私は、何処ぞの公爵と結婚しました。
私には、声が見える。
それは紙のように白く、胴の長い羽虫のような形をしている。
私達の周りをひらひらと舞い、気づけばどこかに消えてしまっている。
「——セチーリア様」
「どうぞ」
侍女の声で指に止まらせていた『声』を放す。羽をはためかせ窓の外へ飛び立っていった。
扉から侍女が入ってくる。
「披露宴の準備が整いました」
「そう」
彼が飛び立っていった青空を見上げる。
「今行くわ」
* * *
——遡る事、一週間前。セチーリアは父の執務室に呼び出されていた。
目の前では、父が神妙な顔つきで執務机に座っている。
「——それで、こんな夜中にどうしました」
今は月も寝る夜中。セチーリアだっていつもなら既にベットに入っている時間である。窓の外では夜の虫が鳴き声を響かせている。
「実はな——」
彼は鈍色の口髭をゆっくりと動かす。
「お前にヴァレンツァ公爵から婚姻の打診が来た。支度金は金貨六千枚だそうだ」
支度金で金貨六千枚。
現在、我が伯爵家は多額の借金を抱えている。
だいたい、国家予算の十分の一くらいだろうか。
金貨六千枚といえば、それを払ってもお釣りが出るくらいの、破格も破格。
セチーリア自身、政略結婚にも特に異論はない。
結婚するだけでお金が貰えて、しかも相手は公爵家——願ってもない話だ。
けれど、
「婚——いん」
婚約じゃなくて、婚姻?
「ああ。理由はわからないが結婚式のその日には披露宴を行うそうでな」
「はあ」
詳しくは知らないが結婚披露宴というのはそんなに早く行うものなのだろうか。
「それで、お父様はそれを受諾してしまったのですね」
案の定、彼はぎこちなく頷いた。
この人はいつもそうだ。この前だって——。
少し前に多数の貴族が関わる要塞設立の国家プロジェクトが頓挫した。その時にも父は、あれよあれよという間に責任を押し付けられ、その結果が伯爵家に使用人がいなくなるほどの借金である。
「お父様はいつもぼんやりしているから——」
父は「いやぁ、お前にだけは言われたくないけどなあ」などと呟いているが、
「既に受諾してしまったのなら私に拒否権はありませんね。——その話、お受けいたします」
声を受けた彼の眉尻が、すっ、と下がる。
「お前がどうしてもと言うのであれば、既に受けてしまった話でも取り下げる事はできるぞ?」
「お父様」
セチーリアが嗜めると、伯爵は諦めたのか黙りこくってしまった。
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