした滑らかな肌ざわり。汚れ一つない真っ白なそれは、こんな、スイカほどの大きさでなければ、毎日冷蔵庫で見ているものにそっくりだ。


「……これは、卵?」

「ああ、そうだ」

「え? マジで? こんな大きな卵を産む動物っていたっけ?」

「これは単なる動物の卵じゃない」

「じゃあ何の卵なのさ」


 恐る恐る卵に触れると、さっきも感じたようにほんのりと温かい。確かに生きている。卵の中で眠っているやつの鼓動が、手のひらから伝わってくる。


「これはな、ドラゴンの卵。――――――お前の、弟だ」


 あまりにも衝撃的すぎる告白だった。



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