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44 それって無理難題です

 午後の仕事はなんだか身が入らなくて、パソコンの前でボーっとしてることが多くなった。

 別に僕がどうにかできる話ではないんだろうな、だから僕には話が見えないんだよな、そう思って、でも今夜付き合ってといわれたんだから、今夜もしかしたらその話をきちんと聞けるのかも、と思うとそんなに焦らなくてもいいじゃんと思うんだけれど、なんでだろう、さっきの横顔が気になって仕方がない。

 どうしても追いつけないと見せ付けられたような、強い意志というか。

 それが単純に僕の経験不足というものだとは、全然思いもしないでただその横顔が僕を不安にさせているんだということしか頭に浮かばなかった。

 いけない、仕事中だ。

 だよな、いけないいけないと思って、午前中に最終確認した新規出店の企画書をグラフを使って見やすくまとめようとしていた時、企画室に普段は顔を見せない姿が入ってきた。

「あれは・・・」

 商品部の高野部長と、販売部の香西部長だ。香西部長のほうはここが販売部の一部だからなんとなくわかるとして、なんで高野部長まで、と思っていると、すぐ後ろから中山取締役が続いてきた。

「梶原君」

 香西部長が主任を呼んだ。そういえば企画課課長はなにやってるんだと目をやると、すでに3人の傍まで行ってなにやら言葉を交わしている。いったいなんだろうな、と気になったのは僕だけじゃなくて、佐々木先輩や美奈ちゃんまで手を止めて企画室入り口に釘付けになった。

 と思ってたんだけど、

「やっぱりかっこいい」

 へ?と思って見上げると、美奈ちゃんがその3人の登場に目をキラキラさせて、胸のところで手まで組んでうっとりとつぶやいていた。

「え、っと誰が?」

「えぇとぉ、高野部長ぉ」

 周りに気付かれないように小声で聞くと、くねっ、と腰をひねって商品部部長の名前を挙げた。この3人、高野、香西、中山と言えば『ラウドネス』始動時からの強力ブレインで、中山取締役の脇をしっかりと固めていたのがこの二人だといっても過言じゃない。それに、若い視点と機動性と言うのを重視する取締役の方針の所為で、大掛かりな新規プロジェクトの時には必ずこの3人が先頭になって新人を多用して動く、と言うのもウチの会社の特色だ。

 え、てことは。

 まさかこの時期に新規プロジェクト開始、とか。

 でもな、そんな大事なこと企画室の入り口で立ち話する訳ないか。

 と自分の発想をまさかなぁと疑いながら、美奈ちゃんがかっこいいと絶賛した高野部長に目をやった。

 元々紳士服が専門だったウチの会社の、一番の主軸であるイタリアンテイストのスーツがばっちり映える体型、背が高くて肩幅が広くて、こんなところにいるよりもスタジオでグラビア撮影していたほうがよっぽど似合いだと思うハッキリした顔立ち。普通の人が着たら、たぶん 『礼服?』 と思うような濃いブルーのスーツは、ランダムに入ったシャドーストライプが腕を動かすたびにキラリと光る。タイトめなシルエットに位置の高いウエストライン、フロントは三つボタンで小さめなデルタゾーンには淡いピンクのネクタイが見える。

 対する香西部長は販売と言う 『営業職』 だからだろうか、カジュアルライン 『ラウドネス・スポーツ』 の深い臙脂のジャケットに、ところどころにオレンジの効いたチェックのシャツを合わせていて、快活そうな表情をよりくっきりと浮き出させていた。上から下まで『ラウドネス』で決めているのは見習いたいところだが、それもいかにもスポーツマンです、と言った風貌の香西部長だから出来ることで、僕はあんな格好したらまず学生に間違えられるよな、と思ってしまう。

 身長は高野部長が一番高い、次が取締役で香西部長は僕とあんまり変わらないくらいか。

 しかしこうやって並んでいると、ホントこの3人が雑誌のモデルで出てくれたほうが売上伸びるんじゃないかと思うくらい、ウチの洋服がよく似合うよなぁ。

 美奈ちゃんが言うとおり、かっこいいよね、と思うその中でも、全然見劣りしない主任の後姿にほう、と溜め息をついていると、

「日浦」

 ちょっと来て、と声がかかった。

「はい」

 なんだろ、と訝しそうに首を傾げた美奈ちゃんに見送られながら、僕はその輪の中に入っていった。



「これ、目を通しておいてくれ」

 そう言って取締役が差し出したのは、優に3センチはあろうかという分厚いファイルの束。間に写真が挟まっているらしくって、結構重さもある。

「明日朝からこの件について会議をするから、それまでに気が付いたことまとめといて」

「は?」

 あのー。

 いったい何事?と思って隣に立つ主任を伺うと、なんだか相当難しい顔をして同じようなファイルの束を睨んでいた。

 すると、

「『マーガン』の姉ブランドを立ち上げることになったから、その戦略企画を君たちにお願いしようかと思って」

 高野部長が、柔らかな声色で言う。

 次いで、

「春の新規出店、新潟のラベール万代だったか、あそこに全国に先駆けて食い込もうと思ってな」

 はきはきと滑舌よく、香西部長が言う。

「え?」

 さっきまとめていた新規出店の企画書、それがラベール万代のものだったけれど。

 それに、それってもう最終決定の 『まとめ』 にはいってる話なんですけど。

「・・・うそぉ」

 主任の難しい顔がよくわかった。

 無理難題、そうとしか言いようのないことがいきなり降って湧いてきたんだった。


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