また密室⁉(前編)
二作続けての密室です。
「また密室ですか⁉」と森が声を上げた。
「また密室です」と石川。常に沈着冷静だ。
神奈川県警刑事部捜査一課の刑事、森倫太郎は相棒の石川肇に「いつから我々は密室専門になったのでしょうね」と珍しく冗談を言った。
森は五十過ぎ、広い額と虫のように跳ね上がった細い眉が頭の良さと意思の強さを現わしている。そして、薄い唇が彼の持つ酷薄な一面を暗示していた。
「前に密室殺人をさらりと解決したからでしょう。密室殺人事件なら我々に任せておけば良いと上は考えているのでしょうね」
石川は四十代、小柄な森と並ぶと子供を連れて歩いているように見えてしまう。分厚い胸板に、えらの張った小さな顔が乗っており、頭脳派よりも肉体派の刑事といった感じだ。
森倫太郎に石川肇。刑事仲間から二人は文豪コンビと呼ばれている。森鴎外の本名が森林太郎で、石川啄木の本名が石川一であり、漢字は違うが同姓同名であることから、そう呼ばれているのだ。
「光栄ですね。それで、どんな事件なのでしょうか?」
「事件が起きたのは三日前の夜、二十時から二十一時の間と考えられています」と石川が事件の説明を始めた。
被害者の名前は溝呂木真理愛。慈悲深い名前なのだが、近所で迷惑老人として有名な人物だった。溝呂木家は住宅街のメイン通りに面して建っており、真理愛の部屋は道路に面していた。真理愛は夜になると、部屋の窓から身を乗り出して、道行く人に悪態をつくのだ。大声で、しつこく、何度も。見も知らない通行人に、あることないこと悪態をつき続ける。唾を吐きかけたり、水をかけたりすることもある。時に、物を投げたりするので、危なくて家族は真理愛の部屋に小物を置かないようにしていた。
その真理愛が部屋で首を吊って死んでいるのが発見された。部屋は密室で窓とドアには鍵がかかっており、自殺と思われたが、不自然な点が見られた。
「そこで、密室のエキスパートである我々にお鉢が回って来たという訳です」
「我々は密室のエキスパートなどではありませんよ」
「そう見られているってことです」
「不自然な点というのは?」
「検死の結果、死因は窒息死で間違いなかったのですが、首に残った圧迫痕は死後についたものであり、何かで口と鼻を塞がれたことが原因で窒息死したことが分かりました」
「何者かが首吊り自殺を偽装したということですね」
「そのようです」
「分かりました」と言って、森は立ち上がると歩き出した。
「ちょ、ちょっと、ウコンさん。何処へ?」
石川は森のことを「ウコンさん」と呼んでいる。ドラマに登場する名刑事、杉山右近に似ているからだ。「何故、ウコンなのか?」と聞かれた時、「ドラマに出て来る名刑事に似ているからですよ」と答えると、「私は名刑事などではありませんよ」と口では言っていたが、あだ名を気に入った様子だった。
以来、ウコンさんだ。
「鑑識に行って、情報を仕入れて来ます」
森のルーティンだ。事件が起きると、まめに鑑識に通って情報を仕入れて来る。