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銀盤奮闘記(改)  作者: 左藤
第一章:二〇一三年、夏
1/9

プロローグ

 途中まで書いていた拙作「銀盤奮闘記」の改訂版です。あんまり変わっていないかと思ったら大分変わっていました。ご了承ください。

 シャアッ!


 横を鋭い音が走る。微風。続いてジャッ、ガッ、という音が響き、遅れて拍手が沸く。その様子を、どこか冷めた目で見る。


「おい、聞いてんのか」

「…聞いてる」

「いいか、今日こそ、あのヘラヘラ笑ってる野郎をギャフンと言わせるぞ」


 何やら物騒なことを口にする目の前の男に少々引きつつ、頷く。


 冷えた空気。足元の硬い感触。人々の控え目なざわめき。アナウンスが響いた。


『六分間練習終了時刻となりました。選手の――』


 そこ――アイスリンクの上から選手が出る。一人そのまま、リンクに残る。静寂の後、


『十九番、紀野原(キノハラ)亮平(リョウヘイ)さん、北城(ほうじょう)大学』

「よし、行け!」


 激励を受け、リョウヘイはリンクの中央へ。胸に手を当て、ゆっくりと息を吐き、ポーズをとる。


 静寂。


 音楽。乱れるようなピアノとオーケストラ。


 『ワルシャワ・コンチェルト』。


 とある映画のために書き下ろされたこの曲は、重厚なオーケストラとピアノによる協奏曲。管弦楽とピアノが折り重なるような冒頭部は特に有名で、何となく知っている、という人も多い。ただリョウヘイがこの曲を選んだのは、単に憧れのスケーターが昔使っていたからだったりする。


 体に染み付いた動きで、滑り出す。


 最初のジャンプ。トリプルルッツ。左足バックアウトサイドエッジの助走。タイミングを計り、右足を振り上げ、氷を、


 突く!


 同時に左足を思い切り伸ばし跳び上がる。刹那流れる風景。右足に衝撃、氷の感触。膝を曲げ、力を逃すと後ろにスッと流れる。


 この感触がリョウヘイは好きだった。


 もう一つジャンプが続く。軽くステップを踏み、再び加速。


 片足でのターンから、トリプルトウループ。軽やかに降り、そのままダブルトウループのコンビネーション。観客の拍手が聞こえる。一瞬安心するも、すぐに気持ちを切り替える。


 次の要素は足代えの(チェンジフット)シットスピン。右足(バックエントランス)で回転に入り、座る(シット)ポジション、足を代えて後ろに片脚を抱え込む(シットビハインド)。少し回転速度が落ちたが、仕方ない。


 そして、次だ。


 つなぎにイーグルを入れ、リンクの外周を使ってバッククロスでスピードを出す。勢いと、それを殺さないタイミング。それだけを念じながら、助走に入る。


 右足のバックインサイド。意を決して左足フォアアウトに足を代える。タイミング。極限まで張り詰める糸。


 つま先に体重を乗せジャッ、という音と共に、右足を振り左足で飛び上がる。


 ――しまった!


 飛び上がってから、リョウヘイはすべてが手遅れだと知る。わずかにずれたタイミング。必死に体を締めて回転するも、徐々に歪んでいく回転軸。


 一瞬で、いろいろなことが頭を過ぎった。どうする。回転を開いてダブルにするか。それより転んでも回り切ればまだ点は高くなるだろうか。だがその逡巡が致命的な失敗に繋がる。


 緊張の糸が切れる。躊躇いはそのまま体に現れた。回転しきれない。


 不完全な横向きで着氷したリョウヘイは、ジャンプの勢いそのままに氷に弾かれ、無様に倒れこんだ。混乱する中、眼前に迫ったリンクサイドのボードに手を付き立ち上がるも、次にどちらに滑り出せばいいのかも分からない。それでもプログラムを途切れさせるわけにはいかず、どうにか滑り出す。


 すぐに次のジャンプが待っている。そんな少々の中で、しかし考えていたことは一つだけだった。


 この試合、リョウヘイが一つだけ、決めていたことがあった。それは、今のジャンプを成功させること。


 トリプルアクセルジャンプ。


 誰もが聞いたことがあるはずだ。世界を狙うには必須であり、これを跳べるか跳べないかだけでもキャリアが分かれてしまうほどの高難度ジャンプ。そして、スケーターを目指す子供たちには憧れであり、一度は跳んでみたいジャンプでもある。もちろん小さい頃のリョウヘイも例外ではなく、長年の練習の末、今年の夏ようやく、跳べるようになった。


 何としてもこの大会でトリプルアクセルを成功させ、全日本選手権に出たかった。しかし、転倒。ごちゃごちゃになった頭のままで滑り出したリョウヘイは、もう何も出来なくなっていた。その後のジャンプはすっぽ抜け、転倒の連続。


 今年の東日本選手権の結果は十三位。最終滑走者の得点後、表示された最終結果を見て、リョウヘイは乾いた笑いを漏らした。


 これを笑わずにいられるだろうか。なんと言っても、何度目か分からないくらいの挑戦である全日本選手権の初出場を、今年もまた見事逃してしまったのだから。

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