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最終話「ただいま」その後のその後

連載終了時、「書庫の鍵」で掲載したものの転載です。

「おい、お前の冷蔵庫。ビールしか無いってのはどういうことだ」

 大きな蜂屋の身体の前に、小さな冷蔵庫。

 一人暮らし用の割に大きめな冷蔵庫を買ったはずなのに、また買い直した方がいいかもしれない。そう思いながら唯は、上半身裸の蜂屋をベッド上で寝転びながら見詰める。

「いや、色々忙しく料理する時間がですね。えー……、コンビニ弁当食べてマシタ」

 しどろもどろ唯が言い訳すると蜂屋がビール缶を二本、片手で器用に持ちベッドに戻ってきた。

 渡された冷たい缶。両手で受け取って向けられた広い背中に付けてみると、思った以上に飛びあがって睨んでくる。

「お前な」

「あ、遊び心です」

 両手を挙げて降参のポーズ。

 先程までは違う意味で泣かされていたからちょっとした報復も込めている、なんて正直に話したらこれから何をされるか分かったものじゃないので唯は口をつぐむ。蜂屋が向こうを向いたのに安心して、手に持ったビールをちびり咽喉に流し込むと唯はテレビで今放送しているドラマを見つめる。


『結婚したいのに、プロポーズをしてくれなくて』

『薬指に指輪があれば、安心できるかもしれない』

 相手の気持ちに不安を抱くヒロインが、結婚ならば永遠に彼を繋ぎとめられると思い込むシーン。

 そんなはずはない、気持ちは常に流動的だ。唯は膝に顎を乗せながら無言でそのドラマを見ている、たまにビールを飲み込んだ。

 苦い。このドラマはあまりいい気分で見るものではない。

「蜂屋主任。番組、替えません?」

「ああ」

 短い返事の後で、番組はお笑いのバラエティーに替えられ唯は映ったばかりのコントに小さく噴き出す。やっぱりこういうものの方が気楽に見られていい。

 いつか、考えなくてはいけない時期が来た時にまた難しい事は考えればいいだけで、今やっと全て収まった時に考えることでもないだろう。

 次に出てきた二人組は唯が実はかなりプッシュしている芸人で唯がつい身体を乗り出した時に、それは唐突に聞こえた。

「するか」

「は?」

 さっきしたばかりじゃ。

 するの意味をはき違えているのに、気付くのは蜂屋の次の台詞の後だ。

「結婚」

「ははははははははい?」

 思いっきり、間違っていた。

 動揺を隠そうとすると、大声が出る。

「どうした」

「い、いえ! あの、何でもないです」

 まさか、本当の事は言えない。恥ずかしすぎる。

 唯はタオルケットの中に顔を突っ込んで、大きく深呼吸。手に持ったビールを飲むと先程の蜂屋の言葉の重要さに気付いて、次はタオルケットを跳ね除ける。

「……出たり入ったり、忙しい奴だな」

 目を見開く唯の前には呆れかえった蜂屋の姿。

「いやいやいやいや! なんで、そんなにあっさりと重要な事言うんですか!」

「駄目か」

「駄目じゃない、んですけど!」

 こんなこと言う時まで無表情ってのもどうよ? 唯は耳まで赤面させてまたタオルケット中に戻ると「埃、飛ぶから止めろ」と怒られた。

 全くもって、反応が違いすぎて納得がいかない。

 今やっと仕事が面白くなってきた所だ、辞めたくはない。でも仕事しながら主婦になんて自分は出来るんだろうか。

 結婚ってことは子供も出来ちゃったりするんだろうし、ってその前には勿論結婚式なんてあったりして。

 いや、そうなったら両親に挨拶とかして。

 それでもって、蜂屋の両親にも会ったりして。

「無理ですー! その回答、キープじゃ駄目ですか?」

 悲鳴を上げた唯はタオルケットの隙間から顔を覗かせると、蜂屋の少し不機嫌そうな表情が見えた。こういう時だけは表情が分かるってのも、なんだかな。

 唯は肩を竦めて、唇を尖らせる。

 あ、大きなため息。

「期間は」

「二・・・・・・」

「に?」

「二年とか?」

「……長いな」

「ごめんなさい」

 謝る唯の頭に大きな手の平が乗る。タオルケットごと撫でたその手の平の持ち主は、苦笑しながらまた大きなため息をつく。

「いい、それまで人並みに料理出来るようになってくれ」

「は?」

「毎日、コンビニって訳にもいかんだろう」

「いや、今だけなんですよ? こんなにビールだけしか冷蔵庫に詰まって無いのは!」

「ああ、そうか」

「いや、本当なんですってば!」

「分かった分かった」

「今度作って見せますから、もう覚悟しててくださいよ!」

 何か、言葉が間違っている気もする。

 必死に説明する唯に蜂屋が「楽しみにしてる」と、口端を上げて言った。

 

 その顔で、恋に落ちたの。


 唯はまたタオルケットを被った。



                          Fin

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