表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双子公女の隠し事  作者: 稿 累華
第四章:王宮舞踏会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/71

4−2

 屋敷に戻ると、噂の父キャンスが、近頃では珍しく応接間でゆったりとくつろいでいた。


「あら、お父さま。どうかしたの?」


「少し時間ができたからね。ちょっと休んでいたところだ」


「そう」


 相槌を打ってから、イレイェンはちらりと階上へと視線を向けて、つとめてさりげなく尋ねた。


「——ソーニャは?」


「さあ。見ていないね。二階で本でも読んでいるんじゃないかな?」


「そう……」


 あの日から、イレイェンとソーニャの間には、気まずさだけが横たわっている。父をはじめ、スエラたちも気付いていないが、二人の間にはれっきとした溝ができていた。深掘ってはいけないと思い、いつも通りに接しようとするイレイェンに、ソーニャが無言で非難の目を向けてくる。それが、胸のあいだにひびを入れる。鈍色の光が、中心を貫いてくるのだ。


 二階にいるソーニャのことを考えると、暗澹とした思いが去来するのだった。


 気持ちを振り払うようにかぶりを振ると、イレイェンはキャンスに向き直った。


「お父さまは、最近お忙しいのね」


「……そうだね。やることはたくさんある」


 肘掛け椅子にもたれていたキャンスは、居住まいを正すとイレイェンを振り仰いだ。


「お前は、最近よく外に出ているね」


「ええ。エリエラさまやダランさまとお会いすることが多いわ。この間は、エリエラさまたちの屋敷で開かれたお茶会に参加したのだけど、二人のお友達を紹介していただいたの。とても、楽しかったわ」


「そうか。それは良かった。マルヌーシュのご子息ともお会いしているね?」


「ええ……」


 途端にどくどくと鼓動が早くなるのがわかった。自分の気持ちを自覚してからは、クラエスの名前を聞くと心ノ臓が強く鐘を打つ。


 この想いは、誰にも言っていない。自分で抱えていなければならない想いだ。けれど、父キャンスはその心を見透かしているかのように、イレイェンから視線を外さなかった。


「クラエス殿は、どうだい?」


「どう、って?」


「いい青年であろう?」


「……そうね」


 じいっと父と見つめ合う時間が、とても長く感じられた。ふっと目元を和らげると、卓上の茶を手に取りながら、キャンスは言った。


「私は、お前が親しい者たちを持つようになって、嬉しく思っているよ」


「それは……」


「可能性を潰したくないと言った言葉を覚えているかい? リリエーシュにいるだけでは、見えないことがあると言ったことを」


「覚えているわ」


「今、それについてどう思う?」


 リリエーシュにいた頃の自分と、今の自分。まだ、ふた月経つか経たないかの頃合だが、何かが変わっただろうか。


 変わっているとイレイェンは思う。


 あの頃のイレイェンは、整えられた庭しか知らなかった。庭の外に広大な土地があること、土地によって咲く花々が違うことを知らなかった。今は違う。イレイェンは、それらを知っている。塀の外に広がる大地を知っている。


 もう双子の伝承に囚われている前の自分とは違うのだ。


「お父さまのおっしゃった通りだったと思うわ。わたしは何も知らない幼子だった。今は、ここに来て本当に良かったって思っている。あの時、お父さまに言われて一歩を踏み出してみて、良かった」


「お前がそう思っているようなら何よりだ」


 父は満足げに肯いた。その様子に、イレイェンはさきほどエリエラたちと話したことを思いついて、児戯のような笑みを浮かべた。


「お父さまは、お母さまと大恋愛だったんですってね」


 イレイェンが尋ねると、キャンスはぎょっとして目を丸くした。


「ミリェルのことを聞いたのか……?」


「うん、そうよ。エリエラさまたちに教えてもらったの」


 言うと、父は黙って考え込んでしまった。さきほどまでの柔らかい空気から一転、かたい空気が辺りを満たす。


 もしかして、まずいことを口にしたのかもしれない。父から母の話はほとんど聞かされたことがなかった。けれど、周囲の人間が言っていたではないか。父は、十年前から変わってしまったと。それは、母が死んでからということだ。娘の前では話さなかっただけで、父は真実母を愛していて、言葉にするのもつらく感じることだったのかもしれない。ならば、今イレイェンが言ったことは、父の傷を抉ることだ。


「ごめんなさい、お父さま。わたし、無神経なことを言ったかも」


 怪訝そうにキャンスが眉根をしかめる。


「お父さまは、お母さまのことはあまりお話になりたくないものね……」


 傷付いて、領地にこもりたくなるほどに。


「お前は……」


 ひねり出したような声に、今度はイレイェンのほうが訝しむ番だった。父を見ると、困惑したように言った。


「どう思っているのだ、イレイェン」


「どう、って?」


 さきほどと同じやり取りに、イレイェンは奇妙な塊を呑み込んだような心地を覚える。


「ミリェルの死について、今はどう……思っているのだ?」


「どうって、そりゃあ……」


 悲しいと思っているわよと返そうとして、鼻の奥がつんとした。不意に(まなじり)に涙が浮かんで、ぽろぽろと頬を伝った。強い感情に突き動かされたわけではないのに、まるで自然とそれが当たり前であるかのように、水で視界がいっぱいになった。


 混乱したイレイェンはうろたえる。なんだろう。これは。何が起きているのだろう。


 ふと懐かしい匂いに包まれて、イレイェンは胸がぎゅうっと縮むのがわかった。久しぶりに感じた父のぬくもりに、あとから心がついてきたかのように、悲しみと苦しみと痛みが、全身に伝播していく。


「すまぬ、イレイェン」


 すまぬと繰り返される父の言葉に、イレイェンは泣きつく。


 自分の体と心と思考がばらばらと分かれてしまったかのように、ただ感情に支配される体と心を、どこか遠くで思考が眺めていた。自分で自分がわからぬまま、涙が涸れるまで親と子の時間が続いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