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大金

劇的な詠唱を受けて、この世界に召還されてから、もう5年になる。見るものが見れば、私の頭上にはあの文字が浮かんでいるに違いない。


【弓使い(勇者) レベル32】


ステータス表示の文字だ。私はまるきり、何かのゲームの世界に来てしまったのである。





中世ヨーロッパのような街並みを私は外套を翻しこそこそと歩く。獣人族が多く暮らすガルデア国首都マルマンは、『暁の騎士団』によって厳しく統治されている。治安も良い。




レンガに覆われた街道には、多くの獣人が行き交っている。

首都だからか、中心部からそう遠くない場所なので、今日も賑やかだ。

さすがに5年もすればこちらの世界での生活も慣れたものなので、私がいまそわそわしているのは全く別の理由がある。

アイテムボックスの中身をこっそりと確認する。


【金貨 100枚】


ごくり、と息を呑む。いまだかつて持ったことのない大金を、私は持っている。

仕事で管理したことがあるだろう、って? そりゃ元OLだもの、かつて会社のお金を動かしたりはしてたわよ。


前の世界との兼ね合いで、金貨1枚がいくらになるか知らないけれど。大金を突然手に入れたら、どんな人間でもびくびくしてしまうというものだ。





しかも私、草加部鈴鹿クサカベスズカはいま、ダンジョンで日銭を稼ぐ冒険者だ。


いろいろ理由があって、誰かとパーティーを組むことはやめている。勇者研修時代の同期と組むなんてまっぴらごめんだ。一人でダンジョンに挑むのは危険だから、そんなに奥まで潜り込むことはできない。


1日、銀貨3枚。宿屋に1日泊まるために必要な値段だ。朝ごはんと夕ご飯をつけて、銀貨3枚。最低でもこれだけ稼がなければ、宿屋から追い出されてしまう。一番低い階層であっても、ダンジョンに1日こもれば、一人でもなんとか稼ぐことができる。


そんなその日暮らしをかれこれ3年。苦労もたくさんしたが、レベルも上がり、安定した生活を続けている。これ以上は望まないし、これ以下に落ちたくもない。





ーーーじゃあ、この大金をどうしよう。





さっきから思考はただただそこに帰結するのである。




金貨を手に入れたのは、本当にひょんなことだった。





ダンジョンで魔物を狩っていたら、矢が人に当たった。




私が使っているのはただの矢ではなく毒矢である。超焦ってステータスを確認したら、見たことのある顔だった。


【盗賊 レベル未登録】 


レベル未登録。なんらかの理由があって、ギルドにステータス申告ができないもののステータスだ。この男の場合、なぜ登録ができなかったのかは顔を見てわかった。ギルドのクエスト掲示板で見たのだ、賞金首の。





そう、うっかり私は賞金首を殺してしまったのである。





いや、ほんとね。毒付きの矢だったからかな。ともかくラッキーだ。アイテム『遺体』となったその男の体をアイテムボックスに入れ、ギルドで換金した。いやほんとなんでもありかアイテムボックスよ。


唇を真っ青にして死んでいる男の顔を冷静に確認できるくらいには、この世界に順応しているといえる。うん、私のせいじゃない。






閑話休題。






問題は過去にあるのではない。今現在、私のアイテムボックスの中にある。突然手に入れた金貨100枚をどうするか。

この金を持って隠居でもしたいところだが、それには額が到底足りない。しばらく遊んで暮らせることには違いないが、あぶく銭にしてしまうのはもったいない。何か、自分の力になることに投資すべきだろう。


家か?


いや、旅の身である私に、家など無駄だ。家を買ってしまうと、結局この世界でも税金とかとりたてられるらしい。なんだかそれは面倒臭い。


今後何かの役に立ちそうなもの。昔だったら真っ先に習い事とか考えたんだろうな。でも今の私は冒険者だし、冒険者の基礎は、冒険者学校で習った。今更習うこともないし。


装備か?


うーん、レベルがあがったらどんどん変えなきゃいけないし、今のレベルで必要な装備をすべてそろえたとしても金貨100枚なんて使い切れない。







考え事をしながら街を歩いていると、ふと私の耳に飛び込んでくるものがあった。







「ねぇ、聞いた? 今日の奴隷市、没落貴族が出品されるらしいよ」



ひそひそと、街角で獣人のおばちゃまが話をしている。二人の額からはツノが生えている。左のおばちゃんの二つの短い角は牛のよう、もう一人の角は枝分かれした鹿のようだった。



奴隷市に、没落貴族?

