3
3、
「って、それから、アドレス、番号を交換して、恋人として付き合うようになったワケ」
「へぇ、アキ、凄いじゃん。逆タマってやつ?」
シナミがはやしたてる。
「何歳はなれてんだよ。ただのロリコンだろ、そいつ」
「え、もしかして嫉妬してる?」
「馬鹿言え! だれがそんなオッサンに」
シュンはワックスで固めた頭をグシャグシャとかきむしった。
あの夜からアタシがランチタイムに話す内容は、ほとんど彼についてのことになった。
ちなみに、シュンも、シナミもアタシの仕事のことを知ってる。
「で、その人、どういうことしてるの?」
シナミがアタシを質問攻めにする。
「よくわかんないけど、貿易会社……の偉い人、かな? 半年くらい東南アジアにいて、帰国したばっかりって言ってた」
アタシはなんだかちょっと恥ずかしくて、頬をかきながら応えた。
「へぇ、なんか、年収とか凄いんじゃないの? いいなぁ、シンデレラそのまんまじゃん。見かけもカッコイイし言うことなし?」
「うん、まぁ、そうかもしんない――何? シュン、さっきからずっと変な顔して」
「何でもねぇって!」
「シュンはいつだってこんな感じじゃない。――んで、彼とはもうヤっちゃったの?」
シナミが身を乗り出して聞いてくる。
「そんなの、恥ずかしいから。まだ……」
コレは本当だ。
普通の男は身体目当てだから嫌い。でも、彼は本当にアタシを大切にしてくれる気がする。
だから、アタシは彼が好きなんだと思う。
いろんなところに連れて行ってもらった帰り道はいつも沈んでいく夕日を眺めながら、海岸線のドライブで終わる。風が気持ちいい。
彼の車はつまらない軽自動車とかなんかじゃなくて、羽とかついてるし、いかにも速そうで、めちゃくちゃカッコイイ。
景色が前から後ろにびゅんびゅんと飛んでいく。前の車が止まって見える。
アタシは窓を開け、風をいっぱいに感じる。隣で、彼が笑っている。
それはアタシにとって束の間だけど、楽しい時間だった。
日が沈み、景色がオレンジ色から紫色に変わるころ、彼の車は停まった。
窓からは暗い海と、電飾が施され、キラキラと光る建物が見える。
ラブホテル、だ。
彼にしてはちょっと安っぽいかも知れない。お城の形をしていて、妙に明るい配色で塗られている。
いつもはヒドいセンスだって笑い飛ばすその建物。
でも今日は違う。
初めて、まじまじとラブホテルを眺めた。どこかマヌケなセンスをしているくせに、なんか、怖い。
今、アタシの中は50%の恐怖と、50%の好奇心がせめぎ合っている。
「……いい?」
彼は、生まれたての子猫に語りかけるような口調で、たった一言、アタシに聞いた。
「……ゴムだけ、つけてね」
アタシの震える唇は、誰かから聞きかじった言葉を口にするのが精一杯だった。
「うん、わかった」
彼はうなずき、ガチャリとサイドブレーキを下ろし、ギアをファーストへ入れた。
ゆっくりと車が滑り出す。
始めて入ったラブホテル。意外と普通のホテルだった。違うのは、ベッドとバスルームが立派なことくらいかな?
色々な種類の部屋があるみたいだったから、もしかすると、アタシがはじめてだから一番普通の部屋を選んでくれたのかも知れない。
アタシは今、シャワーを浴びてる。普通のシャワーだ。いつもどおりに頭を洗い、身体を洗う。
でも、きっと、この広いバスルームから出たら、そこから今のアタシが知らない世界に飛び込むんだろう。
ドキドキする。
いつもより、ちょっと長めのシャワーを終え、素肌に備え付けのバスローブを羽織る。肌に布が直接当たる感覚は、変な感じだった。
バスルームを出ると、先にシャワーを浴びた彼が、ベッドに座っていた。
アタシは、恐る恐る彼の横に腰掛けた。
バスローブごしに彼の手がアタシの肩に触れる。思わず、ビクッと肩がすくんだ。
「大丈夫、大丈夫だから」
彼が耳元で囁いた。その言葉は、まるで呪文のように、アタシのココロを溶かしてく。
彼の手がゆっくりとバスローブの中に入ってくる。ゴツゴツした男の手が、アタシの肌に直に触れる。そのままゆっくりと、力がかかる。
アタシは、彼にされるがままに、押し倒された。
彼がゆっくりと唇を寄せる。アタシも、応える。
二人の下が、唇の外で、湿った音と共に絡みあう。
やがて、彼の舌がアタシの口の中に侵入してくる。
唇の裏を舐められ、舌を吸われる。そのたびにアタシの意識はぼやけていく。どんどんぼやけて、現実が霞んでいく。
コレは夢? 現実? よくわからない。
スゴイ勢いで、高いところに飛んでいく意識の中、こんな時間が「幸せ」って言うんだろうな。なんて思った。