閑話 傭兵の発案
「ひーふーみー……全部で、金貨29枚と銀貨42枚、銅貨が10枚……おい!多すぎやしねぇか?」
鍛え抜かれた巌のような手指に似合わぬ器用な手つき。税金逃れのため【報奨金】の名目で渡された硬貨を数えていたモリイ=ユウキは、困惑を覚える。
本当にこんなに貰って良いのだろうか?と……。
それは決してユウキが貧乏だからではない、この商会には自分が駆け出しの時から世話になっていたが、先日債権回収に失敗して夜逃げ寸前だった事情があるためだ。
目の前で見事な商人スマイルを見せているそんな懇意の商会長は、特に気にする様子も無くユウキに受領証の署名を求めた。
「いいえ、ユウキ殿。約束通りで御座いますよ。〝成功したら収入の一割〟でしたね。我々はユウキ殿の助言で金貨294枚と銀貨21枚利益を得たのです。本当ならば端数は繰り上げてお渡しするか迷ったのですが、ユウキ殿の性格を愚考するに〝ピッタリ一割〟お渡しした方がよろしいかと思いまして。」
モリイ=ユウキは傭兵であり、その職業柄 荷馬車や飛竜の護衛、商会が望む獣や魔物の肉・皮・美味・珍味・香木・宝木を採取するのも仕事の内だ。だが今回の仕事はそんな〝傭兵稼業〟とは大きくかけ離れたものであり、言うなれば助言指導やコンサルタントに属するものだった。
◇ ◇ ◇
場所はカリフを拠点とする高位の傭兵、モリイ=ユウキの自宅。家は2階建てで、壁は鋼鉄と魔導銀によって隔てられ、カモフラージュと飾りをかねて唐竹割にされた巨木を大胆に貼り付けている。
部屋の中はだだっ広く壁にはドラゴンの首を切り落として加工した飾りと、異世界の文字で〝仁義〟とインクではない太い字で書かれた掛け物が飾られている。部屋の中にはソファーとベッドと囲炉裏、熊一頭の毛皮を丸ごと床に並べた大変迫力のある絨毯、そして食材を入れる木箱や水瓶が置かれている。2階は射撃場と刀技の鍛錬場となっている。
そんな家のソファーに曇天を背負っているような中年の男が、ユウキに相談を持ちかけていた。
「商会が潰れる!?おめぇさんとこ、そんなに台所厳しかったか?」
「いいえ、既に商品を納入しており、後は代金を頂く段になっているだけなのですが……。卸先として最も重宝していた商会が夜逃げを致しまして、これでは我が商会も連鎖的に廃業となってしまいます。」
「マジかよ……。そうだなぁ……俺が金を貸しても解決する問題でもなさそうだ、お宅は干物……干肉や干し芋なんかを売ってたな?」
「ええ、専属の職人や魔導師を雇っており、専用の魔道具もあります。わたしだけが貧窮に喘ぐならまだしも、従業員もその家族もいるのですよ……。」
「う~~ん。……!?そうだ、ちょいと待ってなおっちゃん!」
「はぁ…。」
モリイ=ユウキは通信の式を取り出した。通信は直ぐにつながった。
「やっほ~~~!!っておお!初めまして!」
「えーと、ご存じかもしれないがウィーサちゃんだ。ウィーサちゃん、ちと恵まれない中小商会に愛の手を差し伸べてやってくれ。」
「ん~?わたしが?いいけれども、確か食品関係の人だよね!?わたし役に立つかなぁ。」
「大助かりさ!とりあえず3種類……珈琲と、コーンスープと、輪切りのにんにくだ。飲み物は粉末状に、にんにくはカリカリに乾燥させてくれ。」
「いいけれど……、はいよ!」
ウィーサが軽く魔導を掛けると、珈琲とコーンスープは粉末に、輪切りのにんにくは乾燥食品になった。
「んで会長、珈琲とコーンスープを明日お湯で戻してみてくれ。よくかき混ぜるといい。保存食……いや保存飲料か?にんにくのチップはそのまま肉に乗せても旨いはずだ。流石にウィーサちゃんの様にはいかねぇだろうが、時間を掛ければお宅の魔導師や乾燥機材でも作れるはずだから、気に入ったら売ってくれ。」
◇ ◇ ◇
「あれからというもの、荒野を行く冒険者に大売れでして!古帝国跡地の夜などは氷点下まで下がります、そこで飲める珈琲やコーンスープとして営業をかけたところ、生産が追いつかない程に口コミを介して大売れしたのですよ!それに冒険では生水に一度火を通します、味の悪い水を美味しく飲む方法としても大売れです!」
「はぁ~。こいつがねぇ、わからねぇもんだな。」
まさか自分が飲みたいからと考え、悪戯半分に教えていたユウキは、こんな事でお金を貰っても良いのだろうか?と考えていた。
「それでですね。ユウキ殿に一つ。」
「あ?なんだ?」
「我が商会にはスープの調理人やバリスタがおりませんでして、最初に頂いたコーンスープはそれはそれは美味しかった。是非レシピを買い取らせて頂きたいのですが……」
その話を聞いてユウキは苦笑いする、商人とはどの世界にいても逞しい。