なんだかよくわからないが、今日の奴隷市には珍しいものが出品されるらしい。

この街に来て間もないので、法則はわからないが、この世界では日常的に奴隷売買が行われているし、定期的に奴隷市がたつ。





奴隷か、奴隷はいいかもしれない。





直感だが、それは素晴らしいアイディアに思えた。






『後ろから毒矢を打たれるなんてさ、いつ自分に当たるか分かんないし、信用できないだろ』


最後のパーティのセリフが頭をよぎる。

でも奴隷なら、強制的にタンクとしての使用が可能だ。タンクがあれば、長期戦もできるようになるし、私の毒矢もより活用することができる。

良いじゃん、奴隷市。





こうして私はからっと輝く晴天の下、市場の開催される奴隷商館前の広場へ向かったのである。















その日の奴隷市は、いつも通り混み合っていた。

赤いレンガで造られた奴隷商館の前に、小さな広場がある。中央には誰か知らないけれど、何かの動物の耳をつけた獣人の銅像があった。

人ゴミを塗って進み、高台の方へ近寄る。この位置からなら、顔まで認識出来るはずだ。



奴隷市は既に始まっていたらしい。

30代くらいだろうか、女性の奴隷が高台の上に立たされていた。兎の耳が生えた獣人だ。



「10万!」

「10万5千」

「11万」

「11万5千!」

「13万!」



群衆が次々に叫ぶ。なるほどあのように参戦すればいいのか。金貨一枚で銅貨1万枚だから、あの言い方はおそらく銅貨単位だ。私の持ち金は100万ということになる。



「15万!」

「15万! さァ上は居ないか、手は出ないか! 生まれついての奴隷の女、兎の獣人族、従順で真面目、家事の道具に一家に一人!」



商人らしき男が高台の上で声を張り上げる。黄色い瞳に縦に走る瞳孔、声をあげると時折覗く長い舌。ほんのり肌の表面に浮かんだ鱗から、蛇の獣人族の出であることが推測できる。





しかし、と額を聞いて考える。30代女性が15万。奴隷はピンキリだと聞くが、これなら今日の最上品を買えるんじゃないか?



「もう待てないよ! さぁさぁ決めるよ! 5、4、321! はいお買い上げー!」

「ありがとうございましたぁぁあ!」



他の奴隷を引っ立てている男たちが同時に叫ぶ。居酒屋の店員みたいだなと思った。






なるほどね、


私はおとなしく、奴隷市の終盤を待つ。どうせなら良い奴隷を買おう。前衛にするなら、男が良いだろう。男、近距離戦闘ジョブ、一緒に旅をするならオッさんは嫌だなぁ。


と、奴隷商人が一際大きく声を張り上げた。





「本日の目玉! まいりますよ、本日のラストを飾るこちらの四兄弟!」


同時に四人の人間が引っ立てられてきた。


形は人間だが、揃って丸まった亜麻色の二つの耳。同じ色の震える尻尾。犬のように見えるが、彼らはこう名乗る。


狼。


彼らは他の商品とは毛色が違っていた。まず毛並みが良い。それまで良い暮らしをしていたことが伺える。恐怖に怯えるその瞳は、みな純粋な蒼色だ。





「一番上の兄から行こうか! 24歳、働き盛り、見ての通りの狼の獣人。彼らの不幸な身の上が、気になるなら買ってから当人に聞きな。始めようかまずは90万!」


は、と息を飲んだ。

え、あ、90万?まじで?


「91万!」

「94万!」

「95万!」


どんどんと上がっていく数字。あっという間に100を越え、一番上の兄は112万でケリがついた。






ちょっとやばいな。焦っていると次男のセリが始まる。



「見てよ、よく見よ、こちらも青年。狼人間19歳、品行方正、昼の稼ぎ手、夜のお供。さぁ買った買った、80万からあげてくぞ!」


「82万!」

「85万!」


早速声があがる。私は慌てて残りの二人を見た。四兄弟の三人目は10歳くらいの女の子、その下は5歳くらいの男の子だ。前衛としては使えない。


「きゅ、90万!」


手を挙げ、声を張り上げた。


「92万!」


すぐに数字が飛ぶ。

負けじと今一度額を上げた。


「95万!」

「96万!」


すぐさま高値がかぶせられる。いやいや、ここはまだ粘れる。私は熱に任せて叫んだ。


「97万!」

「105万!」


おお…と会場がどよめく。一気に8万のアップだ。しかし、負けない。私にだって貯金はあるんだからな!


「106万!」




これを出したら明日の宿泊費がない。でもここまで来たら引き下がれない。

こんな機会、もうない。


「106万! さぁさぁ盛り上がってまいりました! もう出ないか? 財布が空か? 虎の子へそくり全部出しちまえ!」





祈る。






これ以上は正直上げられない。明日から一文無しだ。それでも前衛が欲しい。人が欲しい。彼が、









仲間が欲しい。










「106万売ったぁぁああ!」



カランカランと、奴隷商人が鐘を鳴らす。私は紅潮した頰で奴隷商人を見た。奴がニヤリと笑う。


106万で売られた青年は、空虚な瞳で私を見ていた。

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