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過去

もっと早くこうするべきだったかもしれない。


私は、『暁の騎士団』が寝泊まりする中心部へと赴いていた。

街の中央には、そう大きくも立派でもないが、ディズニーランドのシンデレラ城くらいのサイズの城がある。他の国と比べると小さいし、街の大きさに比すると微妙なサイズだ。

その城の東側、日が傾いた今、城の陰に隠れるように、騎士団の詰所がある。


私の目的は、騎士団そのものではない。

その脇の酒場である。


酒場は街中にあるが、ここでなくてはならなかった。



『犬の尻尾亭』



この国では、騎士団のほとんとが貴族の子弟で構成されている。さらにほとんどがヴィクトールと同じ狼の獣人だ。

この店は、騎士団から近いこと、犬の獣人が経営していることで、騎士団員たちの御用達の店である。


扉を開けると、ベルがチリチリとなった。


出迎えの店員など来ないので、好きな場所に座る。私は店の中をキョロキョロと見渡すと、右手奥に狼の獣人たちのグループを見つけた。


盛り上がっている。

私はそっと隣の席に着いた。



「今日の訓練きっつかったー! 師団長ご機嫌悪すぎだろ」


私はそっと会話に耳をすませた。


「そりゃまぁなー。俺たちだってご機嫌斜めにもなるぜ。あんなことがありゃあな」

「なっちまったもんは仕方がねぇ。それが運命なのさ。なぁ、そんなことよりお前にはお前の問題があるだろ」

「そんなこととは何だよ!」


ウェイターが来たので、彼らと同じ酒を頼む。元々酒は嫌いではないが、この世界に来てから一層強くなった。体感だが、この世界の酒はアルコール度数が低い。技術がないのだろう。


「ネーゼのお嬢ちゃんとの婚約だって?」

「あ、あれは親が勝手に!」

「バカ言えよ、何の不満があるんだ」


楽しそうである。


あぁ、ヴィクトールも、奴隷となる前はああして戯れていたのだろうか。私はまだ彼が笑っているところを見たことがない。


やらねば。


思い出せ。前の世界で隣のおっちゃんグループと意気投合し、飲み代を奢ってもらった時のことを。




「あら、騎士団の皆様? お勤めご苦労様です」




騎士団の獣人たちが、会話をやめて一斉にこちらを見た。

やばい、ちょっと声を作りすぎただろうか。





「…こんにちは、お嬢さん、一人かい?」


のもつかの間、彼らが緊張を解いてこちらに興味を持つ。良かった。この世界でも、隣のグループに絡むことは珍しくないようだ。



「そうなの。旅の身よ。」

「見た所…勇者様なのか?」



また別の獣人に尋ねられ、私はうなづく。ステータス確認くらいは彼らも出来るだろう。



「ええ、随分前にもここに来て、また久しぶりに立ち寄ったの。綺麗だし治安の良い、素敵な街ね」

「いやぁ、まぁな」


褒められて嬉しかったらしい。手前の二人がでへへと照れた。奥の獣人たちはすでに違う話に花を咲かせている。



ふぅ、と息をつく。落ち着け、思い出せ、社会人スキル。



「あら、お兄さん。グラスが空だね」

「おっ、そうだな。ウェイター! 同じの!」

「私も同じのを」


「あいよ、麦酒2つね」


ウェイターがこちらに気づいて返事をした。


「お嬢さん、飲むねぇ」


狼の獣人がニヤニヤと笑う。

騎士団で貴族の子弟とはいえ、中身はおっさんだ。酒屋のおっさんの扱い方は万国共通。





「…それで、」



息を吸って、本題に入る。ここまではすべて前段だ。




「前回来た時にお世話になったケンネの家の方にご挨拶に行きたいのだけど。確か騎士団の所属でしょう。お元気かしら」




「……!」




二人が口をつぐんだ。

言いにくい話になるのは、分かっている。沈黙のうちに、ウェイターが酒を運んで来た。


獣人のうちの一人が、酒をぐっと飲んだ。




「…何というか、それ因果なタイミングで来なさったなぁ。あそこの家は離散したよ。」




「…離散…?」


私が首をひねると、獣人がうなづいた。


「よくある話さ。だが、あそこの親父さん、アシル・ケンネ殿はお人好しでね。借金の保証人にサインしちまった。そんで、借金した本人が王家の宝に手を出してね。捕まった奴の代わりに、借金の肩代わりをすることになった。そしてあれよあれよと…あぁなっちまったのさ。」


