つくられた密室(中編)
母屋に入る。広い玄関だ。片方の壁が一面、靴箱になっている。森はここでもスリッパをしげしげと観察していた。
リビングで小田嶋宏士が待っていた。
三十代だろう。細身でスタイルが良く、一重瞼だが、鼻筋の通った顔立ちをしている。俗に言うイケメンだ。ハンカチを握りしめ、首をうなだれながらソファーに座っていた。
立派なリビングだ。二階まで吹き抜けになっており、壁一面、窓になっている。
神奈川県警の刑事だと名乗ると、「家内は何故、自殺なんてしたのでしょうか?」と森に尋ねた。
「まだ、自殺だと決まった訳ではありませんよ」
「でも、部屋は密室だったのでしょう。だったら自殺でしょう」
宏士の言葉には答えず、「あの庭に立っている小屋は何なのですか?」と森が聞いた。
「よく出来ているでしょう。あれ、僕が自分で建てたのです。DIYが趣味で、こう見えて手先が器用なのです。あの小屋は綾のゲーム部屋として建てました」
「ほう~あの小屋、自分でお建てになった。奥さんはゲームをするのですか?」
「ええ。大好きです。一人で思う存分、ゲームを楽しみたいと言うので、庭にゲーム部屋を建ててあげたのです」
「奥さんのゲーム部屋だったのですね。てっきりあなたの部屋だと思ったのですがね~」と森が語尾を伸ばしながら、嫌らし気に言う。
こういう時の森は、まるで獲物を前にした肉食獣のようだ。
「えっ! いえ、あの部屋は家内の為に建てた部屋です。わたしの部屋ではありません」
「いえね。あの小屋にあったスリッパ、サイズ的に男物のサイズだったものですからね。奥さん、女性にしては随分、大きな足をしていらっしゃるのですね」
「あっ、ああ~家内は大き目のスリッパを履くのが好きなものですから」
「こちらのお屋敷の玄関にあったものは、女性好みの小さな可愛らしいスリッパでしたけどね」
「えっ・・・ああ・・・まあ、ゲーム部屋ですから、私もたまに使ったりします」
森は、あの部屋は旦那の部屋だと思っているのだ。
「このお屋敷には、あなたと奥様の二人だけですか?」
「そうです。ここは、もともと家内の実家があったところで、結婚を機に建て替えました」
「モダンな建物ですね。奥さんのご両親は?」
「亡くなりました。母親は家内が子供の頃に。家内は父子家庭で育ちました。そのお父さんも結婚前に病気で亡くなりました。お父さんに花嫁姿を見せてあげることができなかったと、家内は何時も嘆いていました」
「では、昨夜のことをお聞かせください」と森は質問を変えた。
「昨夜は――」宏士の言うことでは、昨夜は夕食後、二人で暫くワインを飲んだ。その後、綾はゲーム部屋に移った。夜通しゲームをすることが珍しくなかったので、そのまま寝てしまった。朝になって、様子を見に行くと、部屋で綾が死んでいた――ということだった。
「入り口のドアに綾がいたので、ドアが開きませんでした。窓から部屋の様子を見たら、綾がドアノブに首を吊って死んでいるのが見えました。慌てて警察を呼びました」
「カーテンは開いていたのですね?」
「はい」
「変ですね~夜に小屋に来たのなら、カーテンは閉めるはずですがね~」
「この辺りは夜になると真っ暗です。庭の中の小屋ですから、外から見える訳じゃなし、カーテンを閉める必要はありませんよ」
「そうですか? 夜中に、部屋で女性一人ですよ。物騒だ。それに、窓から見ただけで、奥さんが死んでいるのが分かったのですか? 普通、無理をしてでもドアを開けて、奥さんの安否を確かめませんか?」
「僕、学生時代、ビーチで監視員をやっていたことがあるので、応急措置に詳しいのです。直ぐに死んでいると思いました。その場合、現場はそのままにしておいた方が良いでしょう?」
「ええ。それにしても、先ずは救急車を呼びませんか? あなたはいきなり警察を呼んでいる」
「それは・・・咄嗟に百十番が頭に思い浮かんだだけですよ」
「何故、奥さんはドアノブで首を吊ったのでしょうね? 何をそれほど、悩んでいたのでしょうか?」
「あれは事故です。家内は肩凝りがひどくて、牽引っていうんですか、タオルで首を伸ばすことがありました。たまたま酔っていて、タオルで首を伸ばしていて、寝落ちしたりして、窒息してしまったのでしょう。そんなニュース、昔、テレビで見たことがあります」
「ああ、ありましたね」と森は大仰に頷いた後、「大体、分かりました。では、最後にひとつだけ」と人差し指を立てると、「何故、あなたは奥さんを殺害したのでしょう?」と聞いた。




