死刑執行人は夢を見る ③ ラスト
「依頼内容を端的に申し上げます。わたくしをシャルル家の呪いから解いて頂きたいのです。」
召喚術師の館テグレクト邸の応接室、館の主であるテグレクト=ウィリアム・ジュニアは対面に座る少女の言葉に当惑を覚える。少女の姓はシャルル・ド、名は無い。〝処刑執行人〟という特殊な立場の貴族階級であり、当主は代々名を持たないのだ。
そのシャルル家当主こそ、目の前の赤い髪を腰まで伸ばした可憐な少女であり、幾多の大罪人の人生に終止符を打った優秀な〝執行人〟である。
「……国法は当然知っていような。」
「王国法 刑罰規定 第22条 第五項 〝刑の執行は専属の処刑人によって行う〟の事でしょうか?」
「何を意味するか解らぬ貴君ではあるまい。お主以外に〝処刑執行〟は認められておらず、例え死刑囚であろうと、お主以外が処刑を行えば〝殺人罪〟となるのだ。」
「……わたしは、こんな家系に産まれたくは無かったです。産まれながらにこの手が人を殺めるためあるだなんて、あんまりでは御座いませんか。」
「人は生まれを選べぬ。それはわたしも同じじゃ、産まれながらにテグレクト=ウィリアムを継ぐことを約束された身。解呪は当家の得意とする所ではあるが、お主の〝呪い〟は社会的要因が強すぎる。悪いが力にはなれんな。」
「そう……ですよね。いいえ、こちらこそ無理を言って申し訳御座いません。」
「残酷な事とは思うが、国には貴君が必要なのだ。解放されるには国から死罪を無くするか、王宮を巻き込み法を改正させる他に無い。」
「ええ、恨み言を言いましたが、困窮もせず贅沢な生活が出来ているのは事実……。つまらない愚痴でした、忘れて下さい。」
「……すまんな。」
ジュニアの言葉を聞き、少女は妖刀を鞘に戻し、そのまま応接室を出た。
◇ ◇ ◇
シャルル・ドはテグレクト邸を出て、森の木陰に座り空を眺めていた。幼い頃より処刑に必要な知識……苦痛無く人を殺める技術と、処刑された者が霊魂や魔霊にならないよう汚穢を清める魔導を習い、若干15歳でシャルル家を継承できるだけの技量を有するまでになった。
……何故自分は〝普通の家に生まれなかったのか〟。何度自問自答したか解らない、解ったことは答えが出ない不毛な問答であるという結論だけだ。仕事を終えた後は特に心が蝕まれる、シャルルの心は今眺めている、雲霧のない青空のように虚空であった。
「おや、こんなところに人が居るとは珍しい。」
シャルルに声を掛けたのは、青い髪を耳が隠れる程度まで伸ばした、精悍な顔を持つ長身の男性。テグレクト一族長兄、テグレクト=フィリノーゲンであった。
「初めまして、わたくし第26代シャルル・ドを継承させて頂いた者です。遅れた御挨拶になってしまいましたが、伝説の系譜テグレクト一族の長兄様へお会い出来ること光栄に思います。」
シャルルは片膝を立てた最敬礼でフィリノーゲンへ挨拶を行う。
「それはそれは、こちらこそシャルル家当主様にこのような場で御挨拶することをお詫び致します。ジュニア……当代テグレクト=ウィリアムには会われたのですか?」
「はい、先程御挨拶をさせて頂きました。」
「そうですか、折角ですので話し相手になって頂いてもよろしいでしょうか?本日は当家の安息日となっているので修行や鍛錬もなく、暇を持て余していたところです。」
シャルルはフィリノーゲンの何処か学者然とした佇まいと、〝シャルル家〟と聞いても一切身構える様子がない姿に困惑を覚える。貴族の中でも【処刑執行人】として畏怖されるシャルル・ドと草原で話しをしたいだなんて、頭のネジが何本かぶっ飛んでいるのではないかと失礼な考えまで過ぎった。
「ええ、構いません。わたくしも暇をしておりましたので。」
シャルル家の話しを聞きたいというのは知的好奇心からだろうか?……少なくとも刃が触れれば死ぬ妖刀を携えた人間と2人きりになりたい意味が理解出来ない。それでもシャルルは快諾した。少しでも気が紛れることを願って。そうしてシャルルの隣にフィリノーゲンが座る。
「どこか虚ろな表情をされていましたが、何かあったのですか?」
最初は他愛ない雑談……なんて高尚な精神を残念ながらフィリノーゲンは持っておらず、いきなり少女の核心に迫る発言が飛び出した。シャルルはあまりの唐突さに苦笑してしまう。
「ええ、正直言いますと自分の人生を呪っていたところです。」
「それは穏やかでない話しですね。……シャルル家は貴族の中でも特殊中の特殊ですから、苦労も多いでしょう。」
「はい、先程当主様に〝全てを投げ出したい〟と身勝手な依頼をして断られたところです。〝こんな家に生まれたく無かった〟なんて童のような泣き言まで言ってしまいました。恥ずかしい限りです。」
