消えた同級生(前編)
――高校の同級生から、ちょっと変わった依頼があったのですが。
と石川が森のもとにやって来た。
森倫太郎は神奈川県警刑事部捜査一課の刑事だ。年は五十過ぎ、広い額と虫のように跳ね上がった細い眉、そして、薄い唇が彼の持つ冷徹な一面を現わしているようだ。
石川肇は森の相棒、長身で、小柄な森と並ぶと子供と大人に見えてしまう。分厚い胸板に、えらの張った小さな顔、頭脳派よりも肉体派の刑事といった印象だ。
二人は文豪コンビと呼ばれている。森鴎外の本名が森林太郎で、石川啄木の本名が石川一で、読みが同じだからだ。
「変わった依頼? 公私混同はダメですよ」と森はにべもない。
「ひょっとしたら犯罪絡みかもしれません」
「そうなると話は別ですね~」
「調べてみたいのですが」
「どういった依頼なのか、教えてもらえませんか?」
「はい」と石川が話し始めた。
石川の友人、多和田連には中学時代の同級生に、和泉雄太という男がいる。いや、いたと言った方が正確かもしれない。多和田自身、長いこと和泉のことを忘れていた。同窓会で同級生と会っても、和泉の話が出ることは無かった。そんな同級生がいたことなど、皆、忘れてしまっていたのだ。
何故、多和田が和泉のことを思い出したのかと言うと、多和田は中学校に入学して一カ月程の間、日記をつけていた。「中学生になったら、毎日、日記をつけるんだ」と始めたが、直ぐに飽きてしまった。結局、一カ月しか続かなかった。
その日記に和泉のことが書いてあったのだ。
――今日から和泉雄太君が学校をお休みする。
たった一文、そう書かれていただけだった。だが、印象に残ったのだろう。そのことが日記に記されていた。何故、休学したのか理由は書いていなかった。和泉君はそのまま復学せずに退学となったようだった。卒業アルバムには、どこにも和泉君の姿が無かった。
何人か中学校の同級生に問い合わせてみたが、誰も和泉君のことを覚えていなかった。
「そんなやつ、いたっけ?」と言う返事ばかりだった。中学校に入学して一カ月、一緒にいただけだ。同じクラスでなかったら、覚えてなどいないだろう。
何故、急に和泉雄太のことが気になり出したのかと言うと、和泉雄太が履歴書を送って来たからだ。
多和田は食品会社の横浜支店を任されている。支店と言っても、従業員は営業マン三人、事務員一人、そして多和田の五人しかいない。本社から営業マンを増員しろという指示が来て、募集をかけた。正直、人手不足のご時勢だ。募集をかけても人が集まるかどうか、不安だった。
それでもいくつか履歴書が送られて来た。そのひとつに和泉雄太という名前があった。学歴を見ると、多和田が卒業した中学校の名前が書かれてあった。
――誰だっけ? 和泉って。
と思ったことから和泉のことが気になり始めた。
数年前、中学校時代に書いた日記を見つけて、読んだことがあった。和泉雄太の名前が微かに記憶に残っていた。
改めて日記を読み返してみると、間違いない。和泉雄太と書いてある。
興味が湧いたので、面接をしてみた。
顔などまるで覚えていなかった。「和泉です。よろしくお願いします」と現れた男の顔を見ても、何も思い出せなかった。
「当社を志望した理由は何でしょう?」と最初は仕事に関する質問を続けた。
「御社の製品の独自性に惹かれました。売り方を変えれば、もっと売り上げを伸ばすことが出来ると思います」といった風に、しっかりとした受け答えだった。
質問が尽きた頃、「○○中学の出身なのですよね? 実は、私もあの中学の出身なのです」と言うと、和泉は驚いていた。
「中学にいたのは一カ月、くらいでしたよね。何かあったのですか?」と聞くと、「ああ、それは・・・」と事情を話してくれた。
両親が離婚して、母方の実家で暮らすことになった。離婚の原因が父親の暴力だったので、逃げ出すように町を出てしまった。突然のことだったので、周囲の人間に打ち明ける暇が無かった――と教えてくれた。
「それは大変でしたね」
面接はそれで終了した。
昔のよしみで採用を決めたくはなかったが、最終候補者の一人として残しておいた。その後、二次面接の時間について、取り決めようと連絡を取ったところ、携帯電話は電源が切れているようで連絡がつかなかった。
――どうしたのだろう?
何か変だと感じた。
考えてみると、おかしな点があった。中学生の頃と姓名が変わっていない。父親の暴力が原因で離婚したのであれば、姓が変わっていないのは変だった。何故、父親の姓を使い続けているのだろうか。
中学を一カ月で転校したのであれば、転校先の中学校名を書いていないのも妙だ。
――そう言えば・・・
と思い出したのが、高校時代の同級生で警察官になった人間がいたことだ。
「そこで、私に相談があったという訳です」
「犯罪の臭いがしますね」
「でしょう。少し、調べてみたいのですが、よろしいでしょうか?」
「調べてみましょう」
「えっ。私、一人で十分ですよ」
森までついて来るとは思わなかった。
「そうは行きません。捜査はペアで行うのが基本です。単独捜査ですと、見落としや見誤りがあっても気がつかないことがありますよ。他人の意見を聞いてみることが大事です」
人の意見に耳を貸すことがない森に言われるとは思わなかった。
要は暇なのだ。




