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チャイムが鳴った。昼休みが始まる、静かだった教室が途端に騒がしくなる。でも、オレの気持ちは沈んでいる。

 オレがシナミと二人だけで弁当を食べ始めてから、つまり、アキが学校を休み始めてから三日が過ぎた。

 メールを何通も送ったが、返ってこない。何度と無く電話もかけた。それでも何の応えも無い。

 アキの身に何かあったのか?

「シュン、またアキのこと考えてるの?」

 シナミが弁当箱を広げながら言った。

「ああ」

 オレも昼メシを広げた。といっても、最近、食欲が無いから紙パックの午後ティーだけだ。

「また、ご飯食べないの? 病気になるよ?」

「いや、食う気がしないんだ」

「アキのこと気になるのはわかるけどさ。多分、ただの風邪か、サボりだって、連絡つかないのは、携帯落として失くしただけだよ、アキ、抜けてるから、絶対、そうだよ……。私のあげるから、ほら、食べてよ」

 シナミが、弁当のフタに、おかずを何品か盛り付け、オレの目の前に差し出した。

「ありがとう、でも、いらない」

「なによ! 人が心配してるのに」

 シナミが少し、キレ気味に言った。

「オレよりアキのこと心配しろよ! 心配じゃねぇのかよ!」

 思わず、怒鳴り声になった。オレの声に驚き、教室が静まった。

「……悪ぃ」

 謝った。教室に、徐々にだが日常に戻っていく。

しかし、オレのココロは真っ黒に染まったままだ。

「今まででも、アキが学校サボったことあったし、今回も、何にも無いよ。きっと……」

 シナミが言った。確かにその通りだ。でも、オレの悪い予感は収まらない。

「決めた!」

 オレは、午後ティーを一気に飲みほし、立ち上がった。

「アキんち、行ってくる」

「そんなの、午後の授業どうするの!?」

「適当に言い訳しといてくれ。じゃあな」

 言うや、俺はシナミに背を向け、走り出す。

「ちょっと、シュン! シューン!」

 シナミの叫び声が後ろに聞こえるが、オレは振り返らず、アキのアパートへと急いだ。




 ドアチャイムを鳴らす。間延びした音がする。だが、誰もそれに応えない。

 これで三度目だ。留守なのか? ただ、学校をサボって遊び歩いているだけなのか? 

 オレは、ドアに手をかける。

 鍵は掛かっていなかった。

 オレは思い切って中に入る。アキが外出していて、鍵を掛け忘れただけなら、後で謝れば許してもらえるだろう。でも、もし、本当に、アキの身に何かあったら、取り返しのつかないことになる。

 玄関を見る、見覚えのある靴が、荒っぽく脱ぎ捨てられている。間違いない、アキは中にいる。

「アキ、悪い。入るぞ」

 オレは玄関から、部屋の中にいるはずのアキに聞こえるように声を張り上げた。

「もしかして……シュン?」

 アキの部屋から声が聞こえた。今にも消えてなくなりそうな声だった。

「どうしたんだよ? 学校三日もサボって、メールも電話も返さないでさ」

 声がする部屋の前、オレはドアノブに手をかけた。

「やめて!……来ないで!」

 鬼気迫る拒絶の声にオレは手を止める。

「どうしたんだよ、何があったんだ?」

「アタシ、汚いから、汚くなっちゃったから……」

「汚くなったって……、もしかして、あのバイトで知り合ったやつに何かされたのか!?」

 オレの言葉に返事はなかった。代わりに、ドアの向こうからすすり泣く声が聞こえ始める。

 もう、我慢できなかった。

 オレは、一思いにドアを開けた。ここにも鍵はかかっていなかった。

 薄暗い室内。クローゼットや引き出しがぶちまけられている。荒れに荒れた部屋がアキのココロの中をそのまま表しているのかもしれない。

 ベッドの上に何かが蹲っていた。

 それは、変わり果てた姿のアキだった。

 いつも綺麗に整えられている髪はボサボサで、肌も遠目にわかるほど荒れている。

 食事すらとっていないのか、頬骨が浮き出て見えるほど痩せこけていた。

 生気の無い目で、オレを睨み、消え去りそうな言葉をつむぐ。

「来ないで……」

 かまわず、オレは、一歩脚を踏み出した。アキへと向かって。

「来ないでよ」

 アキの枯れ枝のような腕が近くにあった枕を掴み、オレへ向かって投げた。

 かまわず歩を進める。

「来ないで、来ないで」

 手近にあるものを片端からオレへ向かって投げつける。目覚まし時計が、雑誌が、櫛が、教科書が、ノートが、服が、オレの頭や、体や、脚や、腕に当たる。それでも歩を進める。

 ベッドの上、手の届く距離まで近付き、アキの肩を抱いた。力を込めれば折れそうなほど、弱々しかった。

 か細い腕がオレを押しのけようとする。手首に紅い筋が何本も走っている。リストカットの痕。オレはかまわず、アキを抱きしめた。

 嗚咽が聞こえる。嗚咽はやがて、激しい号泣へと変わった。

 そのまま、アキは、声をあげて泣き続けた。

 

 


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