「………あぁ、とは」





私の脳裏に、四兄弟が震えながら高台の上に立つ姿が蘇った。





「息子と娘を売るしかなくなっちまったのさ」




分かっていたことだが、はっきり言葉で聞くと心が痛んだ。




「アシル殿は元々下級貴族だったが、努力の人で聞こえた人でね。師団長まで上り詰めた人だ。

一番上の兄ちゃんは優秀な騎士だったし、次男もようやく騎士団に入ったところだったんだ。娘さんも、器量好しだったから上手くいけば上級貴族に嫁げただろうし、一番下の弟さんは…まだ5歳だった」



「次男はうちの隊だったんだが、真面目な良い子でな。ようやくこれからだったのになぁ」





次男、

アンドレだ。





そう思うと、ドクンと胸が跳ねた。


あぁ、そうか。騎士団レベル2なんて、ようやく騎士団へ入団したばかりなのを示すようなものではないか。




「息子たちを売った金でどうにか借金を返せたようだ。屋敷も売り払って、いまは郊外で暮らしてるよ」

「アシルさんも気の毒だが、奥さんが可哀想だなぁ。あの家の周りを見回ると、今でも泣き声が聞こえるんでね…」

「我々も、騎士団の頃のよしみで、個人的に食べ物を届けたりしているが、二人とも見るたびに痩せてなぁ」



「……そう、ですか」


ショックを隠せていないのは、演技ではなかった。ある程度、予想はしていたけれど。



「…どんな身に落ちようと、恩人は恩人です。私もアシル殿を訪ねて何かできることをしようかと」


「…そうだな、そうなさるのがいい。」



そう言って、その男はアンドレの両親の居場所を教えてくれた。





話を逸らし、そこそこに楽しい会話をして、居酒屋を出た。

遅くなってしまったが、宿屋に帰ろう。


有益な情報は得たし、アンドレも喜んでくれるに違いない。




「ではまた!」

「あぁ、アシル殿によろしく」





おっちゃんたちに合わせて、少し酒を飲みすぎたかもしれない。









ふらつく足で宿にたどり着く。


『猫の瞳亭』の看板を確認して、扉をくぐり、階段をのぼる。重い足を一段ずつあげて、3階の自室をノックした。



「アンドレ〜居る〜?」



力の加減がきかなくて、やや乱暴に叩いてしまった。そう待たないうちに、中から扉が空いた。想定より早く空いて、びっくりする。



突然視界が開いて、彼が立っているのが映った。



「……!」


目が合う。彼の瞳が丸く開かれる。





「…女性がこんな遅い時間まで。一体何をなさっていたというのですか」





低く、声が唸る。

なんだか知らないが、すごく不機嫌なようだ。そういえば、何も言わずに出かけてしまった。

どう答えようかと考えていると、




「…いえ、分かりました。なんでもありません」




と、彼は勝手にコミュニケーションを断って、こちらに背を向けてしまった。



なんか怒ってる?



昨日以上に硬化してしまった態度に、私の頭の中にクエッションマークがたくさん浮かぶ。せっかく、彼の昔の仲間への接触し、いろいろ情報を聞き出したというのに。



「ねぇ、アンドレ」


「アンドレと呼ばないでください」


ぴしゃりと、彼はそう言い放つ。


「捨てた名前ですから」





彼はこちらを振り返らず、自らのベッドに直行する。



「おやすみなさいませ」



彼の態度に、やや唖然とする。






ねぇ、あなたのご両親見つけたのよ。町外れで、あなたたちのこと心配して待ってるんだって。

喜ぶと思ったのに、笑ってくれると思ったのに。そこまでとはいやないけど、何かしら心を許してくれると思った。


対人コミュニケーション能力レベル0な私は、彼の言葉にただたじたじとするしかない。



「……お、おやすみ」



着替える気にもなれなかった。

ふとんに潜り込んで、目を閉じた。何も考えたくなかった。



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