「ふふ。」
少女はフィリノーゲンの微笑に怪訝な顔をする。一体何がおかしいというのだ。
「失礼、弟と自分のことを思い出しまして。弟も産まれながら突出した才覚が有り、召喚術師……それも伝説の系譜を継ぐ以外に道はありませんでした。わたくしもなまじ中途半端に召喚術師の才能があったばかりに、血反吐を吐いて召喚術を学んだものです。目に入れても痛くない弟ですが、やはり一時期は長兄として弟に劣等感を覚え、〝全てを投げ出したい〟と思い詰めました。」
……だからどうした、わたしの苦悩も知らないくせに解ったフリをするな。頭の片隅ではそう思いながらも、フィリノーゲンの兄が妹に話しかけるような柔和な口調に何処か聞き入っている自分がいた。
「シャルル卿は立派な人物と思います。投げ出したい欲求というのはとても甘美なもの。そしてあなた様程の力があれば、冒険者に身の上を変えても、誰も止めることは出来ないでしょう。そうなれば王国は嫌でも法を変えなければならない。……しかしあなたは与えられた役割を全うしている。これは素晴らしい事と、わたしは思うのです。」
「そんな……、逃げるのが怖いだけですよ。」
「シャルル卿、あなたは優しい方だ。本当に自分の人生に絶望し、人生を呪った時、人は役目を全うなど出来なくなる。ましてその年齢で〝シャルル家当主〟という役割はわたしの想像を遙かに超える負担であり、人生を呪うに十分過ぎる理由です。国を憎んで革命家に身を窶しても誰が責められましょう。……それでもあなたは葛藤の中にありながら、役目を全うしている。」
「いえ、そんな……」
「逃げるのが怖いというのは、これまでの先祖を思って、自らの役目を思って、国を思っての事と愚考します。」
「どんな美辞麗句を飾ろうと、わたしの手は汚れています。それが耐えられないのです。」
「そうですか?働く者の美しい手をされています。」
フィリノーゲンはシャルルの手を取り微笑んだ。フィリノーゲンからすれば何気ない貴族嬢への対応だったのだが、シャルルからすると自らの手を取ってくれた人間など初めてで、思わず首から耳までが熱を帯びる。
「ふ、フィリノーゲン様は先程おっすゃ……仰られた〝劣等感〟をどのように克服されたのですか?」
「わたくしの場合は血反吐を吐きながら学んだ分教師としての才覚が弟よりもあるようで、弟子に指南をしております。また努力の仕方を学んだ分、学者として召喚術のみならず様々な学会へ呼ばれるまでになりました。何事も経験と思っております。……シャルル様、ご趣味は?」
「その……。読書や演劇鑑賞でしょうか。冒険活劇が好きで、冒険者に憧れているのです。しかし今の身分ではそうもいかないかと……。」
「それはそれは。わたくしも演劇鑑賞が好きなのです、今度エンサーあたりへ話題の劇団を鑑賞に行くのは如何でしょうか?是非ともシャルル卿とは……」
「し、正気ですか!?わたしシャルル・ドですよ!?」
「え、ええ。シャルル卿とお話が出来るなど、滅多な事では御座いません。気分を悪くされた様でしたら……」
「いえ、そ、それで……いつ行きますか?そのぉ……噂に名高い風竜に乗せて頂けたりとか……。」
「エンサーまでの手段ですか?わたくしの式で良ければ、喜んで。そうですね、次の安息日が6日後ですので、その時は如何でしょうか?」
「はい!」
◇ ◇ ◇
場所は王国五大都市の一つ〝芸術と妖精の街〟エンサー。風竜から降り立ったのは青髪の青年フィリノーゲンと……赤い髪を腰まで伸ばし、黒と赤のドレスに身を包んだ麗しい少女だった。
「あ、あのフィリノーゲン様……。」
「なんでしょう、シャルル卿?」
「その……わたくしの事はシャルル卿ではなく、シャルルと呼んで下さい。〝シャルル卿〟である時は〝執行人〟である時だけですので。」
「……そうですか。しかし敬称も付けないのは気が引けますので、シャルルさんでよろしいですか?」
「は、はい!それと、本日はご招待頂きありがとうございます。こちらお礼の品です。」
少女はそう言ってフィリノーゲンに袋を差し出す。
「これは……襟巻きですか。今は季節に合わないですが、冬になれば……」
「当家の秘宝、〝死神の襟巻き〟です。愛怨恨殺人の犯人が手編みしたもので、投げれば相手の首に絡みつき、死ぬまで首を絞め続ける武具となります!是非研究に役立てて下さい!」
「そ、それはどうも……。」
目を爛々と光らせる少女に、フィリノーゲンは言いたい言葉全てを呑み込む他無かった。そうしてシャルルにとって人生でも指折りの輝かしい一日が始まる。




