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第14話 『惨劇』

ーーそれは、数時間前の出来事だった。


正門の見張りに立っていた若い兵士は、冷え込む空気に身を震わせながら、門の手前でじっと構えていた。

サワサワ、と草木が揺れる音がする。

その時、兵士の横を黒い影が横切っていった。


『…ん?何か通ったか?』


だが、その動きを見張りの兵士が捉えることなど、不可能だった。


『……気のせいか。』


兵士がそう呟き、構えていた槍を少しだけ下ろした、まさにその瞬間だった。


声も、気配も、風の動く音さえなかった。

ただ、兵士のすぐ目の前に、いつの間にか一人の男ーーホテイル・チークが立っていた。

その表情には殺意も愉悦もなく、ただ完全に無だった。


直後、ホテイルの袖口から滑り出た細いダガーが、兵士の喉元を真横に駆けた。

悲鳴を上げる暇すらなかった。

兵士はゴボリとチョコの泡を吐き出し、地面に崩れ落ちる。

ホテイルはその身体を音もなく受け止めると、表情一つ変えずに、壁の死角へと静かに引きずり込んだ。


それからの数時間は、基地にとって音のない地獄だった。

食堂の裏手、一人で食材を運んでいた兵士。

見回りの途中で、ほんの一瞬だけ顔を下げた兵士。

ホテイルはただ事務的に、効率だけを求めて基地の隅々に溶け込み、一人、また一人と確実に息の根を止めていった。


その異変に気付いたのはただ一人。

第四前線基地隊長ーーリュフター・トラベルトだけだった。


執務室にいたリュフターは、基地全体の『気配』が驚くほどの速度で消えていく異常を、完全に捉えていた。


(……何が起きてる?)


リュフターは廊下に出て、窓の外を確認する。

不確かな点が多すぎるが故に、不用意に外に出ることは危険だと、脳が無意識に察知していた。


その時だった。

リュフターの目が、遥か遠くのノキの姿を捉えた。

そして、その背後から音もなく近づく、一つの黒い影も。


『っ…!ノキィ!!!!』


リュフターは窓を蹴り破り、外へと飛び出す。


だが、そこから彼女の命を救うには、あまりにも距離がありすぎた。

無情にも、ホテイルの冷徹な切先が、ノキの体を貫いた。


『ッ…!!!!』


『がっ……!!』


リュフターの足が、衝撃に凍りついたように止まった。

遠目からでも分かる。ノキが刺された場所は、紛れもない人体の急所だった。


(嘘…気配が全くしなかった…)


倒れゆくノキは、目の前に立つ自分を刺した男の顔を睨みつける。


『アン…タ…何…も…の……』


それまで完璧なマシーンのように感情を殺していたホテイルの表情が、微かに動いた。

急所を穿たれ、死に瀕しながらも自分を問い詰めてくるノキを、ホテイルは驚愕を含んだ目で見つめる。


『何と…急所を貫かれてなお、意識を保つか。』


『く……』


『…大した精神力だ。名前くらいは教えてやろう。私の名はホテイル・チーク。たけのこ軍生え抜きのアサシンだ。』


『ホテ…イ…ル……ゴブッ!』


ノキの体内をチョコが逆流する。

分隊長といえど、激しい痛みと急速に失われていく体温に、体が耐えられるわけがなかった。


『哀れだ。生まれる場所が違えば、こうして死ぬことはなかっただろうに。』


『ぐ…だま……れ…!』


その時だった。


『貴様ァァァァ!!!』


背後から、地を裂くような怒号とともにリュフターが突っ込んできた。

怒り狂うリュフターの猛撃を、ホテイルは最小限の動きでかわし、ふわりと後方へ距離を取る。


リュフターは追撃せず、そのまま地面へ崩れ落ちるノキの身体を抱きかかえる。


『ノキ!しっかりしろ!』


『あ…たい……ちょ……』


ノキは震える声を絞り出しながら、揺れ動く視界の中に自らの上司の顔を見つける。


『第四前線基地隊長…リュフター・トラベルト。』


ホテイルが、その冷徹な声を響かせる。


『キノ・トラベルトは何処だ?』


『貴様……何が目的だ。』


リュフターは視線を合わせず、怒りを滲ませた声で返す。


『フン…答える必要はない。お前もこれから骸になるのだ。』


『……黙れ。』


リュフターは顔を上げ、目の前の仇を睨み据える。

その時、リュフターの腕の中で、ノキの意識は微かに残っていた。


(…私はもう助からない。今、私に出来ることは…!)


ノキは震える手で、誰にも気づかれぬよう、懐からクシャクシャの紙切れとペンを取り出した。

体内からチョコの血が溢れ、視界が急速に狭まっていく。

もう指先の感覚は残っていない。

それでも彼女は、命を削るような執念だけで、血に塗れながら、最後の力をペン先に込めて文字を刻み始めた。


『た…いちょ……』


『っ…!ノキ…!?』


リュフターはもう分かっていた。

自らの腕の中で、体温を失っていく仲間がもう助かることはないことを。

だからこそ、彼女に対してもう喋るなとは言えなかった。


『行って……くだ…さい…。アイツ…を…倒……して…キノを…守っ…て…』


『……あぁ。』


たった一言。それだけで十分だった。

自分が最も信頼する上司の声を聞いたと同時、ノキは安心したように目を閉じた。


ーーノキ・エノキタケ。


多くのタケノコ軍を葬り、過酷な戦場を支えてきた分隊長は、リュフターの腕の中で静かに息を引き取った。


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